第六話 衝突

「退く気はないんだな? 後悔することになるぜ? ガキは戦鼠ムースのケツでも追いかけてるんだな」


 ガロックが再び挑発してくる。

 取り巻きの禿げ頭が笑い、女の方は退屈そうに欠伸をしていた。


 ……向こうも、露骨な嫌がらせには出て来ないはずだ。

 脅しを掛けて来るのがせいいっぱいだろう。ここは、折れるところじゃない。

 こんな一方的な脅しに屈していれば冒険者としてはやっていけない。

 俺は一歩前に出た。


「……下がるつもりはない。こんなことをやっていれば、商会の名前の方が傷つくぞ。それで困るのはお前達の方なんじゃないのか?」


「ほう……ガロック団長、こいつ俺達に喧嘩を売っているつもりらしいですよ。軽く、冒険者のクズと我々の格の差を、わからせてやっていいですか?」


 禿げ頭が俺に合わせて前に出て来た。

 俺は身構えた。


 ……どうやら暴力に出て来るつもりらしい。

 血の気の多い奴だ。

 どちらかが重傷を負えば喧嘩では済まなくなるとわかっているのだろうか。


「いや、オレがやってやるよ。ロブ、オメーは引っ込んでろ」


 ガロックが禿げ頭の男の肩を掴み、前に出て来た。

 コキコキと腕を鳴らし、歯を覗かせて笑った。


「ガ、ガロック団長がですか?」


「クク……最近はヤンチャはお預けで真面目ちゃんやってたから、対人戦は久々だな。お前にゃまだ《力自慢の狩場》は早いってことを教えてやろう。一人出て来い、テストしてやろうじゃねぇか、ありがたく思えよ? オレを納得させられたら引き下がってやろう」


 ……厄介なことになった。

 《水浮月》を使えば一本取ることだけなら珍しくないだろうが、《黒狼団》の頭のガロックには面子があるはずだ。

 部下の手前、軽視していた俺達相手に一本取られたからといってあっさりと下がってくれるかは怪しい。


 ガロックは手を降ろし、腰に差した魔導剣の鞘を弾いた。

 魔導剣に埋め込まれた魔核が光を強める。

 ……魔導器を用いて闘気を強めた証拠だ。


「ハンデをくれてやろう。刃は使わないでおいてやる!」


 ガロックが前に出て来る。

 速い。

 《黒狼団》の団長ガロック……都市ロマブルクの魔導器使いの中でも、最上クラスと考えていいだろう。

 闘気も経験も、恐らくヒョードルに匹敵するレベルだ。


 ……ここは交戦の意思を示すべきではない。

 勝っても負けても、あまりいいことにはならない。

 舐められたままでは難しいだろうが……どうにか話し合いに持ち込んで、相手から妥協を引き出すしかない。


「待ってくれ、こんなところで戦う意味は……」


「わかりやすくて結構だ。貴様らの態度には腹が立っていた、私が相手をしてやる!」


 俺の言葉を無視して、エッダが先に飛び出した。


「お、おいエッダ! 止まれ!」


「こんな不愉快な連中に遠慮をしてやる必要はなかろう」


 エッダが魔導剣を抜いた。

 駄目だ。こうなってしまったら、俺の闘気ではもう追いつけない。


「ほう、速度は思ったよりサマになってやがるな。だが、その程度……」


「今が全力だと思ったか? 《クイックル》!」


 魔法陣が浮かび、エッダの身体を光が包み込む。

 支援魔法パワードまで使いやがった。

 エッダの身体が更に速さを増した。


「ぐっ……」


 ガロックが速度を落とした。

 エッダの予想外の速さを前に、衝突までの猶予が欲しくなったのだろう。

 エッダはそこを見逃しはしなかった。

 姿勢を低くしてガロックへ突撃していく。


「……単純な魔獣相手ならともかく、対人戦じゃ闘気頼りにゃ押し切れないってことを教えてやるよ!」

 

