第五話 《黒狼団》

 俺達はひとまず道を引き返すことにした。

 マニに地図で見通しがよく、逃走ルートの多い道を探してもらう。


 そこならば少しでも安全に相手と対話を行うことができる。

 向こうも普通ならば、得体の知れない相手とは距離を取って対話を行いたがる。

 開けた通りは互いに都合がいいはずだ。


「仮に距離を詰めて来るなら……その時点で、明確な敵対行動と捉えていい……と、思う」


 俺はマニに案内してもらいながら、二人で今後の動き方について説明する。


「そのときは斬ってやればいいのだな。簡単な話だ」


 エッダが淡々と言う。

 ……エッダだと本当に交渉や牽制を無視して斬り掛かりかねないのが怖い。


「……極力逃げる方で話を進めたいかな」


 ……もっとも魔導器強盗であれば、逃げる相手を追うよりも完全に逃げ場を潰した上で追い込んでくるか、不意打ちを狙って来るはずだ。

 一人でも取り逃がせば目撃者が生き残ることになるのだから、こんな浅瀬でそれを目当てに仕掛けて来るとは考えにくい。


 村や街に降りるつもりのない山賊の類であれば顔が割れることをあまり恐れないだろうが……そういう連中が『力試しの狩場』に居着いているのならば、噂が出てこないはずがない。


 なので、あまり敵対意思の強い相手ではない線が強い、はずではある。


「……ここなら、いざというときに逃げるのにも適していると思う。地図を信じるのであれば、回り込みも心配しなくてよさそうだよ」


 直線通路の続くところでマニが立ち止まった。

 俺も小さく頷き、足を止めた。

 少し待機したところで、直線通路の向こう側に三人の冒険者らしき連中が現れた。


「驚かされたな。どんなふてぶてしい奴かと思えば、ガキが三人とは」


 禿げ頭の男が笑う。

 横に並んでいた女が大きく肩を竦める。


「……戻ったのが損でしたね、ガロック団長。分隊から遅れちゃいましたよ。……で、どうします?」


 ガロック団長と呼ばれた、金髪の大柄な男が鼻で笑う。

 男は顔の中央に、額から唇に掛けて大きな傷跡があった。


 ……身なりは多少土汚れはあるものの整っている。

 となれば、盗賊の類ではなさそうだ。


「ハッ、戻って損なことはない。勘違いした新米冒険者共に、魔迷宮の厳しさを教えてやるのもオレらの役目だ」


 ガロックがカラカラと笑い、俺達に嗜虐的な目を向ける。

 軍の者ではなさそうだが……何かしらの組織された集団であるらしい。


「あの、あなた達は……」


 俺が尋ねると、禿げ頭の男が笑った。


「我々のことも知らないとは。もしや喧嘩を売りに来たのかと思ったが、単に無知だったらしい」


 ……随分と軽んじられているようだ。

 しかし、概ね事情は呑み込めてきた。

 どうやら《力自慢の狩場》には、組織だって狩りを行っている連中がいるらしい。

 この三人だけではなく、恐らく十か、二十はいるのだろう。


 ……暗黙の了解の領域になると、ただ情報を集めても入ってこないことの方が多い。

 ヘイダルからもっと色々と聞いておけばよかった。


「ま……下級冒険者共なら、そんなもんだろ。オレはラージン商会の直属探索団黒狼団の団長、ガロック様だ。これからは貴様らの頭にしっかりと刻んでおくことだな」


 ……ラージン商会は、都市ロマブルクを中心に活動する大手の商会だ。

 以前、裏でガムドン決死団に金銭支援を行ってくれた商会でもある。

 お抱えの魔導器使いの組織があるが、軍に目をつけられるのが怖かったのか戦力面での支援は行わなかった、と聞いている。


「前置きが長い。お前達が誰であろうと、私達には関係のないことだ。要件だけさっさと述べろ」


 エッダが苛立ったように口にする。


「ほう……冒険者如きが、よくも俺達にそんな口を聞けたものだ。ガキにもわかりやすく言ってやれば、ここは俺達の縄張りだから、雑魚は引っ込んでいろと言っているのだが……」


 禿げ男が一歩前に出た。

 こっちがその気ならば、戦闘になることも厭わないという様子であった。

 ガロックが腕を伸ばし、禿げ男を静止する。


「お前らはやり方が下手だから尾を引くんだよ。ラゴール様から怒られたのを忘れたか? ああ?」


 ガロックが怒鳴ると、禿げ男が大人しく引き下がった。

 ……ラゴール・ラージンは、ラージン商会の会長だ。

 

「ま……こんなわけで、オレの部下はちーとばかし荒っぽい奴が多いんだわ。それでオレ様がちょいとばかし、揉め事が起こらないように挨拶に出向いてやったわけよ」


「……狩りの邪魔だから帰れと、脅しを掛けに来たわけか?」


 《力試しの狩場》は、ベテラン冒険者にとってオドを集めるにも、闘骨を集めるのにも適している狩場だ。

 《黒狼団》は部外者に獲物の数を減らされたくないのだろう。


 それに……商会お抱えの探索団といっても、結局は冒険者の中から腕の立つ者を集めただけだろう。

 荒っぽい者が多いだろうし、軍同様に後ろ盾のないフリーの冒険者に対する見下し意識があるのは容易に想像できた。

 あまり質のいい連中とは思えない。


「いやいや、勿論オレ達にそんな権限はねぇ。ねぇ、が……オレの部下が先走って何かしないとも限らねぇよなあ?」


 俺の質問に対し、ガロックが惚けるように目を細め、大きく肩を竦めた。

 それからニヤリと笑い、俺とマニ、エッダを順に眺める。


「それに、そもそもお前らガキンチョにゃここはまだ早いんだよ。オレらがいなかったとしても、な。怪我しねぇうちに帰れと忠告を出してやってるわけよ」


 ……面倒な連中に絡まれた。

 《黒狼団》は他にも分隊があるようだし、探索中に妨害を受ければ思わぬ事故にも繋がる。


「それに、俺らの上はラージン商会様だぜ? 敵に回したくはないだろ」


 禿げ男がニヤニヤと笑いながら言う。

 ……この男のいうことは気にしなくていいだろう。

 直属の部下とは言え、ラージン商会はわざわざこんな奴らの言うことを真に受けて、一冒険者に嫌がらせを行うほど暇ではないはずだ。

 様子を見るにラージン商会の意向で狩場を独占しているわけではなく、増長した《黒狼団》の暴走のようだ。

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