第十九話 ロマブルクへの帰還

 【Lv:39】の牙鬼オーガの討伐が終わった俺達は《力自慢の狩場》を出て、最寄りの村で休憩を挟んだ。

 その後、行き道と同様に馬車を用いて無事に都市ロマブルクへと帰還していた。

 ……因みに、極力経費は俺が払って後で分散する形にしたかったのだが、御者への運搬費の後払い分のテミスの持ち合わせがなかったため、エッダに出してもらうことになってしまっていた。


「ついこの間、私への借金が返し終わったと思えば、既にこの有様か。私がいなければどうするつもりだったのだ」


 馬車広場にて御者と別れた後に、エッダが溜め息を吐きながら口にする。


「ご、ごめんね……エッダさん。今は本当に、僕も余裕がなくて」


 マニが気恥ずかしそうに言い、人差し指で自身の頬を摩る。


「い、一応、御者の人は、後払いの分は闘骨が捌けてからでもいいし、なんなら闘骨の直接払いでもいいって言ってくれていたからさ……」


 俺はエッダへとそう言った。


 冒険者の中には、そういう支払い方をする人間は少なくない。

 というか、要するに余裕がない人間が多いのだ。

 強い魔導器が欲しいと思えば、金をより多く吐き出せばそれだけいいものが手に入る。


 それに、予備の魔導器が欲しい、新しい魔導器が欲しい、この用途の魔導器が欲しい……なんて思い始めたら、それこそ切りがない。


 レベルが上がれば、レベルに見合った魔導器に買い替えなければならない。

 ……そうでないと、俺のように闘気不足で同レベル帯の魔物相手に後れを取るようになる。

 言い訳がましくなってしまうが、ここ最近レベルの上がり方が急激であるため、《魔喰剣ベルゼラ》の適正レベルを大きく超えてしまっているのだ。


 マニだって、戦いでは《悪鬼の戦鎚ガドラス》を使っているが、鍛冶では《炎鎚カグナ》を用いている。

 レベルに合わせて買い替えつつ、細かく用途や相性に合わせて使い分けするのがベターなのだ。

 ……そんな余裕のある魔導器使いが、この国に何人いるのかは知らないが。


「仮に、戦果が振るわず支払いできなかったらどうするつもりだったのだ?」


「そんな事態は……さすがに、馬車代くらいは払えるかなと……」


「あり得なくはあるまい。早々に怪我をして引き下がるような事態は、いくらでも想定できると思うが」


「そのときは、その、エッダに借りようと思っていたかもしれない」


 俺は額を押さえて肩を下げた。

 エッダが満足げにフンと鼻で笑った。


 なぜだか、今日のエッダは痛いところを突いてくる。

 いつもは細かいことなど気にせず、結果と戦うこと以外見えていないような脳筋思考だというのに。


 さすがに俺の金回りの悪さに思うところがあるのかもしれない。

 み、見限られないように、とっとと闘骨を換金して分配しないと……。

 エッダの格上相手に引けを取らない速度と膂力、剣の技術ははっきりいってこの狩り仲間パーティーの要である。


「エッダさん……あんまりディーンを、虐めないであげてほしいかな」


 マニが苦笑いを浮かべながらエッダへと言う。


「こいつの困った顔が面白かったもので、ついな」


 エッダが口元を歪めて笑った。


 身体の力が一気に抜けた。

 ……ま、まぁ、発端の原因は俺の金回りの悪さだ。

 魔導器は大事だし、仕事に、そして命に関わる問題なのだが、それを優先して信用を無為にしたのでは意味がない。


 「でも……よかったよ。エッダさん、最初の頃は僕達と全く違う場所をずっと向いているような気がして、何を考えているのかわからなかったんだ。ディーンや僕にも関心を向けてくれているようで安心したよ」


「なっ、なんでもそういうふうにこじつけてくれるな!」


 エッダはやや顔を赤くしてマニにそう怒鳴った後、広場をゆっくりと見回した。

 少し間を置いて、エッダはふう、と息を吐く。


「……まぁ、多少は、変わったのかもしれんな。ここに着いたとき……都市ロマブルクに帰ってきたと、そう思ってしまったのは事実だ」


 咄嗟に、どう答えればよいのか迷ってしまった。

 エッダは元々、この魔物が溢れ軍が管理する国で一か所に留まらない流浪の者、帰る地を知らないナルク部族の一員だったのだ。

 

 エッダの話では、同じ部族の人間を悪魔に皆殺しにされ、復讐のためにその悪魔を捜している、ということだった。

 今は人里になれるため、という名目で都市ロマブルクにいるが……俺達に馴染んできた今、だからこそここを出ようという考えが、もしかすると彼女の中にはあるのかもしれない。


 ナルク部族を皆殺しにできるような悪魔だ。

 ……きっと、今の俺やエッダでも遠く敵いはしない相手になる。


 それに、マニの大事な鍛冶屋はこの都市ロマブルクにある。

 施設や資材は、まとめて簡単に持ち運べるものではない。


 ……そうなったとき、俺は……どうすればよいのだろうか。


「……闘骨を捌いたらさ、また簡単な食事会でもしようと思うんだ。ベルゼビュートも、煩いからさ」


 俺は腰を捻り、《魔喰剣ベルゼラ》をエッダへと見せる。

 ベルゼビュートが呼ばれて主張するように、ガタガタと柄を揺らした。


『うむ、勿論である! 妾は煩いぞ! しばらく間が開いた上に、以前は貧民芋ポアットのフルコースであったからの!』


「できればそこで分配もしたいんだけど、エッダも来てくれないか? これ以上待たせて、また嫌味を向けられるのもごめんだからな」


 エッダはわざわざ、少しだけ考える素振りを挟む。


「……まぁ、たまにはいいだろう」


 そんなちょっとつれない、いつもの言葉で了承してくれた。

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