第四十八話 事件の顛末

 ――俺達が灰色教団との死闘を終え、都市ロマブルクへと帰還してから、既に二日が経過していた。

 ラージン商会からの支援金の受け取りと配分も既に終わっており、今回の危機に見合う額であったかどうかは別として、俺はちょっとした大金を得ることができていた。


 元々が都市のための義勇団だったのだ。

 対価が出るだけでもありがたい。

 ……ガムドンが商会の子飼い冒険者に自分を入れろと騒いでいるらしく、それで少し揉めているらしいとは聞いたが、俺にとってはどうでもいい話だ。


 そして、軍部は……結局、何も変わらなかった。

 少なくとも表面上には、今回の事件がさして痛手になっているようには見えない。


 冒険者ギルドの方より今回の事件についての軍部からの説明があったが、『軍としては慎重に対処する必要があったため秘密裏に調査を進めていただけであり、行動していなかったわけではない。事件の痕跡が表に出ないようにしていたのも住民の不安を不用意に煽らないためだ』……という言い分だそうだった。

 そんな稚拙な言い訳があっさりと通ってしまう辺り、軍の圧倒的な権威を再認識させられてしまう。


 近い内に、義勇団に参加した冒険者を、ギルドの方で表彰したい、という話が出ていた。

 ……軍の差し金であることには間違いない。

 マルティ魔導佐は、立ち上がった冒険者達を英雄として祀り上げることで、自身らの不始末から住民達の目を逸らさせるつもりらしい。


 俺はそんなもののために表彰されるのはごめんだし、マニやエッダも同意見のようだったが……何人かの冒険者は軍との対立を恐れ、または何らかの形での追加報酬を期待して、そこに参加するつもりでいるようだった。

 集まった冒険者達の中には、自分達の手で灰色教団を倒せば軍に一泡吹かせられるのではないかと考えいていた者もいるはずだったが……気がつけば結局、こっちから軍の機嫌を窺う形になっている。


 あれだけ露骨に事件を握り潰していたのだから、さすがにマルティ魔導佐も立場を悪くするだろうと考えていたのだが……軍の対応が悪かった話など、既に風化してしまいつつある。

 俺はその事実に、薄ら寒いものを覚えていた。


 ……チルディックの裏切りについても、あの義勇団に参加した冒険者達の内々の取り決めで、表には出さないということで決着がついた。

 チルディックは灰色教団との戦いの中で錯乱して一人逃走したのだと、そういうことになった。

 下手に喋れば、どんな目に遭うかわかったものではないからだ。

 悔しいが、これが軍と冒険者の力の差だった。


 結局、冒険者と人質の生死が掛かっていたチルディックの裏切りでさえ、軍にとっては策の一つでしかなかったのだろう。

 結果として軍は、さして労力を払うこともなく、大きく評判を落とすこともなく、灰色教団事件を終わらせることに成功したと言える。

 チルディック自身が言っていたように……俺達冒険者には、権力者の決めた筋書きを大きく変えることはできないのかもしれない。


 俺は、昨日は丸一日疲労でまともに動くことさえできなかった。

 マニも戦いの疲労に加え、魔力の限界近くまで《エアルラ》を使うことになったのが響いているらしく、俺と似たようなもののようだった。


 俺は一日掛けてしっかりベッドの上で休息させてもらい……そして今日、普通に歩き回るくらいは問題なくできるようになった。

 ベルゼビュートに豪華な料理を振る舞ってやるという約束を守るべく、市場で食材を調達してマニの鍛冶屋へと戻って来たところであった。


 人質の救出成功と……生還できた無事を祝う、ちょっとしたパーティーのようなものだ。

 エッダが昨日俺達の様子を見に来たときに誘ってはみたのだが、あまり関心はなさそうだった。

 気が向いたらできれば来てほしいとは伝えておいたが……きっとエッダは、都市のどこかで今日も一日剣の鍛錬を積んでいるのだろう。


 俺はマニの鍛冶屋の炉を借りて、鬼鶏オーガチキンを丸焼きにしていた。

 塗られたタレが熱されたことで輝きを増し、肉と香草の香りが鍛冶屋の中に広がっていく。


 鬼鶏オーガチキンには特製の、黄金色を放つタレを塗り込んでいる。

 大針蜂ニードルの黄金蜜と塩、磨り潰した香草、そして魔猿マーキィの果実酒を合わせたものだ。


 蜂蜜を塗って鶏肉を焼く料理は、発祥の地名から取ってレイデン焼きと称されている。

 ……とはいえ最近では、単に黄金焼きと呼ばれることの方が多く、そちらの方が浸透しているそうだが。


 大針蜂ニードルの黄金蜜も魔猿マーキィの果実酒も高価であるため、普段の俺ならまず手の出ない高級食材である。

 どちらも戦鼠ムースと同じD級の魔獣ではあるが、強さや性質の厄介さでは一段上をいっている。

 おまけに黄金蜜も果実酒も魔獣達の宝物であり、直接巣に乗り込んで手に入れる必要がある。

 どうしても高額になってしまうのだ。


 そろそろ……いや、もう少しだな。

 俺は焼き加減を窺いつつ、固定している鉄串の角度を少しづつずらしていた。


『お、おお……! 何やら良い香りではないか! ディーン、妾はもう我慢できぬぞ! 早く、早く用意せぬか! そちの体調を考えて、昨日は待ってやったのだぞ妾は!』


 机の上に置いた《魔喰剣ベルゼラ》が、一人でに飛び跳ねていた。

 ……昨日ベルゼビュートが待ってくれたのは、マニが長時間説得してくれた末のことだったんだけどな。


「もう少し待ってくれ。せっかくいい食材を用意したんだから、最後の最後で時間をケチって台無しにはしたくないだろ?」


『むむ、むう……それはそうであるが……むぅ……』


 《魔喰剣ベルゼラ》が、悩まし気にコロコロと机の上を転がっていた。

 ゆっくりと動きを遅くしていき、最終的には完全に停止した。

 ベルゼビュートは渋々ではあるが、了承してくれたようであった。


「……なんていうか……その、凄く表情豊かな魔導剣だよね」


 鍛冶の道具を片付けていたマニが、苦笑いを浮かべながらそう言った。


『ディーンよ、一旦妾の身体を造霊魔法トゥルパで造ってはもらえんか? その皿に付着している、余ったタレを舐めて我慢してやることにしよう』


「い、いくらなんでもいじましい……!」


『なっ、なんであるとぅ!? ディーンよ、魔界オーゴルの元支配者の一角である妾に対して言っておるのかそれは!?」


「……そこで憤る前に、もうちょっと自分の言動を顧みてくれ」


 焼き上がり、炉から鬼鶏オーガチキンのレイデン焼きを引っ張り出す。

 一人でに大はしゃぎする怪剣を尻目に睨みつつマニと食器を並べていると、表の方から物音が聞こえて来た。

 俺とマニは、同時に動きを止めた。


 俺は素早く、《オド感知》で気配を探る。

 相手は息を止め、玄関先で足を止めているようであった。

 ……このオドは、一般人ではない。

 それなりにレベルのある者だ。

 強盗……いや、もしかすると軍の人間ではないだろうか。


 俺は目線でマニに合図を送り、そっと《魔喰剣ベルゼラ》を手にして表へと向かい、一気に扉を開けた。

 表に立っていたエッダが、びくりと身体を震わせた。


「……何こそこそやってるんだ?」


「…………」


 エッダは目線を逸らし、小さく咳払いをする。

 僅かに頬に朱が差していた。


「……き、気が向いたから来てやっただけだ」

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