第四十四話 勝利の条件
隙を晒した俺へと、チルディックが至近距離より魔導剣の刺突を放つ。
俺は指の角度をつけ、腕を前に出す。
《硬絶》の応用技、《刃流し》だ。
刃が俺の指、手の甲を滑り軌道を変える。
腕に赤い線が走ったが、刃は逸れて負傷は免れた。
安堵する間もなく、チルディックが俺の顔へと足を振り上げる。
腕で防ごうとするが、その合間を擦り抜けた。
顎の付近に鋭い蹴りが入った。
歯が欠け、血が口内に溢れる。
俺はとにかく後ろに跳ね退いた。
「……チッ、威力が今一つ乗らなかったか」
チルディックは腰に手を当てて呟くと、再び魔導剣を構えて距離を詰めて来る。
チルディックの腰の負傷がなければ、今の蹴りで終わっていたかもしれない。
どうすればいい。
はっきり言って……この状態からチルディックを連れ戻すことのできる芽が、全く見えて来ない。
せいぜい粘り続けて冒険者が捜しに来てくれるのを待つ、くらいだろうか。
いや、きっとそれは間に合わない。
考えろ……冒険者と人質の生存は、俺に掛かっている。
今の残魔力でチルディックを無力化できる手はないのか。
チルディックが魔導剣で斬り掛かってくる。
俺は後退して間合いを維持しつつ、《魔喰剣ベルゼラ》の刃でどうにか受け止める。
「防いでばかりか? 二流冒険者のガキよ!」
チルディックの言葉に答える余裕はなかった。
右、左と振られる高速の剣を往なしつつ背後へ引く。
意識が逸れれば、次の瞬間には身体が斬られてしまいそうだった。
「俺はこの手を使ったのは二度目になるが……クク、瘴気中毒は、苦しんで死ぬぞ。段々と身体の力が抜けて重くなってきて、それからだ。酷い頭痛と幻覚に苛まれ、嘔吐が止まらなくなる。立っていることさえできなくなり、殺してくれと叫びながら、のた打ち回る。じきにお前達全員そうなるさ」
言葉で揺さ振りを掛けて来る。
怒りを露に出せば、そこを狩られる。
今はとにかく防御に集中するしかない。
あいつは俺相手にも油断していない。
堅実に、狡猾に立ち回って俺を殺しに来ている。
オドの疲弊しきった今の状況で、俺単独でチルディックを押さえ込むなんて、できる気がしない。
『性悪小男め! ディーン、《プチデモルディ》を使え! こんな奴、妾がぎったぎったにしてくれるわ!』
ベルゼビュートが喚くが、使えるならば使っている。
残念ながら、今の俺の魔力では満足にベルゼビュートの化身を造り出すことはできない。
残り少ない魔力を溝に捨てる様なものだ。
そこまで考えて、ふと閃いたことがあった。
チルディックを無力化することができないのなら……俺には、別の道がある。
一気に光明が見えた気分だった。
「そ、そうか……!」
環境士を新しく用意することさえできれば、チルディックをこの場で無理に連れ戻す必要はない。
そう……俺が、チルディックの《エアルラ》を奪えばいいのだ。
……相打ち覚悟で一太刀入れるだけなら、今の俺にもできる。
問題はその後だ。
チルディックから《エアルラ》を奪った後、この戦闘から逃れねばならない。
できる、できないじゃない。
チルディックを倒せない以上、やり遂げるしかない。
俺は背後へと跳んだ後、素早くチルディックの左側へと回り込んだ。
チルディックは腰の左側を負傷している。
攻めるなら、少しなりとこちら側の方が有利だ。
「あああああああっ!」
俺は叫び声をあげながら《魔喰剣ベルゼラ》を大振りし、刃に魔力を込める。
「焦れて自棄になったか」
チルディックは冷静に足の立ち位置を変え、俺の胸部を魔導剣の刃で素早く斬りつけた。
熟練の冒険者であるチルディックならば……見え見えの大振りなんて、最速の動きで対処してくれると信じていた。
俺は用意していた《水浮月》で、魔導剣の刃を透過させた。
大きな身体の部位を透過させるのは賭けだったが……どうにか成功した。
チルディックの顔が青褪める。
「この闘術は……!」
空振って隙を晒したチルディックへ《暴食の刃》の一閃を放った。
チルディックの胸に刃を突き刺し、斜め下へ振り下ろした。
刃が接触した瞬間……チルディックの中に走るオドの輝きを感じた。
俺は《魔喰剣ベルゼラ》を振り切ると同時に、チルディックのオドの一部を引き千切る。
彼の衣服が破れ、血が舞った。
魔力がギリギリだったが……どうにか、やり遂げた。
《暴食の刃》でチルディックの《エアルラ》を取り上げることに成功した。
「ギィ……! こ、の……ガキィ!」
チルディックが素早く魔導剣を突き出してくる。
速い……完全回避は不可能だ。
俺は身体を捻じり、闘気を振り絞って背を《硬絶》で守った。
思いの外……背を深く抉られた。
激痛と熱が走る。
だが、致命傷ではないはずだ。
俺は地に身体を打ち付け、壁に手を当てて上半身を起こした。
チルディックは肩を上下させながら、自身の傷口を手で抑えていた。
「はあ、はあ……選択肢を、誤ったな。隠し玉の闘術を持っていたようだが、たかだか魔導剣の一撃でこの俺を倒せると思っていたのか? それとも余裕がなくて、その一撃に賭けるしかなかったか」
「どうした、チルディック……俺はまだ、やれるぞ」
俺は乱れた息を整えつつ、《魔喰剣ベルゼラ》を構えた。
無論、ハッタリだ。
闘気も魔力も、ほとんど空に近い。
戻っても、すぐには《エアルラ》を使えないだろう。
声は霞み、魔導剣を持つ手も震えていた。
それは、チルディックにも通じていたようだった。
チルディックは苦悶の顔に、冷酷な笑みを浮かべる。
「馬鹿が……俺に、お前を殺してやる理由がどこにある? 既に走る気力もないようだな。瘴気中毒で苦しんで死ぬがいい。俺は魔物の入り込めない安全なところで身体を休め……とっととこの魔迷宮を出るとしよう。そのためには、これから死ぬガキに構っている余裕などないのでな」
チルディックは身を翻し、その場を去って行った。
あいつの姿が見えなくなったところで……俺はその場に崩れ落ちる様に倒れた。
どうにか……やり遂げてみせた。
チルディックから環境士の
チルディックの慎重な性格が幸いした。
相手が限界だとわかっていても、チルディックは無意味に武器を構えた相手へ接近することを恐れたのだ。
あいつはこれから、単身で地下四階層の魔獣を避けながら外を目指さなければならない。
軍よりこの任を引き受けた時点で魔獣から上手く逃れる手には相当自信があったのだろう。
しかし、そうであったにせよ、これ以上のオドの消耗や負傷はできない身であることに変わりはない。
脅しだけかけて結局
『そちもなかなか道化であるの……。しかし、早くここから動いた方がよいぞ。魔獣に襲われればひとたまりもない上に、気が付いた奴が戻ってくるかもしれぬ』
「わかってるよ……ベルゼビュート」
ようやく、これで全てが片付いたのだ。
後は地上へと帰還するだけだ。
ここで気を抜いて命を落としては元も子もない。
俺は身体に鞭を打って起き上がり、最後にチルディックが消えて行った道の先へと目を向けた。
「……じゃあな、チルディック」
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