第十三話 名誉と安全

 ……まさか、揉めたばかりの相手だとは思わなかった。

 巡り合わせが悪いことこの上ない。

 ガロック三人組は俺達と別ルートで下階層に降りた後、先に奥地へとたどり着いていたようだ。

 それにしても、肝心なガロックの姿が見えないようだが……。


「今の状態で、牙鬼オーガ魔猿マーキィの群れに襲われたらまずいんじゃないですか? 他の分隊とやらに合流するまでは護衛しますよ」


「……随分とそれは、お優しいことで」


 《黒狼団》の女は俺の言葉に敵対意思がないことを悟って安堵したようだったが、しかし複雑な表情を浮かべていた。


「馬鹿にしやがって! おいマイル! まさか、そんな生温い提案を受けるつもりじゃあるまいな!」


 身体を支えられているロブが喚く。

 マイル、というのが《黒狼団》の女の名前らしい。


「俺はごめんだぜ! そんな恥を晒してみろ、他の団員からは詰られ、冒険者共からも一生笑いものにされちまう!」


 ロブが続いて叫ぶ。


「俺達だけの問題じゃねえ! 《黒狼団》の名にも泥を塗る行為だ!」


 ……ロブも、自分のプライドの問題だけで言っているわけではないようだ。

 確かに一般冒険者に《黒狼団》の魔導器使いが助けられたと聞けば、普段彼らに大きい面をされて鬱憤の溜まっている冒険者達はこぞって話のネタにするだろう。

 そうなれば《黒狼団》の威厳自体を下げることになる。

 俺達が黙っていれば広まらないことだろうが、向こうからしてみればその保証はない。


「どうせ他の分隊ともすぐに遭遇できる。運悪く魔獣に襲われても、全く抵抗できないって程じゃねえ。悪いことは重なるもんだが、いざとなれば俺を置いて逃げれば、お前らなら魔獣を撒き切れる。そうだろ?」


 ロブが他の二人へと呼び掛ける。

 マイルは少しばかり考えこんでいたが、やがて俺達の方を向き直った。


「そう、ね……。そういうわけだから、貴方達の提案は受け入れられない。先に行かせてもらうけど、後はついてこないで頂戴」


 マイルが後ろの二人へと合図を送る。

 ロブがもう一人の団員に支えられ、俺達を横切って進んでいく。


 駄目だった、か……。

 ガロックがいないことや負傷の原因を聞いておきたかったのだが、この調子だとそれも難しそうだ。


 横切る時も、ロブは憎々し気に俺の方を睨んでいた。

 口にしていた通り、馬鹿にされたと感じたのだろうか。

 結果的になまじ面識があっただけに、余計な恨みを買うことになってしまったかもしれない。


「ハ、貴様らもせいぜい逃げるんだな。牙鬼オーガ異常個体ユニーク、それもかなり育ち切って、最早別の生き物と化している。通常、地下四階層でもお目に掛かれない、C級最上位……いや、B級下位にも匹敵する化け物の誕生だ」


「えっ……」


「どうせ情報が欲しかったんだろ? このまま立ち去ったんじゃ、あまりに俺がダサ過ぎるからな。礼なんか言うんじゃねえぞ」


 そのまま三人は俺達の横を抜けて、上階層へと続く通路へ向かっていった。

 あの男……ロブは喧嘩っ早くて高圧的で融通が利かない嫌な奴だと思っていたが、そこまで悪い奴ではなかったかもしれない。


「ドライに言うと、恨みを買わない保証も出来たし、情報も聞き出せて、余計な荷物も背負わずに済んでよかったね。ただ……高位魔獣に当たるB級がいるなら、どの道探索は続けられないけれど」


