第四十七話 帰還
俺はマニの肩を借り、エッダと共に灰色教団と交戦していた場所へと戻った。
冒険者達の姿に加え、一般人らしき人達の姿も見えた。
無事に人質の解放も終わっていたようだった。
だが……雰囲気は最悪であった。
皆沈痛な表情を浮かべ、頭を抱えている。
「どっ、どういうことだこれはぁぁああああ! ふざけるなぁああああ! なぜ予備の環境士が死んでいる! そしてチルディックはどうしたあああ!」
「で、ですから……そのチルディックが、魔法を撃って逃走したんです……。何が何やら、俺にはさっぱり……」
ガムドンが怪我人の冒険者を締め上げて騒いでいた。
目を血走らせて唾を飛ばしている。恐ろしい剣幕だった。
「ええい、もういいわ! チルディックはどこだ! 貴様に話してもどうにもならん! 奴の意見が聞きたい!」
「お、落ち着いてください、ガムドンさん! だから、そのチルディックが裏切ったんですよ!」
ちょうどチルディックの件を情報共有していたところだったらしい。
だが、ガムドンも相当気が動転しているようだった。
無理もない。
ガムドンは計画から細かい指揮まで、全てチルディックに投げていたのだ。
「デ、ディーン君が後を追い掛けて行って……他の冒険者も二人、後を追い掛けて行きました。あの、俺を締め上げるよりも、早く後を追った方が……!」
「ディーンン……? 誰だったそいつは?」
「ちゃ、茶髪の子で……あ! 今戻って来られたみたいです! ……あ、でも、あ、ああ……」
冒険者の男は俺を見つけて指で示した後に、チルディックの姿がないことに気が付いたらしく、がっくりと肩を落とした。
ガムドンは俺を睨んで表情を更に強張らせ、冒険者の男を雑に放り投げた。
ガムドンが俺達へと向かって来る。
「僕から説明するよ。ディーンは、座って身体を休めておいて」
マニがそう言ったが、俺は首を振って彼女の肩から腕を外して前に出た。
粗暴なガムドンの相手をマニにさせるのは気が進まなかった。
まさかとは思うが、今の錯乱した様子だと、興奮のままに暴力を振るって来かねない勢いだ。
「貴様かぁ! チルディックはどうしたああああ! よくものこのこと戻って来られたものだな!」
ガムドンが唾を飛ばして叫ぶ。
……わずかに俺の頬に何かが付着したのを感じた。
《魔喰剣ベルゼラ》の鞘が僅かに震えた。
『ひっ! 妾にも付着した! お、おいディーン、拭ってくれ!』
……
エッダも露骨に顔を顰めて身を引いていた。
「そこの二人など、まだ戦えそうではないか! なぜチルディックを追い掛けなかった! ふざけているのか! 環境士がいないと全滅だぞ馬鹿めが!」
ガムドンが青筋を立てて叫ぶ。
「お、落ち着いて聞いてください! 実は……マニは、まだ不完全ですが
俺はガムドンの罵声を遮って話し、マニを手で示した。
「な、なな、なんだと! 貴様ら、なぜそんな大事なことを黙っていた! そこの女など、前線に出ているのを一度見かけたぞ! その時に死んでいればどうなっていたと思っている! 直前にも重要なことだからと、環境士に関わることは再確認していたはずだろうが!」
ガムドンが震える腕で握り拳を作り、ゆっくりと持ち上げた。
まずい、殴り掛かってくるつもりだ。
戦闘中の闘気を考えるに、魔導器の補正なしでもガムドンの一撃は洒落にならない。
錯乱している今、手加減してくれるかも怪しい。殴り殺されかねない。
「落ち着けガムドン。今は、助かる芽が残ったことを喜ぶべきだろうが。違うか? 後輩への指南は、また今度してやってくれ」
ヘイダルが、ガムドンの手首を掴んで彼を止めた。
「第一……再確認していたのはそのチルディックだろうが。環境士だと口にしていたら、シエル同様に殺されていただろう」
「……そ、そうか、そうなるか」
ガムドンが握り拳を緩めた。
顔の色が真っ赤から僅かに和らいでいた。
ヘイダルが呆れた様に息を吐きながら、ガムドンの手首から手を離す。
た、助かった。
動転したガムドンに殴り飛ばされるところだった。
「よし、よくやった!」
自由になったガムドンの開いた手が、勢いよく俺の背中を引っ叩いた。
身体全体に衝撃が走る。
「つうっ!?」
俺は思わずその場に膝を突いた。
マニが大慌てで俺の身体を支える。
「ディ、ディーン! しっかり! な、なんてことするんですか! ディーンは今、重症なんですよ!」
「む、少し力み過ぎたか、悪かったな。おい、貴様らぁあああ! 代わりの環境士が見つかったぞおおお! これで地上へ帰れるぞおおおお!」
ガムドンはマニの抗議に対して簡単に謝った後、弾む声で他の冒険者達へと向かっていく。
……直情的なだけでそこまで悪い人間ではないのかもしれないが、やっぱり俺はどうにもガムドンが苦手だ。
ヘイダルが隊列を組み直し、前後に戦える冒険者を置き、怪我人と人質にされていた一般人を挟み込む形で帰還することとなった。
マニと俺も、中央側に配置されていた。
俺ももうオドが疲労しきっており、身体も限界であった。
戦える状態ではない。
マニも怪我をしている上に、今は絶対に欠かすことのできない環境士になっている。
帰還中、マニは《悪鬼の戦槌ガドラス》を掲げ、《エアルラ》で魔法陣を浮かべて周囲の瘴気を浄化し続けていた。
「……大丈夫そうか、マニ?」
「ああ、少し出力を抑えて控えめにしておけば、僕でも地下四階層の間くらいならオドは持つと思う。前方の人は少し苦しいかもしれないけど、瘴気中毒はまず避けられるんじゃないかな。ヘイダルさんも言っていたけれど、いざというときは初期症状が出始めた人に下がってもらえばいいだけだしね」
「そうか……よかった。そろそろ、肩を借りなくても大丈夫そうだ。《エアルラ》を維持するのに邪魔だろうし、ここからは一人で歩くよ」
俺が肩を外そうとすると、マニがぐっと力を入れて抑えた。
「これくらいなんともないよ。ふらふらだったじゃないか、ここは僕に甘えておきなよ」
マニが俺へと覗き込む様に顔を近づける。
不意のことだったのでどぎまぎして、俺は咄嗟に目線を逸らした。
「そ、そうか、じゃあ……」
俺が答えているとき、ふと視界の隅にエッダの姿が移った。
エッダだけまだ動けると判断され、後列に回されたのだ。
他の冒険者達が今回の戦いが無事に終わりそうであることの喜びを分かち合っている中、一人ぶすっとした表情で俺とマニの方を見ていた。
「え、えっと……確か、エッダさんですよね? 戦闘、お疲れ様でした。凄かったですね! 奴らを単身で相手取るばかりか、そのまま倒しきっちゃうなんて……! 私なんて、三人がかりでも攻撃を防ぐのがせいいっぱいでして……」
冒険者の女が一人、恐る恐るとエッダに声を掛けていた。
おお、よく行った。
見ていてなんだかほっとしてしまう。
これをきっかけにエッダももう少し外交的になってくれればいいのだが。
「どうした、そんなに寂しそうにでも見えたか?」
「い、いえ、私、そんなつもりじゃ……!」
おい、そういうところだぞエッダ。
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