第二話 金銭工面

 ベルゼビュートに昼食を奪われた俺は《茹で貧民芋ポアットの乳酪乗せ》を作り、マニと共に食していた。

 机の上に置いた《魔喰剣ベルゼラ》がガタガタと揺れ、今にも跳ね上がりそうな様子であった。


『ずるいぞディーン! さっきの料理にはそんなものはなかったではないか! そっちの方がおいしそうではないか! 妾も食べたい!』


 ……ベルゼビュートが何か言っているが、お前が全部食べてしまったから、手早い調理で済む方法を取らざるを得なかっただけだからな?

 塩、砂糖、酒、香草と共に煮込み、貧民芋ポアットのエグみと土同然の風味をなるべく落としているのだ。

 なお、勿体ないが出汁の土臭さは本当にどうしようもないので捨てるしかない。


「……そもそも、これ以上の《プチデモルディ》は、何かあったときに俺のオドが消耗し過ぎていて対処できなくなる可能性がある」


『ぐぬぅ……ええい、生真面目なディーンめ! こんな街中で何が起こると言うのだ!』


「悪魔が街中へ現れることは、確率は低いがあり得ない話ではないらしいからな。魔迷宮から溢れた魔獣が街に雪崩れ込んでくることもたまにあることだし、この前なんて灰色教団の奴が街に現れたところじゃないか。冒険者は血の気の多い奴がいっぱいいる。軍の奴らだって、信用できないんだし……」


『むむむ……』


 ベルゼビュートが悔し気に唸る。

 これだけ並べられれば納得せざるを得なかったらしい。

 俺も自分で言っていて、あまり治安はよくないよなぁと再認識させられて、思わず苦笑してしまう。

 ただ、これは都市ロマブルクだけの問題ではなく、リューズ王国全体にいえることだろう。

 他都市を拠点にしている軍は、もう少し真っ当だと信じているが……。


「ディーンは、次の魔迷宮探索の目標は決めているのかい?」


 食事が終わってから、マニが今後の活動方針について尋ねてくる。

 俺は小さく頷き、席を立って《魔喰剣ベルゼラ》を手にした。


「《イム》!」


 俺は《魔喰剣ベルゼラ》を掲げ、魔法陣を展開する。

 俺の脳裏を情報が駆け巡った。


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《ディーン・ディズマ》

種族:《純人族レグマン

状態:《通常》

Lv:27

VIT(頑丈):61+8

ATK(攻撃):66+10

MAG(魔力):50+22

AGI(俊敏):55+8


魔導器:

《魔喰剣ベルゼラ[D]》


称号:

《下級剣士[D]》《火の心得[D]》《水の心得[D]》

《造霊魔法・中位[C]》


特性:

《智神の加護[--]》《オド感知・底[E]》

《暗視[E]》


魔法:

《イム[--]》《トーチ[F]》《プチデモルディ[E]》

《トリックドーブ[D]》《クリシフィクス[C]》《シャドウゲート[C]》

《マリオネット[C]》


闘術:

《火装纏[D]》《水浮月[C]》《闇足[E]》

《嵐咆哮[C]》《硬絶・高[B]》《邪蝕闘気[B]》

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 俺は灰色教団との戦いを経て、【Lv:25】から【Lv:27】へと上がっていた。

 あれだけの激戦をしたのだからもっと急激に上がっているのではないかと少し期待していたのだが、オルノア司教は俺とエッダの二人掛かりで戦った上に、最後はガムドンの助太刀もあった。


 基本的に、多対一で戦った場合は相手のオドが分散され、大きく減衰してしまう。

 レベルアップを重視するのならば、一対一がベストなのである。

 ……無論、それは余裕を以て倒すことのできる相手に限る話なのだが。


 チルディックとも戦ったが、俺はあいつからオドを得ていない。

 チルディックは行方不明扱いにはなっているが、瘴気中毒か何かで死んでいることは間違いないだろう。

 だが、俺が直接殺したわけではない。死んだのもずっと距離が開いてからだ。

 こういった場合には相手からオドを得ることはできないのだ。


 それはさておき……最近俺が問題視しつつあることが一つあった。

 それは、《魔喰剣ベルゼラ》の補正値である。

 骸人ワイト戦鼠ムースを狩っている頃は心強かった補正値も、俺のレベルが上がるたびに戦闘への影響力を失いつつあった。


 最近、魔導器による魔力への補正値はともかく、闘気への補正値の低さが目に見えて足を引っ張りつつあった。

 ……というより、都市ロマブルクの最強格冒険者のヒョードルに、灰色教団のガザやブラッド、ディグ、オルノア司教、そして熟練の切れ者冒険者チルディックと、戦う相手がとんでもない格上連中ばかりなので、どうしても弱点が目立ってしまうのだろう。


 《魔喰剣ベルゼラ》は《イム》による評価ではDランクとなっているが、補正値としてはDランクの中でもかなり下位に入る値だと考えている。

 単純な闘気への補正値は、マニの《悪鬼の戦槌ガドラス》の方がずっと高いのだ。

 刻んで強化していてはキリがないことはわかっているが……俺も、そろそろ冒険者の程度を示す一つの指標となる【Lv:30】に達しようとしている。


「……《魔喰剣ベルゼラ》を打ってもらってからまださほど時間も経ってないのになんなんだけど……新しい魔導剣を打ってもらおうかなと実は考えていてな。今後の計画も、そのための金策がメインになると思う」


「確かにそうするべきだろうね。今のディーンなら、そう苦労せずにC級魔獣の闘骨くらいなら手に入るだろうし」


 マニが唇に指を当て、思案しながら応える。


『なな、なんであるとぉ! そちら、生活が基盤に乗ってきたら妾を切り捨てるつもりか! そんな真似は許さぬからの! ディーンが死ぬまで全力で居着いてやる!』


 《魔喰剣ベルゼラ》が駄々を捏ねるようにカタカタと回っていた。


「ち、違う! 前にも話さなかったか? 余裕ができたら、ベルゼビュートの魔核だけ取り出して、別の闘骨と金属を用いて魔導剣を打ち直してもらおうと、前々から思っていたんだよ」


『む……なんだ、そのようなことか』


 《魔喰剣ベルゼラ》が納得したように動きを止める。


 ……とはいえ、あまり簡単な話ではない。

 C級の魔導器は、素材を買い集めて一流の鍛冶師に頼む必要がある。

 そうした場合、材費と依頼料を含めて、安いものでもだいたい九十万テミスは掛かってしまう。

 因みに、B級魔導器ともなれば、下限で五百万テミス程度だと聞いたことがある。


 もっとも、鍛冶についてはベルゼビュートの魔核を表に出せない以上必然的にマニに頼むことになるし、魔核は魔界オーゴルの頂点に立っていたベルゼビュートを超えるものが手に入るわけがない。

 闘骨と金属にだけ焦点を絞って考えればいい……となると、購入の半分程度の額で《魔喰剣ベルゼラ》のグレードアップを行うことができるだろう。

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