第十五話 剛力の鬼

「オオオオオオオオオオォォォオオオ!」


 牙鬼オーガが吠えながら、その場で足を地面に打ち付けた。

 魔迷宮内が揺れる。


 身体の芯が震え、鼓動が早くなる。

 牙鬼オーガから放たれる強大な闘気に、俺の本能が、こいつは明らかに今までの魔獣とは格が違うと、そう訴えている。


「助けに来たつもりか知らねえが、とんだ思い上がりだ! こんな化け物は、オレだってほとんど目にしたことはねぇ! こいつの頑丈さの前じゃ、手数が増えたくらいじゃ変わらねぇんだよ! そこで潰されてる、オレの部下が見えねぇか!」


 ガロックが俺とエッダへ叫ぶ。

 確かにそうだ。

 巨体であるほど有効部位に攻撃を通し難い上に、かつ《硬絶》まで持っているのであれば、闘気で劣る者がいくら攻撃したところで致命打は取れない。


 おまけに《自己再生》まで持っているのだから、戦力の数で挑んでもその恩恵は薄い。

 命懸けで地味にダメージを稼いでも、あっという間に再生されてしまう。

 筋肉を切ることに成功しても、どうせ《自己再生》でチャラにされてしまう。


 だが……俺が《暴食の刃》を通すことができれば、この状況は覆る。

 牙鬼オーガの《自己再生》を奪い取る。


 牙鬼オーガが棍棒を二度振るった。

 床と、壁を打ち鳴らした。

 その度に魔迷宮が揺れる。

 

 エッダとガロックは、牙鬼オーガを挟み込むように動きつつ、上手く間合いを保って近づきすぎないようにして棍棒の一撃を避けていた。

 瞬間速度はエッダが勝るが、通常の動きは牙鬼オーガの方が彼女よりも速い。

 無闇に間合いを詰めれば、エッダとて対応しきれずに押し潰されかねないはずだ。


 俺は直進しながら、《魔喰剣ベルゼラ》の先端を牙鬼オーガへと向けた。

 二人に気を取られている今の状態は魔法の好機だった。


「《イム》!」


 《魔喰剣ベルゼラ》から出た光が、棍棒を振り上げている牙鬼オーガへと当たった。

 既にガロックも確認済みだろうが、《暴食の刃》のこともあるので彼に聞くより《イム》で正確に把握しておきたかった。

 頭に情報が流れ込んでくる。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:《オーガ》

状態:《通常》

Lv:39

VIT(頑丈):136

ATK(攻撃):143

MAG(魔力):74

AGI(俊敏):128


称号:

《鬼族[--]》《中級魔獣[C]》


特性:

《暗視[E]》《自己再生[C]》


闘術:

《鬼闘気[C]》《剛絶・中[C]》

《硬絶・中[C]》

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「な、なんだこの闘気の数値……?」


 奴のステータスを見てぞっとした。

 【Lv:39】……覚悟はしていたが、超高レベルだ。

 ほとんど【Lv:40】以上B級魔獣の域へと差し掛かっている。


 この上に《自己再生》と《硬絶・中》まであるのだから、《黒狼団》の冒険者達が長らく戦っても、牙鬼オーガの闘気を削りきれなかったはずだ。

 牙鬼オーガは、あらゆる面で通常の牙鬼オーガとは一線を画している。


 《プチデモルディ》で牙鬼オーガの動きを止めるしかない。

 普通に近づけば、俺が《暴食の刃》を当てられるような隙はまずできないだろう。


 エッダが宙を舞い、牙鬼オーガの頭部を斬りつけた。

 赤黒い血が出たが、すぐに止まっていた。

 傷口の抉れた痕も、見る見るうちに再生していく。


 頭に刃が当たっても、何のダメージにもなっていない……。

 体表が強固すぎる。

 まるで岩と剣がかち合ったかのような音が響いていた。


「チッ……スタミナ勝負では、勝機がなさそうだな。闘気がなくなるまで粘るより、先に私に限界が来る」


 地面に降り立ったエッダが、息を切らしながら口にする。


 牙鬼オーガは腕に力を込め、天井へと顔を上げる。


「オオ、オォオオオオオオ……!」


 牙鬼オーガの両腕の筋肉が、見てわかるほどに膨れ上がる。


「《剛絶》だ! 来るぞ、小娘!」


 ガロックが叫ぶ。


 ただでさえ桁外れな膂力が、更に爆発的に一時強化された。

 力が上昇すれば、棍棒を振るう速度も上がる。


 エッダもガロックも、更に間合いを長めに取っていた。

 今は逃げることに徹し、一時強化が切れるのを待つつもりだろう。


 牙鬼オーガは目線を下げ、エッダ……ではなく、彼女の背後にいる俺を睨みつけた。

 牙鬼オーガは顔面に深い皺を刻み、不気味な笑みを浮かべた。

 牙鬼オーガが何を考えているのか、一瞬理解に遅れた。


「え……?」


「ディーン! 逃げて! 君が狙われている!」


 背後から、マニの必死な叫び声が聞こえてくる。

 それを聞いて俺は、ようやく自分に標的が向けられていることに気がついた。


 牙鬼オーガは戦闘狂で、とにかく目前の敵との愚直な白兵戦を好む傾向にある。

 膂力を一時強化したのなら、闘気を有効に活用するため、近くの敵への攻撃を優先するはずだ。


 そんな考えは、所詮傾向でしかない。

 牙鬼オーガの個体差や、そのときの直感一つで揺らぐものだ。

 そんなことはわかっていた。

 わかっていた、つもりだった。

 だが、その傾向に囚われ、俺の判断が遅れていた。


 牙鬼オーガは一瞬で俺の目前へと移動した。

 気がついたときには、既に棍棒を上に振り上げていた。

 この体格で【AGI(俊敏):128】は反則すぎる。


 闘術が素早さの強化に特化しており、高位の魔導剣による大幅な闘気の補佐を受ける、ナルク部族の剣術を習得しているエッダ。

 そして、実力主義の《黒狼団》の長であるガロック。

 この二人だからこそ、このとんでも闘気の異常個体ユニーク牙鬼オーガ相手にまともに戦えていたのだ。


 俺ではまともにぶつかれば、とても話にならない。

 今、それを再実感させられた。


「オオオオォオオオオオオオ!」


 巨大な棍棒が、俺目掛けて振り下ろされる。

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