第十七話 反撃

 ガロックが牙鬼オーガへと駆けていく。

 牙鬼オーガはガロックへ一歩踏み込んだが、動きを止めて死角のエッダを確認した。


 この牙鬼オーガの豪速と剛力、そしてタフネスは凄まじい。

 エッダもガロックも二人共都市ロマブルクにおいて近接戦最上位クラスだろうと俺は思うが、攻めに出過ぎれば牙鬼オーガの棍棒の一振りで即座に仕留められかねない。


 エッダとガロックは、打ち合わせたわけでもなく、二人の常に片方が死角へと回り込む動きをしている。

 そうしなければどうにもならない相手だということが明白なのだろう。


「再生がなくなったのなら、一気にケリをつけにいかせてもらおう」


 牙鬼オーガの背後で、エッダが呼吸を整えてから速度を上げる。

 《瞬絶》だ。

 エッダの魔導剣は闘気の上昇値が大きい分負担が激しいはずだが、よくまだあれだけの動きができるものだ。


 しかし、ここで闘気を振り絞って《瞬絶》を使ったということは、消耗戦は止めにして、決めに行くつもりだ。


 エッダは牙鬼オーガがガロックを牽制している隙を突いて間合いに潜り込み、鬼の巨体へ向けて剣を振るう。

 牙鬼オーガの身体に赤い線が走る。


 だが、浅い。

 《自己再生》がなくなったところで、牙鬼オーガにはこの頑丈さと《硬絶》がある。

 斬られる前から攻撃を読んで《硬絶》でがっしりと体表を守っていたらしい。

 牙鬼オーガの姿勢がほとんど崩れていない。


 俺だって……今回はまだ、余力がある。


「《トリックドーブ》!」


 俺の掲げていた剣を起点に魔法陣が展開され、そこを潜る様に二体の霊獣鳩トゥルパ・ドーブが姿を現し、牙鬼オーガの胸部を目掛けて飛来していった。

 牙鬼オーガは一瞬霊獣鳩トゥルパ・ドーブを睨んだが、すぐにエッダへと向き直った。


 牙鬼オーガは、エッダに狙いを付けている。

 《トリックドーブ》には当たっても問題ないと判断したらしい。


「オォオオオオオオオオオ!」


 牙鬼オーガは棍棒を振り上げ、構えを取ると同時に、霊獣鳩トゥルパ・ドーブから自身の身体を守った。

 先頭を飛んでいた霊獣鳩トゥルパ・ドーブは、牙鬼オーガの肩に進路を遮られ、小さな爆発を起こした。


「舐めるなよ……!」


 だが、もう一体の霊獣鳩トゥルパ・ドーブ牙鬼オーガの肩を回り込み、死角から顔面へと飛来していった。


「オッ……」


 牙鬼オーガの顔に動揺があった。


 霊獣鳩トゥルパ・ドーブはただの遠距離攻撃魔法ではなく、造霊魔法トゥルパである。

 あんな大雑把な防ぎ方なら掻い潜ることができる。


 牙鬼オーガの顔面で小さな爆発が起こった。


 牙鬼オーガにとって、来るとわかっていれば、例え顔であろうが耐えることができただろう。

 だが、不意打ちであれば話は変わってくる。

 牙鬼オーガは腕で防げたものだと、そう思っていたはずだ。


 あの規模の爆発でも、すぐ目前であれば視覚も聴覚も充分途絶える。


 牙鬼オーガの全身がやや縮まった。

 脅えている……?

 いや、違う、《硬絶》で急所となる部位全体を防いだのだ。

 自分が隙を晒した際に、一番信頼のおけるガードである《硬絶》を咄嗟に使う様にしていたのだろう。


 牙鬼オーガの体勢を崩しても、結局これに逃げられるのであれば意味がない。

 無論、大規模な防御なので闘気はかなり使っているはずだが……今更こんな化け物相手に消耗戦をしようと、俺は思えない。

 だからこそ《自己再生》を潰したのだ。

 そもそも、エッダと俺が切らされた手札と牙鬼オーガの切った手札を考えれば、明らかに割に合っていない。


 ガロックが牙鬼オーガへ斬りかかる。

 目に見えて腕の筋肉が膨らんでいた。

 ガロックは《剛絶》を習得しているらしい。


「よく止めた、《雷光閃》!」


 ガロックの身体と魔導剣が青白い光に包まれる。

 地を蹴って駆けるその姿は、正に稲妻であった。

 

「《自己再生》がなくなったってんなら、オレもチマチマやらずに済む」


 ガロックが牙鬼オーガの胸部を見上げ、犬歯を見せて笑う。

 同時に、大きく地面を蹴った。


 牙鬼オーガは腕で自分の胸部を守った。


「フェイントだ馬鹿ヤロウが!」


 次の瞬間には、ガロックは牙鬼オーガの後ろへと抜けていた。

 エッダの最高速度に匹敵する程に速い。


 《雷光閃》は武器に電気を纏わせるだけでなく、瞬間速度を引き上げる力もあるらしい。

 かなり優れた闘術だ。

 技と速度のエッダ、力と持久力のガロックという印象だったが、今の闘術を見るにとんでもない。

 決闘ではエッダが勝ったが、本気の戦いになれば彼女でも勝ち目はないかもしれない。


「オ、オゴ……オオオオオオオオオオ!」


 牙鬼オーガがすぐに振り返ってガロックを棍棒で狙う。

 しかし、ガロックはあっさりとそれを回避していた。


 牙鬼オーガの動きが妙だと思えば、牙鬼オーガの左脚の太腿が大きく抉れ、傷口は焼け焦げて黒い煙が昇っていた。

 ガロックは胸部を狙うと見せかけ、《雷光閃》で牙鬼オーガの足を斬っていたのだ。


 《剛絶》の膂力強化と《雷光閃》の合わせ技により、ついに牙鬼オーガの体表を《硬絶》ごと吹き飛ばしたのだ。

 とんでもない威力だ。

 《自己再生》がなくなった今、牙鬼オーガにとってこの負傷は大きな痛手となる。


「オオオオオオオオオオッ!」


 牙鬼オーガはエッダとガロックを牽制する様に棍棒を振り乱す。

 しかし、その動きは俺から見ても明らかに拙いものであった。

 エッダとガロックは機動力を失った牙鬼オーガの間合いの外を駆け、棍棒の大振りの隙を突いては確実に牙鬼オーガへと刃の攻撃を通していた。


「オ、オ、オ…………」


 エッダの剣を、牙鬼オーガが腕で防いだ。

 牙鬼オーガの親指が宙を舞う。

 腕の側面に、大きな血の線が走っていた。

 かなり深い。

 これは《硬絶》が使えなかっただけではない。

 牙鬼オーガの闘気自体が底を尽きかけている証明であった。


「オ……」


 牙鬼オーガがついに、前のめりにふらついた。


 ガロックが跳び上がって牙鬼オーガの頭上を取り、そのまま体重の乗った一撃を項へとお見舞いした。

 牙鬼オーガの頭部がぐわんと不自然に揺れ、ついにその巨体が地面へと崩れ落ちた。


 最後の一撃……あの牙鬼オーガの、太い首の骨を砕いていた。

 とんでもない膂力の持ち主だ。


 牙鬼オーガの上で、自分の血と返り血に塗れたガロックが、魔導剣を鞘へと戻した。


「子供っぽいが、トドメはもらったぞ。部下が二人、こいつにヤラれてるんでな」 

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