第三章 魔導佐の威光

第一話 貧民芋《ポアット》のフルコース

 俺はその日も、ベルゼビュートに強請られてマニの鍛冶屋で料理を振る舞うことになっていた。

 料理を机の上に準備し、《プチデモルディ》でベルゼビュートが料理を楽しめるように実体化させてやった。


「おぉー! やはりディーンの料理は、見栄えがよいのう。して、この料理は……んん?」


 机の上に並んだ料理を見たベルゼビュートは、最初は歓声を上げたものの、それはすぐに疑問の声へと変わった。

 一度目を擦ってから料理を再確認していた。

 マニが不安そうな目で俺を見る。


「の、のう、ディーン、この料理、黄土色面積が妙に高くないか……?」


 ベルゼビュートから案の定疑問の声が上がる。

 俺は咳払いを挟み、一瞬誤魔化すかどうかを考えたが、諦めて料理を説明することにした。

 同じ料理を振る舞えば、調味料の量を気持ち変えただけでも毎回確実に拾ってくる暴食妃様だ。

 無駄に肥えているベルゼビュートの舌はどうせ騙せない。

 

「……《炒め貧民芋ポアット》と、《貧民芋ポアットの崩れスープ》、《蒸し貧民芋ポアット》、《貧民芋ポアット生地のパイ》だ」


 そう、庶民の味方、貧民芋ポアットさんのフルコースである。

 貧民芋ポアットは味、匂い、触感、栄養、その全てが最悪だが、安くて腹に残るという一点でありとあらゆる食材の中で王に立つ。

 俺が人生で最も多く調理した食材でもあり、ある意味俺は貧民芋ポアット料理が一番の得意料理と言っても過言ではない。


 ベルゼビュートが大きく開いていた口を弱々しく閉じ、がっくりと肩を下げた。


「その……なんだ、好きなだけ食べていいぞ?」


 ベルゼビュートが椅子の上に立って俺の胸倉を掴み、半泣きの顔を俺へと近付ける。


「なぜであるか、ディーン! 一品なら理解もできるが、なぜこうも貧民芋ポアット尽しであるのだ! 金ならあったはずであろうが! 例の商会から支援金としてもらった分が、たんまりと!」


「な、なるべく貧民芋ポアットの土臭さが気にならないように調理方法や香草にも気を遣ってるから、そこまで酷くはない……はずだ! ほら、砕いて香草を混ぜ込んで捏ねてしまえば、もう貧民芋ポアットの風味なんてどうでもいいだろ?」


 俺は必死に釈明したが、ベルゼビュートは俺の胸倉から手を退けなかった。


「妾は、料理が黄土一色であったからと怒っているだけではないぞ! そちが、妾をあからさまに蔑ろにしているから怒っておるのだ! これはあれかっ! 妾の、妾のことなどどうでもよいということであるな! ああそうであるかディーン! そなたがそのつもりであれば、妾にも考えがあるぞ!」


「ち、違うんだ! 一昨日、生還祝いのパーティーを開いたばっかりだろ? あのときに、俺も結構思い切り使っちゃったのと……その、纏まったお金ができたから、今の間にエッダから借りていた金を返しておきたくて……」


 ……そう、俺はマニに《悪鬼の戦槌ガドラス》の素材をプレゼントする際に、エッダから三十万テミス近い借金をしていた。

 いつか返そうと思っていたが、なかなか纏まった余裕資金ができずに苦労していたのだ。

 この機に返したのはいいのだが、残金がすっからかんになってしまった。


 加えて言えば、一昨日のパーティーの際に日を掛けて消費するつもりだった食材を、ベルゼビュートの要望に応えて早々に料理して消化してしまったことも響いている。

 別にベルゼビュートだけ貧民芋ポアット尽しなわけではない。

 俺も貧民芋ポアット尽しなのだ。


「し、しかし、そんなに困っておるのなら、マニから金を借りればよいではないか! いつものように!」


「い、いつも俺がマニから金を借りているかのような言い方は辞めてくれ!」


「喜んで貸してあげたいところだったのだけれど……僕も、鉱石の品揃えを充実させておこうと思って買い込んでしまってね……」


 マニが自身のバンダナに手を当てながら、気恥ずかしそうにそう言った。

 マ、マニも、貸すのが前提みたいな言い方はしないでくれ……。


「ならばあの白髪娘に頼めばよいではないか! 絶対貯め込んでおるぞあの女! 前の様に呼べばまだ面目も立つであろう!」


「いや、エッダには返したところなんだよ! それにあいつ、あんまり乗り気じゃないんだ。食事を楽しむとか、集まって騒ぐとかな。金がーとか、そういう話が出たら鼻で笑われるぞ」


「絶対嘘である! 呼べば喜んで来るに決まっておろうが! なぜわからんのだ!」


 ……魔導器は、どうしても金食い虫になってしまうのだ。

 自分の命を守ってくれる一番の武器なので妥協はしたくないが、掛けようと思えばいくらでも金を掛けられてしまうところでもあるので、大きく出過ぎればすぐ生活難に陥ってしまう。

 手入れにも金は掛かるし、何より本体の値段が馬鹿にならない。

 俺としても、マニが魔導器の製造や手入れをほぼ無償で引き受けてくれているので何とかなっているのが現状だ。


 俺も《魔喰剣ベルゼラ》を用いてから相当の数の闘骨を集めたつもりだが、予備や使い分けにはまだまだ考えが及びそうにない。

 というか、そんなところに手を出し始めたら、お金がいくらあっても足りるはずがない。


「ち、近い内にまた魔迷宮に潜るつもりだから……な? な?」


「むむ、むぐう……仕方あるまい」


 頬を膨らしていたベルゼビュートが、ようやく身を引いた。

 ど、どうにか納得してくれた……。

 俺はほっと安堵の息を漏らす。


「その、悪かった……。あまりにも煩かっ……食事に飢えているようだったから、とりあえずあるものでできるだけ幅を持たせてみようかと思ったんだが、やっぱりダメだったか。料理は俺達で食べるから、ベルゼビュートは一旦消すぞ……」


 俺が鞘に戻していた《魔喰剣ベルゼラ》に手を掛けると、ベルゼビュートが牙を剥いた。


「食わぬとは言っておらんであろうが!」


「そ、そうか……」


 ベルゼビュートが椅子に座り、一心不乱に食事を始める。

 俺とマニの分もあったつもりなのだが……一気に貧民芋ポアット料理の山が消化されていく。


「ま、待ってくれ! マニの分だけでも残してくれ!」


「機嫌を直してくれたみたいでよかったじゃないか」


 全部食してから、ひゅーと息を吐く。


「……確かに工夫は凝らされておったし、味も思いの外整っておったが、やはりどうしても香辛料頼みで奥行きのない味付けになってしまうのが難点であるの。しかし、豪快に量が食せるのは強みと言えるのでは……?」


 ベルゼビュートが満足げに零す。

 そ、そこまで豪快に食してもらうつもりではなかったんだけどな……。

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