 ガロックも大きく姿勢を落とし、エッダに対して腕を伸ばした。

 指を大きく伸ばしている。

 魔導剣の合間を抜けて、エッダの身体を闘気で強化した指で突く狙いだ。


 ガロックはエッダの剣の間合いを潜り抜けた。


「これで終いだっ!」


 ガロックは腕を振り上げる。

 だが、エッダは綺麗に後退してそれを躱していた。

 魔導剣を下に構えている。

 急いだガロックがどう攻撃に出て来るか読んでいたのだろう。


 ガロックは闘気頼りでは勝てないと言ったが、エッダの本領はむしろナルク部族で磨かれた剣術にある。

 攻めると見せかけて引くのは戦いの基本だが、エッダはそれを綺麗にやってのけた。


「しまっ……!」


 ガロックが青褪める。


「私は刃を使っていいのだったな、後悔しろ」


 俺も青くなった。

 エッダは戦いを止める気があるように見えない。

 部族内の決闘は命懸けだったのかもしれないが、こんな小競り合いで《黒狼団》のボスに重傷を負わせれば絶対に面倒なことになる。


 エッダの振り上げた魔導剣がガロックの無防備な腕へと向かう。

 容赦なく魔導器使いとしての生命線を断ちに行った。


 ガロックは素早く魔導剣を抜いて、エッダの刃を防いだ。

 俺は安堵したが、ガロックの部下二人は真っ青になっていた。


「どうした? 刃は使わないと聞いていたのだが」


 エッダが挑発する。

 俺は生きた心地がしなかった。


「き、貴様、ガロック団長を馬鹿にするつもりか! 戦いであれば、ガロック団長が勝っていた! 貴様はハンデをもらったばかりか魔法まで使い、ズルをしたのだ! このルールであれば、魔法が禁止に決まっているだろうが!」


 禿げ頭のロブが喚き始める。

 案の定難癖をつけて来た。

 ガロックは表情を歪めて黙っていたが、魔導剣を鞘へと戻して身を引いた。


「……オレの負けだ。言い訳はできねぇな、こりゃ」


 ガロックが頭を押さえて下がった。


「ガ、ガロック団長……しかし……! だ、だってほら、そもそも団長、本気じゃなかったですよね? 丸腰だったとしても、あんな冒険者のガキに俺達の団長が後れを取るはずが……!」


「おい、オレにこれ以上恥を掻かせるんじゃねえぞハゲ」


「す、すいません……し、しかし……」


 ガロックが睨むと、ロブは口ごもりながらも引き下がった。


「……約束通り退いてやる。この先から地下三階層に降りるつもりだったんだろう? オレ達は、別のルートから降りる。仲良しこよしで降りるわけにもいかんだろう」


 ガロックは悔し気に口にして、来た道を退いていく。


「……だが、オレの他の分隊の部下も喧嘩っ早いんでな。せいぜい注意するこった」


 ガロックは捨て台詞を吐いて去っていく。


「だ、団長、待ってくれ!」


 慌てて部下の二人が後を追い掛けていったが、途中でロブが俺達を振り返り、「いい気になるんじゃねぇぞ! 覚えていやがれ!」と喚き立てていた。


 ……俺はひとまず場が収まったことに安堵して息を吐いた。

 エッダに敗れたのが堪えたのか、ガロックが思いの外あっさりと下がってくれてよかった。


「……よくやってくれた、エッダ。でも、あんまり血の気の多い真似は止めてくれよ。ああいう奴らは脅すのが目的で、本気で手を出してくることは稀なんだ」


「決闘に敗れたのならば、片腕を差し出すのがナルク部族では鉄則だったのだがな」


 エッダはガロックが去っていった方を向いて、とんでもないことを口走っていた。

 ……しかし、散らばっている分隊も同じように好戦的な連中ならば、あまり出くわしたくはない。

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