第十四話 異常個体《ユニーク》

 俺はマニ、エッダと共に、《黒狼団》の三人組が逃げて来たであろうルートを辿って魔迷宮奥地へと向かった。

 急がなければ、牙鬼オーガ異常個体ユニークを足止めしているであろうガロックの命が危ない。


「……マニは、逃げられる安全な範囲にいてくれ。身体を張って出てきてくれて、助かってる時もあるし、嬉しくもあるんだけど……その、俺も、あまり戦いに集中できなくなってしまうんだ」


 俺は走りながらマニに伝える。


 ……マニは今回、運び屋兼採掘師、そしてレベル上げのために来てもらっている。

 元々、戦闘を補佐するために同行してもらっているわけではないのだ。


 魔獣は悪魔や人間とは違い、搦め手を使わずに優れた闘気での力押しで勝負を仕掛けて来る傾向が強い。

 魔法がなく、せいぜいが特性や闘術までだからだ。

 牙鬼オーガは特に魔獣のその性質が前面に出ており、硬い、速い、剛力の三点に特化している。

 小細工がなくとも速くて力持ちなら強いを、そのまま体現した魔獣であるといえる。 


 要するに牙鬼オーガの強さは闘気に直結したものであり、レベルの数値が如実に出る戦いになるということだ。

 だからこそ、レベルで圧倒的に劣るマニが牙鬼オーガの間合いに入ってちょっかいを掛けて動きを乱すことに成功し、なおかつ無事に安全圏まで逃れられるような場面はほとんど来ないだろう。

 仮にあったとして、大きなリスクとの隣り合わせになる。


 俺はマニを失う、なんてことはとても考えられない。

 彼女が仮に牙鬼オーガの間合いにまで出てくれば、俺は、戦闘どころではなくなってしまう。


「わかっているよ。今回は、僕が出張ってどうにかなる相手だとも思えないからね」


 俺の言葉に、マニが少し顔を伏せ、苦笑いを浮かべる。


『そなたも、なかなか酷なことを言うの。こう言っておけば、マニも出て来れんと思ったか。あやつの気持ちもわかっているであろうに』


 ベルゼビュートが俺に声を掛けて来る。


 ……狡いことを口にしているのは、わかっている。

 それに、仮に俺とエッダが敗れれば、マニが生きてこの魔迷宮を出ることはかなり難しくなる。

 だが、牙鬼オーガ異常個体ユニーク相手にマニが接近するのは、ハイリスクローリターンなのだ。


 《オド感知》で場所を探れば、すぐに牙鬼オーガの近くまで来ることができた。

 交戦の音が聞こえて来る。

 つまり、まだガロックは生きているということだ。

 間に合った……。


 牙鬼オーガが戦闘中のため、闘気を全開に放っているのが感知の手助けとなった。

 しかし……ここまで濃密な闘気だと、かなりのレベルだと推測できる。


「この通路の先だな。俺が先陣を……」


「私が行く。お前では遅すぎる、私の補佐にでも徹していろ」


 エッダが速度を上げる。


 ……彼女には《瞬絶》もあるし、魔導器の闘気補正もあるため言っていることは正しいのだが、オブラートに包まずそう言いきられてしまうと少し物悲しいものを感じる。


 確かに闘気のゴリ押しタイプには《魔喰剣ベルゼラ》による闘術潰しや、魔法や闘術によって有利を取る戦法はそこまで有効打とならないことが多い。

 レベル上にも速さで追いつけ、剣術の技量で膂力不足を補えるエッダの方が遥かに相性がいいことは間違いないのだが……。


 俺もなまじレベルが上がったため、《魔喰剣ベルゼラ》のD級下位の闘気補正の壁を深く実感するようになってきた。


 俺もエッダを急いで追いかけるが、既に《瞬絶》を使っているため全く追いつけない。

 開けた場所に出たとき、その巨体がまず目に付いた。


 通常の牙鬼オーガの時点で、成人男性より一回りは大きいものだが……こいつはそれよりも、明らかに一段階大きかった。

 赤黒い巨躯には、普通の牙鬼オーガにはない大きな瘤がいくつもあった。

 そしてどこで拾って来たのか、ガロックの身長と同じ程度の長さを持つ大きな棍棒を振り回していた。


 周辺の壁が大きく凹んでいる。

 その窪みは、牙鬼オーガの握りしめている棍棒の形と一致していた。


 大柄なガロックが、この牙鬼オーガの前では小さく見える。


 ……そして、《黒狼団》の団員らしき死体が二つ、近くに転がっていた。

 一人は首をへし折られ、腹部が踏み潰されたように凹んでいた。

 もう一人は更に酷い。

 まともにあの棍棒の一撃を受けたと見え、窪んだ壁に背が埋まっており、全身は血塗れになっていた。


 一流の魔導器使いをこうも虫けらの如く殺すことのできる魔獣を、俺は初めて目にした。


 この牙鬼オーガは、本当にヤバい魔獣だ。

 既に牙鬼オーガの枠を脱し、別の生き物へと変わりかけている。

 闘気特化のC級最上位魔獣は、ここまで恐ろしいのか。


 牙鬼オーガが棍棒を振るう。

 対峙するガロックは前に出てそれを紙一重で躱し、牙鬼オーガの腋を抜けながら魔導剣で斬りつけた。


 見事な一撃だったはずだが、かなり浅い。

 いくらなんでも、これは闘気の力で肉体が頑強になっているだけではない。


 ……この牙鬼オーガは、《硬絶》持ちだ。

 おまけに、牙鬼オーガの傷口からは白い煙が上がり、急速に肉体が回復していた。


 牙鬼オーガが厄介な理由の一つに、《自己再生》持ちであることが上げられる。

 この闘気の高さに、《硬絶》と《自己再生》があれば、突破は困難だ。

 《黒狼団》が六人がかりで二人殺され、ガロックが殿に残ることになった理由もわかる。


「来るんじゃねえ、お前ら如きでどうにかなる相手じゃないとわからないのか! 邪魔だからとっとと失せやがれ!」 


 ガロックが叫ぶ。


 先行していたエッダが牙鬼オーガへと飛び掛かる。

 エッダは牙鬼オーガが棍棒を振り上げたときには、既にその巨体の横に立っていた。

 《瞬絶》を駆使した最高速度のエッダは、牙鬼オーガでさえ捉えきれていない。


 エッダの魔導剣が牙鬼オーガの腕を斬りつけた。

 血が舞い、牙鬼オーガが顔を顰める。

 だが、牙鬼オーガは棍棒を離しさえしなかった。

 牙鬼オーガの闘気に《硬絶》が乗った頑丈さが硬すぎる。


「これでも、武器を落とせないか……」


 返す牙鬼オーガの大振りを、エッダは背後に跳んで華麗に回避する。


「一度は私に後れを取った身であると言うのに、大口を叩いてくれる」


「馬鹿を言うな! あれは、オレも気を抜いていた」


 ガロックがエッダを説得する様に言う。


「軟弱な言い様だな。ナルク部族では、その様な理屈は通じんぞ。実戦であれば、私が殺して終わりだった」


「オレが言いたいのは、この魔獣はお前らの剣が通用するような相手じゃないということだ!」


 牙鬼オーガが醜悪な顔で笑う。

 エッダにやられた傷が、既にほとんど回復しきっている。

 ガロックに受けた腹部の傷も塞がっていた。

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