第三話 次の狩場

 翌日、俺は冒険者ギルドの休憩所の席に座り、マニ、エッダと共に机を囲んでいた。


「そろそろ俺達の実力なら、《力自慢の狩場》に挑んでも大丈夫だと思う」


 俺は机の上に、冒険者ギルドから買い取った資料を並べていく。

 書いてあるのは、各魔迷宮内の魔獣の目撃率の一覧や、魔獣の溜まり場モンスタープール異常個体ユニークなどの魔獣災害の傾向、闘骨の換金レートの目安表である。

 魔迷宮の情報を押さえて計画を立てることも冒険者の重要な仕事の一つだ。


「《力自慢の狩場》の地下三階層なら、上手く進められればかなりのリターンを得られるはずだ。ここで出没する魔猿マーキィは、Dランクの魔獣の中では上位の強さで、闘骨の値段も高い。戦鼠ムースはせいぜい四万テミスといったところだけど、魔猿マーキィなら七万テミス近い値になるはずだ」


 俺は資料の中から《力自慢の狩場》について記された紙を指で示す。

 《力自慢の狩場》は魔迷宮の一つであり、都市ロマブルクからは少しばかり距離がある。

 馬車を雇う必要が出て来るが、その金額を差し引いても充分な対価が得られるはずであった。

 

 《力自慢の狩場》は浅い階層では魔猿マーキィが、奥の階層では牙鬼オーガが多い魔迷宮である。

 どちらも闘術というよりは身体能力で戦って来るタイプの魔獣であり、そこが《力自慢の狩場》の由来でもある。


 また、この《力自慢の狩場》という名称は、低階層に出没する魔猿マーキィが凶悪であるため、生半可な冒険者では挑むことができない、という意味のダブルミーニングでもある。


 魔猿マーキィ戦鼠ムースに比べて平均レベルが高い。

 おまけに戦鼠ムースが耐久力に特化した魔獣であることに対し、魔猿マーキィは素早さと膂力に特化しているため冒険者の危険が大きい。


 ギルバードはよく《戦鼠ムースの巣窟》の地下二階層にて単体の逸れ戦鼠ムースを狙って二対一で襲撃する戦法を取っていたが、魔猿マーキィ相手に同じことは危険が高すぎて絶対にしないだろう。

 同ランクの魔獣とはいえ、魔猿マーキィ戦鼠ムースではそのくらいの差があるのだ。


「地下三階層は稀に牙鬼オーガが出没するけど、同じくCランクの魔獣である狼鬼コボルトを狩ったことのある俺達なら、そこまで問題視する必要はないはずだ。牙鬼オーガは遠距離攻撃を持っていたり、不意打ちを仕掛けて来る魔獣でもない。例の、ガムドン決死団に参加した時に戦ったことのある魔獣でもあるし、そういう面でも安心ができる。狙い目なところだと思うんだけど……どうだろうか?」


 俺はそこまで説明し、マニとエッダの反応を窺う。


「うん、ボクもいいと思うよ。悪魔の目撃情報が皆無だからその手の事故がなさそうなのもいい。それなりに人気の高いところだろうから、魔獣災害が発生していたら最寄りの村でもすぐ問題になってるだろうし……よほど運が悪くなければ、その手の事故に巻き込まれずに済むと思う」


 マニが小さく頷いてそう言った。

 エッダからは……特に返事がなかった。


「エッダ……?」


 エッダはなぜか目を細めて床の一か所を睨んでいたのだが、俺が名前を呼ぶと瞬きをしてこっちを向いた。


「ああ、話が纏まったか。どこへ向かうのだ?」


「……お前、聞いてなかったな?」


 何なら半分寝ていたようにも窺える。


「お前は話が長い。それに……どの道、私は都市やら魔迷宮やらの事情には明るくはない。お前達で考えろ、反対はしない」


 俺は頭を抱える。

 別に俺は地味な下調べ作業なんかも好きだし、丸投げされても特に思うことはないのだが……もう少し関心を持ってほしい。


 俺とマニだからまだいいが……騙されて利用される、なんてこともあり得ない話ではないのだ。

 魔迷宮内の犯罪は犯人を捜すことが難しく、軍もまともに調査を行うことが少ない。 


「いいか、エッダ、ロクに前情報も確認していなかったら、不利な案件を押し付けられていたり、配分に落とし穴があったり……酷いときには意図的に魔獣の囮にされたり、なんてこともあり得るんだ。冒険者は身内のいない人間が多いし、死んだ奴の魔導器は好きに売り飛ばしてしまっても文句が上がることの方が少ないからな」


 その手の評判の悪い冒険者は少なくない。

 危機に陥って俺を囮にしたギルバードなんて可愛い方である。

 噂の立っている冒険者は数人いるが実証は不可能であるし、軍も調査には動かない。


「今回の《力自慢の狩場》を選んだのだって、あわよくば牙鬼オーガの闘骨が欲しいという俺の事情が大きい。その辺り踏まえて、お前が納得できるかどうか……」


「忠告さえも長いのだな、お前は。年寄り臭い奴だ」


 エッダが退屈そうにそう言った。

 こ、こいつ……!


