第十二話 接触の決断

「よし、五つ目の闘骨が取れた……」


 俺は闘骨に付着している血肉を拭い、マニへと解体用ナイフと共に渡した。


「じゃあ、さっさとここから離れようか。死体を隠している余裕はありそうかな?」


 マニは道具を荷物へと仕舞いながら尋ねて来る。


 できれば《黒狼団》の連中に、俺達がここにいた形跡も発見されたくはない。

 魔迷宮内は暗いので、足許の血程度であれば気が付かれない可能性も高い。

 それに魔導剣で斬られ、闘骨を抉り出された死体さえ見つからなければ、冒険者の仕業だとも確定できない。


 それについてだが……俺は近くを動いている《黒狼団》に、奇妙なものを感じていた。


「……急かしておいて悪いんだが、もうちょっとだけ様子を見てくれないか。気配に違和感があるんだ」


 俺がマニへと告げると、エッダがムッとした表情を浮かべた。


「まさか、私を誤魔化すための出鱈目だったのではなかろうな」


「い、いや、そうじゃない! 本当に!」


 ただ……気配の動き方が奇妙なのだ。

 急いでいるようなのに、時折止まったりを繰り返している。

 それにどうやら、俺達ではなく出口を目指しているようだ。


 ……この動き方には覚えがある。

 仲間の内に重傷者がいるのだ。

 俺も運び屋として同伴していた狩り仲間パーティーで、重症の仲間が歩くのを手伝いながら、魔獣の奇襲に怯えて行ったり来たりを繰り返している経験があった。

 恐らくこの三人は、既に魔猿マーキィの相手も厳しい状態にある。


「三人組……かなり危ない状態にあるみたいだ。運が悪かったら地下二階層に上がる前に、魔猿マーキィの群れに襲われて全滅するかもしれない。護衛してやった方がいいかもしれない」


 エッダが露骨に表情を顰める。


「反対だな。そんなことをしていれば、狩りに使える時間が減る。それに、恩を恩で返す連中には見えなかったが?」


「商会お抱えの探索団といえば聞こえはいいけれど……結局は寄せ集めの実力者に過ぎないからね。大半は荒くれ者の冒険者上がりだよ。それに、素行が悪くて入軍できなかった冒険者も入っているって聞いたことがある。軍に比べれば陰湿さはないだろうけれど、期待した反応が返ってくるとも思えないね」


 ……マニもエッダと同意見のようだった。


「ガロックの話だと、《黒狼団》は何組も入り込んできているという話だったよね? 魔獣の群れに目をつけられるより、他の組と合流する可能性の方が高いんじゃないかな。軍にしても、《黒狼団》にしても、認められて冒険者から出世したっていう考えがあるから、僕らに助けられること自体に反感を持つ人もいると思う」


 そのマニの言葉ももっともだ。

 軍入りした元冒険者がかつての仲間を見下す様になるというのはよくあることなのだ。

 当初は自分は同じ考えにはなるまいと考えていても、周囲がそういう空気なのでどうしても染まっていってしまうのだろう、という話をよく冒険者ギルドでも耳にする。

 《黒狼団》の魔導器使いも、冒険者に助けられることを恥だと思うかもしれない。


 ……それでも、人の命には代えられないと俺は思う。

 それに今回に限って言えば、接触しておいた方が安全なのだ。


「確かに俺は甘いんだろうけど……でも、自衛の意味でも手を貸しておいた方が無難だと思う。見捨てたと仮にわかったら、間違いなく連中から目をつけられることになる。それに……《黒狼団》が重傷を負ったのは、魔迷宮内で何かしらのトラブルがあったからなんじゃないかと思うんだ。できれば、それを確認しておきたい」


 《黒狼団》はこの魔迷宮の探索は慣れているはずだ。

 単なるミスによる負傷ならばいいのだが、異常個体ユニーク魔獣の溜まり場モンスタープールならば、俺達もこれを機にとっとと引き下がるべきだ。

 目標がどうのこうのとは言っていられない。

 情報収集は行っておきたい。


 それに……俺の感情の話でしかない上に、不確定なものなので今口にするのは憚れるのだが、もう一つ別に理由がある。


「確かに一理あるかもしれないが……私はどうにも、連中に手を貸す気になれないのだがな」


 エッダが苦々しい顔をする。


「それがディーンの決断なら、僕は付き合うよ。勿論、しっかりと意見は出させてもらうけれど、こうなったときのディーンはなかなか折れないからね」


 マニがくすりと笑い、荷物を背負い直す。


「……お前はそれでいいのか?」


 エッダが尋ねる。


「いいんだよ。僕はああは言ったけれど、ディーンに生き方を曲げて欲しくはないんだ」


「鍛冶娘がそういうのであれば、仕方あるまい。従っておいてやる」


「……悪いな、マニ、エッダ」


 俺は小さく頭を下げる。


「今回みたいな危険の薄い例はともかく……リスクが大きいときは本当に避けて欲しいときもあるのだけれどね」


 マニがやや声を小さくして呟いた。


「……ほ、本当に悪い」


 何はともあれ、俺が《オド感知》で三人組の気配を探ってこちらから接触を試みることにした。

 気配と地図を参考に三人組との距離を詰めていく。

 地図は地下三階層奥地にもなると、情報提供者が少ないので、信用し過ぎると道が誤っていて裏切られることもあるが、参考にはなる。


 魔獣を近づけるリスクはあるが、三人組に人間であることと敵意がないことを示すためにマナランプの光量は最大にしてもらった。

 やがて通路で、目標の三人組と接触することができた。


 出てきた三人の内二人は、ガロックの部下である二人、禿げ頭のロブと、愛想の悪い女であった。

 そこに一人、見知らぬ男が加わっている。

 女が斥候として前に出て警戒しており、ロブは一番怪我が酷いらしく、もう一人の男に肩を借りながら歩いている。


 先頭の女が、顔を顰めながら構えていた魔導剣の先端を下げる。

 前回の別れ方が最悪だったので、敵意がないことを早めに表現しておきたかったのだろう。


「……分隊かと期待して損しましたよ。これはどうも、少しばかり不利ですね」


 がっかりしたように口にする。


「き、貴様ら、あの時の冒険者か! なんだァ、俺達を笑いに来たのか!」


「馬鹿、落ち着けロブ!」


 ロブが暴れようともがいて、もう一人に窘められていた。

 ……よりによって、あの時の二人がいるとは思わなかった。

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