第四話 《力自慢の狩場》

 俺とマニ、エッダは馬車を雇って二日を移動に費やし、最寄りの村で情報収集と休息を行ってから《力自慢の狩場》へと向かった。


 最寄りの村から地図を頼りに二時間ほど歩いて移動し、森奥にある岩壁の根元に大きな亀裂が入っているのを見つけることができた。

 《力自慢の狩場》の北入り口と称されているところである。


 北入り口は、地下二階層へと最短のルートで向かうことができる入り口であると最寄りの村の宿で教えてもらったのだ。

 地下一階層、地下二階層にはさして用はない。

 さっさと地下三階層まで向かわせてもらうことにしよう。


「よし……計画段階でも言ったけど、今回の目標金額は七十万テミスだ」


 魔猿マーキィの闘骨で十個分程度の額である。


『随分と強気に出たの、ディーン。昔は十万テミス手に入れただけで大はしゃぎしておったというのに』


 ベルゼビュートが茶々を入れる。

 ……魔導器には、どうしても金が掛かってしまうのだ。


 それに……馬車の代金も思ったより掛かってしまった。

 馬車馬として使えるレベルの高い魔馬エークォは高価値であるし、魔馬エークォを飼い慣らして馬車を操縦できる御者もあまり多くない。

 馬車の往復費だけで十五万テミス掛かるのだ。

 元を取るためには、七十万テミス近くは狙いたい。


 マニが入り口を眺めながら、口許に手を当てて思案気な顔を浮かべていた。


「……どうしたんだ、マニ?」


「いや……少しばかり、気に掛かったところがあってね。あの村の人達、僕達が冒険者と知って、少し意外そうにしていたから」


 それは俺も少し引っ掛かっていた。

 《力自慢の狩場》は、D級の魔獣を安定して狩ることのできる中級冒険者にとっては理想的な狩場である、という話であった。


 魔猿マーキィの闘骨は高く売れるはずであるし、冒険者ギルドで調べた範囲では特に魔迷宮に厄介な問題があるとも思えなかった。

 三階層で強力なC級魔獣である牙鬼オーガの襲撃を受けることが多いというのが最大の注意点として記されていたが、今の俺達の実力であれば牙鬼オーガは太刀打ちできない相手ではない。


 むしろ単体の牙鬼オーガと余裕のある状況でぶつかることができれば大きなボーナスとなる。

 牙鬼オーガの闘骨は、魔猿マーキィの闘骨の倍の値がつく。

 牙鬼オーガ一体で馬車の費用を賄えてしまえる。


「でも村では明らかに冒険者を対象にした店や宿も多くあったし……《力自慢の狩場》に挑む冒険者が少ないってことはないはずだ。魔迷宮内で大きな問題があったっていう話もなかったようだし、そこまで気にしなくてもいいんじゃないか。俺達が若かったから驚いたのかもしれない」


 大半の冒険者は、せいぜい地下二階層で単体のD級魔獣を狙うのがせいいっぱいなのだ。

 C級魔獣の討伐まで視野に入れることのできる冒険者は、はっきりいってごく一部だ。


 俺もベルゼビュートがいなければ、一生掛かっても今の強さまで辿り着けていたかは怪しい。

 《力自慢の狩場》へ挑むことのできる冒険者は、経験の豊富な三十歳以上の冒険者が多いのだろう。

 そう考えれば、俺達が冒険者だと知って驚いていた村の人達の様子も頷ける。


「とっとと行くぞ。今更迷っても仕方のないことだろう。馬車の費用も嵩んでいる」


「あ、ああ……そうだな」


 ……エッダに痛いところを突かれてしまった。

 入念に下調べは行ったつもりであったが、新しい狩場を開拓するのは思ったよりリスクの高いことなのかもしれない。


 正直、今はあまり余裕がない。

 このまま帰ったら貧民芋ポアットを生のまま齧ることになってしまうだろう。

 ベルゼビュートが駄々を捏ねている姿が目に浮かぶ。

 マニに仕入れた鉱石を売って金を作ってもらうということは不可能ではないだろうが……そんな真似は死んでもしたくない。


 地下一階層を手早く抜けて、地下二階層へと挑む。

 道中で小鬼ゴブリンを三体、中鬼ホブゴブリンを一体仕留めることができた。

 いつも通りに俺が解体用ナイフで下腹部を開き、闘骨を取り出して集めてある。

 合計五万テミスといったところだ。

 

「そろそろ地下三階層につきそうだね。……ここからが、本番だよ」


 マニは手許をマナランプで照らし、地図を確認していた。


「よし、ここからは今まで以上に気を付けて……」


 そのとき、俺の《オド感知》が反応を示した。

 何者かが俺達へと近付いてきている。

 あまり確信は持てないが……どうやら、人間らしい。

 それも、三人以上はいる。


 恐らく、さっき交戦したときの音を聞きつけたのだ。

 俺達が人間だとわかり、遠くにいたのにわざわざ接触を試みて引き返してきている。

 地下三階層の近辺にいたようなので、少なくともC級魔獣と戦って勝てる自信のある、それなりに腕の立つ冒険者であるはずだ。

 揉めれば……厄介なことになる。


「……冒険者だ、三人以上いる。明らかにこっちを認識して向かってきている」


「それは……穏やかじゃないね」


 マニの顔が曇った。

 魔迷宮内で狩り仲間パーティーが接触するのは揉め事の種なので、基本的には互いに察知した時点で避けるように動くことが多い。

 獲物の取り合いが起こるかもしれないし、何よりも魔迷宮内の犯罪は発覚しにくい。

 ……わざわざ迫ってくる冒険者は、その揉め事を引き起こしに来ている可能性が高い。


「なるほど、返り討ちにしてやればいいのだな。小鬼ゴブリン相手では、準備体操にも物足りなかったところだ」


 エッダが迷いなく魔導剣を抜いた。


「け、剣を抜くのはまだやめてくれ!」


 俺は慌ててエッダを止めた。

 武器を構えていれば、相手を威嚇することになる。

 敵対者の可能性はあるが、命の奪い合いまでしようと考えているかはわからない。


 冒険者の中には難癖をつけて武力をちらつかせて闘骨を奪おうとするケチな奴もいる。

 もしそういう目的の奴であれば、悔しいが中鬼ホブゴブリンの闘骨を渡して争いを回避してしまった方がずっといい。

 威圧してしまえば、相手も引くに引けない状況になるかもしれない。


 何にせよ……今の段階で相手の思惑を判断することはできない。

 後で揉め事がないように、先に接触して挨拶しておこうとする冒険者もいる。

 細かいところでいえば儲け話があって協力を頼んでくるつもりなのかもしれないし、仲間が窮地にあって他の冒険者に助けを求めようとしているという線もあり得る。

 都市や魔迷宮によって冒険者のマナーの機微が若干異なることもあるし、断定するのはまだ早い。


 儲け話があるかもしれないから逃げるべきではないと、俺はそこまで甘いことはさすがに思わない。

 そんなものよりリスクの方が怖すぎるからだ。

 だが、厄介なのは……下手に避ければそれが発端となって敵対視されたり、後ろ暗いところがあると決めつけられたりする可能性だ。


 ……おまけに目的地が地下三階層であるため、ここで逃げても探索を続ける以上、別の場所で顔を合わせることになる可能性が高い。

 牙鬼オーガが出るかもしれない階層で、意図のわからない冒険者集団と鬼ごっこをしたくはない。


「……見通しがよくて、逃げ場の多い場所で持たせてもらおう。マニ、ルートを探してくれ」

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