 エッダは俺から目線を逸らし、髪を指先で梳いた。


「……お前を信用してやっているのだ、ありがたく思え」


 エッダの頬がわずかに赤くなっていた。


「あのな、エッダ、俺は怒ってるとかじゃなくて、お前のことを気にかけて言ってやってるんだ。聞こえのいい適当なことを言って誤魔化そうとするな」


「き、貴様……!」


 エッダの表情が露骨に曇り、俺の顔を睨みつけた。


「そ、そんな怒ることはないだろ、俺も少し言いすぎたかもしれないが……」


「怒ってなどいない! もういい、わかった。だが、お前は話が無暗に長く年寄り臭いので、マニへ後で確認しておく」


「な、なんだと!」


 確かに話は少し長くなってしまったかもしれないが……それはそれとして、この言い草はないだろう。

 俺とエッダは互いに席を立ち、顔を近づけて睨み合っていた。


「お、落ち着いて、二人共……!」


『のうディーン、揉めているところ悪いのだが、どうしても先に確認しておきたいことがある』


 マニがあたふたと仲裁を始めた中、ベルゼビュートの思念が聞こえて来た。

 いつになく真面目な声色であった。何か懸念点でもあるのかもしれない。


「どうしたベルゼビュート?」


『……牙鬼オーガって、意外に美味かったりせんかの? 無理か?」


 ベルゼビュートの思念が煩いため、俺は《魔喰剣ベルゼラ》を腰から外して床に転がした。

 距離を離せば少しは静かになるだろう。


『なぜであるかディーーーン!!』


「今ちょっと大事な話をしてるところだから、悪いけど大人しくしていてくれ」


 そのとき、受付の方から声が聞こえて来た。


「先日、都市の中で《魔の厄災》の一人、《炎獄姫レティシア》に似た女の目撃情報があったそうですので、お気をつけください!」


 マニとエッダが受付の方へと目を向けていた。


「《魔の厄災》とは……嫌な名前が出て来たものだね」


 マニが顔を顰めて言う。

 俺もさっき受付で聞かされた話だ。

 どうやら定期的に勧告しているようだった。


「なんだそいつは? 有名人なのか?」


 エッダが胡乱気に受付の方を眺めながら口にする。

 エッダはベルゼビュートと受付に続けて水を差され、熱くなっていたのが冷めたらしかった。

 俺も馬鹿らしくなって席に着いた。


「……賞金首だ。魔導器使いの犯罪者には中鬼ホブゴブリン級だとか、牙鬼オーガ級だとかのランク分けがある。その中で一番上なのが厄災級だ。……リューズ王国は周辺の国と犯罪者の情報を共有しているらしいが、それでも厄災級は十二人しかいない。その十二人を《魔の厄災》って呼んでるんだよ」


 ……個人でありながら無尽蔵にオドを有し、単体で一都市に匹敵しうるような力を持つ人間が稀に現れる。

 《魔の厄災》は、そういった強大な力を持ちながら、犯罪者へと身を落としたような連中だ。

 魔導佐を多対一で殺しただとか、冒険者ギルドにふらっと現れて居合わせた人間を全員殺しただとか、そういった無茶苦茶な人間ばかりだ。


 十二人とエッダには説明したが、正確には何人が生きているのかはわからない。

 軍が秘密裏に捕らえている人間もいるという噂だ。

 長らく目撃情報がない者も多く、生存しているのは半数以下ではないかという話もある。


 《炎獄姫レティシア》も、かつてたった一人で別国の大都市で大火事を引き起こし、高名な魔導器使い数名を殺して逃げ遂せたという恐ろしい実績を持つ。

 以前、ガムドン決死団が死に物狂いで討伐したオルノア司教よりも遥かに凶悪な相手だ。


 目撃情報はあまり信憑性のあるものではないらしく、軍部も躍起になって警戒を強めているわけではなさそうだ。

 俺も勘違いか悪戯の類であると思っているが、冒険者ギルドとしては周知を徹底しているようであった。

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