 地下三階層にB級の異常個体ユニークが出没したことが本当ならば、軍が対処に当たるべき案件だ。

 まともに探索できる冒険者はほとんどいなくなるし、長らく放置していれば地上へと出て来かねない。


 俺達もB級の魔物と接触したことはない。

 ソラスはC級悪魔で、狼鬼コボルトはC級魔獣だ。


 オルノア司教はB級相応の実力者ではあったが、人間の魔導器使いは結局レベルに比例した闘気頼りよりも、魔法や闘術、技量を武器に戦うことが多い。


 魔獣はその点、単純な闘気のゴリ押しで来ることが多い分、レベル差が開いていると対処は一気に困難になる。

 闘気勝負で来られると、ベルゼビュートの《暴食の刃》で相手の動きを崩すことも期待できない。


 ……それは、わかっている。


牙鬼オーガ異常個体ユニーク……討ちに行ってみないか?」


「ディ、ディーン!?」


「ほう、臆病者のディーンも、たまにはいいことを言う」


 マニが戸惑っていたが、エッダは楽し気に笑っていた。

 高レベルの魔獣と戦える機会が嬉しいのだろう。 


「……本当にB級近くなら、闘骨はかなりの値段になる。それに、あの三人が逃げ切れたってことは、牙鬼オーガもかなり負傷しているはずなんだ。牙鬼オーガは再生能力が高いけれど、オドの疲労まではどうにもならない。絶好のチャンスだと思う」


「連中の口振りからして、B級に一歩及ばない程度の魔獣らしかったな。レベルを上げるには、結局どこかで格上の相手を倒さねばならない。連戦で疲弊しているのならば、この上なく丁度いい相手だ」


 珍しくエッダと意見が合った。

 ……多分、彼女の戦闘意欲が高いからなのだろうが。

 部族内の風習のためなのだろうか。


「……で、ディーンの本音のところはどうなのかな」


 マニが尋ねて来る。


「い、いや、目的はレベル上げと闘骨だよ。結局どこかでリスクは取らないと強くなれない。それだと、今後ずっと小さいリスクを抱え続けることになる。リターンとリスクで前者に傾いているのなら、俺も積極的に動くべきだと思っているよ」


 マニは俺の言葉を待つ様に、まだ俺の方をじっと見ていた。

 黙っているつもりはなかったが……マニは本当に誤魔化せないな。


「ただ……多分、団長のガロックは殿として残っているんだ。生きている内に合流できれば、かなり大きな戦力になると思う。その場合は、後の配分がちょっとややこしくなるけどな」


 負傷した三人組が、特に重傷だったロブを引き連れて逃げることができたのは、それ以外に考えられない。

 最初に鉢合わせしたときにはいたガロックがいなかったこともそれを裏付けている。


「アレを助けたかったのか……そんな義理はないと思うが」


 エッダがうんざりした様に言う。


 確かに義理はないかもしれないが、助けたい理由はある。


 《黒狼団》全体としてはどうかはわからないが……決闘の際に団長のガロックが出てきたのは、恐らく俺達を案じてのことだ。


 俺達の若さと無名さを見れば、ここの魔迷宮に相応しくないと考えるのは無理のないことだ。

 ガロックは暴走しそうなロブを抑えて前に出て来た上、怪我をさせないようにハンデとして刃を引き、その上で決闘の勝敗ではなく「オレを納得させられたら通してやる」とまで口にしていた。


 言い方に棘があったので皮肉に感じていたが、彼の言っていたことは俺達への忠告と、部下を窘めるものばかりだった。

 団員の暴走で《黒狼団》が魔迷宮を占有がちになっていることは間違いないだろう。

 しかし、あの結果と言動を鑑みるに、ガロックは俺達のためにわざわざ引き返して前に出て来たのだ。

 だからだろう、負けた際に異様にあっさりと下がったと違和感を覚えたのは。


 お節介に終わったため、助ける義理はないと言えてしまうのかもしれない。

 それでも俺は見殺しにしようとは思えなかった。

 

 ただ、それでも、己の安全より組織の名誉を優先したロブの意志を尊重して、俺はこう言うべきだろう。


「俺は、弱った手頃な魔獣を逃したくないだけだよ」

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