第十八話 ガロックのプライド

 恐ろしい魔獣だったが、ついに牙鬼オーガ異常個体ユニークは倒れた。


 俺は牙鬼オーガからオドの光が漏れるのを見て、安堵の息を吐きながら《魔喰剣ベルゼラ》を鞘へと戻す。

 首の骨が折れた時点でまず死んだはずだとは思っていたが、これまでのあのタフさを見ていると、まさか起き上がってくるのではないかと怖くなったのだ。


 この牙鬼オーガは、純粋なステータスでいえば、間違いなく過去最強の敵であった。


 俺とエッダ、マニはガロックに手を貸し、壁や地面に打ち付けられていた《黒狼団》の二人の死体を引っ張り出して簡単に整え、地面の上へと並べた。


「悪い……オレが不甲斐なかったせいだ。すぐに他の奴を連れて戻ってくるから、もうちっとだけ待っていてくれ」


 ガロックが二人の亡骸へと頭を下げる。


 亡骸を地上へ連れ出してあげたいのだろうが、今の状況で安全に二人を連れて上がることは現実的ではなかった。

 人手も厳しいし、何より全員オドが疲弊している。

 今の俺達に、魔獣を避けながら死体を担いで上に戻るだけの余力はなかった。


 恐らくガロックが別の部下を連れてこの階層へと戻って来たときには、きっと既に彼らの亡骸は魔物達に蹂躙された後になる。

 亡骸が見つからない、ということも充分に考えられる。


 しかし、それでも、死者を優先していられる程、魔迷宮の探索は甘くはない。

 低階層であっても、冒険者の死体がそのまま放置され続けていることは何ら珍しくもない話なのだ。

 いつか戻ってくる気でいるだけ、ガロックは義理堅いといえる。


「まさか、散々煽った相手に助けられるとはな」


 ガロックが自嘲気味に零した。

 しかし、それは俺達がこの《力自慢の狩場》にはまだ早いと考えてのことだったはずだ。

 それについて根に持ったりなどしていない。


「……助けにきた、というわけではありません。結果的にそうなっただけです。状況から考えて、俺の魔導剣とエッダの闘気があれば、疲弊した牙鬼オーガ異常個体ユニークは絶好の獲物になると、そう判断しただけです」


 俺はガロックへとそう言った。


 冒険者が《黒狼団》の団長であるガロックを助けたという話は、《黒狼団》にとっては恥となるだろう。

 あくまで俺達は、お零れを狙って手頃な魔獣を狩りに来た。

 そういうことにしておいた方がいいはずだ。


「それは通らねえだろう。オレ達も、散々好き勝手やってる身だ。とりわけ、お前ら冒険者からは嫌われていてな。火がないところに煙を立てられるなんざ、日常茶飯事ってこった。いくらお前が誤魔化す気でも、あれこれ好き勝手に語って尾ひれまで付けてくれる輩が現れることだろうよ」


 ガロックがちらりと、牙鬼オーガの骸へと目をやった。

 その視線は牙鬼オーガの下腹部、闘骨の部位へと向けられていた。


「《黒狼団》の汚名は、主であるラゴール様の恥にも繋がっちまう」


 ガロックの三白眼に、迷いが見えた。

 ガロックが何を考えているのか、俺にはわかった。

 恐らく、牙鬼オーガ異常個体ユニークの闘骨の扱いについて悩んでいるのだろう。


 この状況で、一冒険者に過ぎない俺達に牙鬼オーガの闘骨の権利を譲歩すれば、団長であるガロックが下級冒険者相手に命を救われた決定的な証拠となりかねない。

 恐らくガロックはそれを危惧しているのだ。


「ただ働きとして去れと、そう言いたいのか? 傲慢だな。敢えて汚名をばら撒くような真似はしないが、お前達の名が堕ちようと、それは私達には関係のないことだ」


 エッダが口を挟んできた。


「お、おい、エッダ……」


「私は何か間違ったことを口にしたか? 私も、そしてお前も命懸けだった。この上、闘骨の権利を全面的に譲る道理はあるまい」


「だけど……」


 被害を出したのも、牙鬼オーガを弱らせたのも、最後の一撃を与えたのも《黒狼団》だ。

 しかし、だからと言って完全に闘骨を譲ってしまう、というのはエッダにとって納得のいかないことだろう。

 俺達が手を出さなければ、ガロックも牙鬼オーガに殺されていたことはほぼ間違いない。

 それもまた事実である。


 だが、ガロックの立場で、それはきっと認められない。

 《黒狼団》と、彼らを抱えているラージン商会の会長・ラゴール・ラージンの面子が掛かっているのだから。


 これだけのレベルを持つ牙鬼オーガの闘骨だ。

 恐らく、かなりの価値になるだろう。

 気持ちの問題なんかで全面譲歩できるような軽い問題でないことは俺にもわかっている。


「ああ、嬢ちゃんの言う通りだ。お前達が、オレに何か譲歩する理由は一切ない」


 ガロックはそう口にした後、通路の方へと歩き出した。


「そのデカ鬼の闘骨は、お前達が持っていけ」


 そうしてガロックは、俺達に背を向けたままそう言った。


「ガ、ガロックさん……?」


 ガロックにとって牙鬼オーガの闘骨の権利は、組織と主の名に関わる問題なはずだ。

 まさかそれを、俺達に全面的に譲り渡してしまおうというのだろうか。


 確かに俺達は助けには入ったが、《黒狼団》が被害を出してオドを消耗させ、ガロックが前面に立って戦っていたことには違いはないのだ。

 闘骨の権利の半分は《黒狼団》にあると考えるのが妥当である。


 そもそもこれでは、《黒狼団》の団長でありながら下級冒険者に助けられたと、そう言っているようなものだ。

 俺が闘骨を所有していることに気づいた他の冒険者が、勝手な噂を広めて《黒狼団》の名前に泥を塗ろうとするかもしれない。

 いや、きっと噂になってしまうだろう。


「確かに、闘骨がお前達の手に渡って、勝手な噂が広がるようなことは困る。だが、オレ達は恩を仇で返してまで、事実を捻じ曲げなきゃならねぇほど卑屈なんかじゃないつもりだ」


 ガロックははっきりとそう言い放った。


「ラゴール様は嫌がるだろうが……わかってくださるはずだ。持っていけ、確かにオレは、お前達に助けられた」


 俺は唾を呑む。

 思わず、咄嗟に彼へと返す言葉を持てなかった。


 一瞬の間を置いて、ガロックは俺達に背を向けたまま、また声を掛けて来る。


「今更だが……お前達の名を聞いていなかった。聞いておいていいか?」


「俺がディーンで……こっちの子がマニで、白髪がエッダです」


「生憎だが、私は商人お抱えの探索団なんて不自由なところに所属するつもりはない。スカウトなら他を当たることだ」


 俺の言葉に、エッダが続ける。


「最後まで生意気な小娘だな。……ま、実力相応か」


 ガロックは軽く笑って頭を掻き、先に地上階層へと向かっていった。

 闘骨に関与しない意思表示も込めていたのだろう。


 あれだけ消耗している状態でこの《力自慢の狩場》を単独で動くのは危険ではないかとふと脳裏を掠めたが、ガロックは基礎闘気の水準が高い。

 オドをさほど消耗させずとも、ここの魔獣を圧倒する程度であれば難しくないだろう。

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