第十一話 目標の半分
「キィッ!」
勝てないと踏んで逃走を図った
エッダが
エッダは足を止めて魔導剣を振るって血を飛ばし、鞘へと戻した。
その動きの後で、ようやく斬られたことに気が付いたかのように
エッダの最大の強みは、魔導器と闘術により強化された瞬間速度にある。
ナルク部族の剣技も一般冒険者の技量では絶対に敵わない領域にいるが、闘気や闘術を駆使すれば出し抜くことは不可能ではない。
しかし、逃げ切るならばエッダと速さ比べをする必要がある。
都市ロマブルクの冒険者の中で最強格だったヒョードルでさえ、エッダの《瞬絶》には驚いていたほどなのだ。
D級魔獣の
手負いの状態でエッダから逃げるならば、一か八かで勝負に出た方がまだ勝算はあっただろう。
どちらにせよ、望みの薄いことには違いないが。
「お見事……三体相手だと少し苦戦させられたが、二体なら余裕だな」
俺は周囲を見回す。
通路の床に、二体の
これで合計五体目、およそ三十五万テミスだ。
目標の十体の半分にまで到達していた。
「無駄口の前に闘骨を回収しろ」
「はいはい、わかりましたよっと……」
俺はマニより解体用ナイフを受け取り、
少しばかり急いだ方がいいかもしれない。
《黒狼団》と取り合いになっているのか、思いの外に地下三階層に出てきている
そのため当初の予定より地下三階層の奥にまで来てしまっていた。
ここまで来ると地図も情報も報告件数が少ないため、あまり正確ではないことが多い。
何らかのトラブルに巻き込まれやすいのだ。
それに一か所に留まれば、《黒狼団》が接触を試みて来る可能性も高い。
解体を進めながらふと顔を上げると、エッダが肩で息をしており、ゆっくりと呼吸を整えているのが目に付いた。
「そういえば、さっき追いかけるときに《瞬絶》を使っていたみたいだったが、闘気の消耗やオドの疲弊は大丈夫か?」
「安心しろ、目標までは充分持たせられる。お前に心配されるほど私はヤワではない」
一言多いんだよなぁ……。
いや、俺やマニはある程度付き合いがあるので、エッダは言葉の上ではともかく、協調性を意識して動いてくれていることも、仲間として認識してくれていることもわかっている。
とにかく素直でないだけなのだ。
……ただエッダは初対面の相手に対してでもこうなので、その辺りがどうにも不安になる。
俺から矯正するようにもっと煩く言った方がいいのだろうか。
それは余計なお節介だろうか。
エッダが俺から顔を背け、小さく咳払いを挟んだ。
「まぁ……一応気遣ってくれたことに礼は言ってやる。私の柄ではないがな」
「エッダ……お前……!」
俺は口をぽかんと開けて、彼女へ目を向けた。
「エッダ……魔迷宮の瘴気にやられていないか……? 地下三階層でも、瘴気の偏りや体調によっては、瘴気の実害が出ることは充分にあり得るからな。それに、この位置は下階層の瘴気が昇ってきやすいか。地下二階層に戻るか……いや、安全を考えてこの辺りで撤退しておくか。そういう賭けは、癖になるから取るべきじゃない。エッダの身体も心配だからな」
エッダの表情が険しくなり、魔導剣に手を当てた。
「貴様がいつも口煩く喚くので合わせてやれば何という言い様だ! 私を馬鹿にしているのか? 決闘ならいつでも受けてやるのがナルク部族の流儀だ!」
「お、落ち着いてエッダさん! 落ち着いて! ごめん! ディーンはちょっと人間関係面は抜けているところがあって……! とにかく、僕からも謝るから落ち着いて!」
マニがエッダの身体を抑える。
「安心しろ鍛冶女。この男の腕に奪うだけの価値もない、峰打ちで済ませてやる。しかし、しばらく動けない程度には打ち倒してやる。お前が引き摺って帰れ。残りの
「エッダさんならできるかもしれないけど、とにかく止めてあげて!」
マニは振り解こうとするエッダの身体へと懸命に引っ付いていた。
「わ、悪い、エッダ……。でも、俺の言ったことを考えてくれていたみたいで嬉しいぞ!」
「黙れ、私は今その気が失せたと言っている!」
そのとき……俺の《オド感知》が反応を示した。
奥の方から、人間が三人ほど走ってくる。
恐らく《黒狼団》だ。他の冒険者がこの魔迷宮をうろついている、ということは考えにくい。
「ま、待ってくれエッダ、また黒狼団だ! とっとと闘骨を取り出して、ここを離れるぞ! 悪いがマニも急いでくれ!」
「う、うん、わかった!」
俺は作業を再開し、雑に解体用ナイフを振るう。
とにかく取り出せればいい。最悪傷つけてしまうが、《黒狼団》の連中に奪われるよりはマシだ。
邪魔な骨や肉は別の場所で削ぎ落とせばいい。
「おいディーン、誤魔化すために適当なことを言ってはいないだろうな?」
「落ち着いてエッダさん。ディーンは場を誤魔化すために闘骨を雑に扱うようなことはしないよ。それは僕が保証していい」
「チッ、別にあんな連中、全員私が叩き斬ってやってもいいのだがな。頭のガロックがアレなら、下の程度も知れている」
……エッダはあっさりと言うが、ガロックに油断と素手というハンデがあり、エッダがレベル以上に闘気に優れた速攻型だからこそ一本を取ることができただけだ。
おまけにガロックは、あの状態からエッダの魔導剣を防いでいる。
仮に本気の殺し合いだったのならば、ガロック一人に俺達三人がかりでも怪しいところだ。
商会に雇われている《黒狼団》のトップの地位は伊達ではない。
俺は闘骨を引き抜いた。
よし……あまり傷はつかなかった。
値落としさせずに済むかもしれない。
俺は苦戦しているマニの横へと滑り込み、二体目の
さすがに無謀かと思ったが、向かって来る三人組は、こちらへ最短距離で来ているわけではない。
それに、足取りもさほど速くはない。
こっちを発見できていない……? いや、そもそも俺達の方へと来ているわけではないのか。
……俺もむざむざ七万テミスを捨てたくはない。
少し危ういが、ここは
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