第四十三話 チルディックの戦術

 俺は逃走するチルディックを追う。

 チルディックの方が俺よりレベルは高く、闘気も高い。

 足も相応に速いはずだが、チルディックは左足を庇うようなぎこちない走り方であり、俺との距離はほぼ一定に保たれていた。


 チルディックは腰に、マニが《鬼闘気》で投げた魔導槌の一撃を受けている。

 そのダメージが尾を引いているのだ。

 あれがなければ、とうにチルデックに引き離されていた。


 チルディックが俺を尻目で睨みつける。


「しつこい奴め……」


「《トリックドーブ》!」


 俺はチルディックへと《魔喰剣ベルゼラ》の先端を向け、《鉱物の魔ソラス》の造霊魔法トゥルパであった、《トリックドーブ》を使用する。

 展開された魔法陣の中央から、一体の霊獣鳩トゥルパ・ドーブが潜り抜け、チルディック目掛けて飛んでいく。

 霊獣鳩トゥルパ・ドーブはチルディックの前方へと回り込み、彼へと突撃していく。


「ぬっ……これは……!」


 チルディックの顔色が曇る。

 俺と霊獣鳩トゥルパ・ドーブで、チルディックを挟み込むことに成功した。


 俺はチルディックへと斬り掛かる。

 レベルの高い冒険者は戦鼠ムースよりずっと頑強だ。

 浅く斬った程度では無力化するにも至らない。

 俺も魔力に余裕がない。

 この隙に、全力で攻撃を叩き込ませてもらう。


「舐めてくれるなよ、二流冒険者が……!」


 チルディックは俺に向き直りながら魔導剣を大きく引き、死角の霊獣鳩トゥルパ・ドーブを貫いた。

 俺は大きく振り上げた《魔喰剣ベルゼラ》を叩きつけるように振り下ろす。

 チルディックは魔導剣を素早く突き出し、俺の剣の刃を防ぐ。


「うぐっ!」


 今のが、間に合うのか。

 ここでチルディックに少しでも大きなダメージを与えておかなければという焦りで、結果的に有利な状況を捨てることになってしまった。


「喝っ!」


 チルデックが魔導剣を勢いよく押し出し、俺を背後へと弾く。

 そのままチルディックの小柄な身体が宙を舞い、滑り込む様に俺の腹部へと回し蹴りを放つ。

 俺は左腕を曲げて腹部を守り、その上で《硬絶》でガードをした。

 《硬絶》越しに骨へと響く強烈な一撃だった。

 チルデックが蹴りの反動を利用して背後へと舞う。


 ……今のが、後衛を熟せる放射魔法アタックを持つ環境士の動きなのか。

 チルディックが万能型の冒険者であることは聞いていたが、いくらなんでも強すぎる。

 放射魔法アタック主体の冒険者であれば、レベル上相手でも一対一の白兵戦ならば好機はあるはずだと考えていた。

 ただ、こと白兵戦に限ってもチルディックの方が明らかに俺より格上だった。


「元より俺は、お前を振り切るために逃げたのではない。他の奴らが容易には接近できぬ位置まで離れ、しつこい小僧を確実に始末するためだ」


 チルディックが魔導剣を構える。

 さっきのチルディックの軽やかな動きが脳裏を過ぎる。

 どう攻めればいいのかがまるで見えてこない。

 俺より速く動け、タフであり、おまけに戦闘経験も積んでいるチルディックに付け入れる点があるとは思えない。

 チルディックに見せていない魔法か闘術を用いて崩すしかないが……オルノア司教との戦いでかなりオドを疲弊させられており、あまり多用できる状態ではない。


 無謀な戦いではあったが、それでもどうにか格上の灰色教団と渡り合い、ついに人質救出の目前まで来たのだ。

 それが、こんな形でお終いなのか……?


「なぜだチルディック! 軍に買収されたか! 俺達を裏切って危険を冒しても、軍がお前を切らないわけがないだろうが!」


 俺の叫びを聞いて、チルディックは口許を吊り上げて低い声で笑った。


「ガキにはわからぬだろうな。この世界は、権力と、そしてレベルが全てだ。軍はその両方を持っている。賭けに出てでも、擦り寄れるときに擦り寄るのが道理よ。商会に恩などなんと馬鹿馬鹿しい、奴らは冒険者を飼い殺し、都合が悪くなればすぐに捨てるに決まっているというのに。俺はこの機を待っていた。切られぬように、ロマブルクの軍の上層に既にコネを有している。これが、賢い大人のやり方ということだ」


 ……軍には、冒険者上がりの者も多い。

 基本的に軍は上に行くほど身内優遇であり、冒険者は多少腕が立ってもこき使われて使い潰されるだけだという話もあるが、中には実力で魔導尉まで昇る者もいる。

 軍部には詳しくないが、都市ロマブルクの魔導尉の中にも、冒険者上がりがいたのかもしれない。

 そこでの繋がりもあったのか。


「全ての筋書きは、事が始まる前に権力者の手によってできあがっているものだ。お前が抗おうとも何もしなくとも、大きな流れは決して変わりはしない。お前達が魔迷宮の奥地で灰色教団の者達と共に死に絶えることは、俺がお前達を集める前から決まっていた事だ」


「大層な言葉を使って言ってくれる。人を踏み台にして、助けられる人を見殺しにして強者に媚びを売っているだけだろうが! そんな奴が、自分が偉いとでも思っているのか!」


 チルディックが目を細め、不快そうに俺を睨む。


「無駄話が過ぎたか。どうせ、これから死ぬガキだ。どうした? 攻めあぐねているようだが……俺から斬り掛かってやった方がいいか?」


 チルディックが挑発するように魔導剣の先端を揺らす。

 ……まともに斬り合うより、チルディックが動くのを待ち、黄金魔蝸ゴルド・マイマイの《水浮月》の透過能力で確実に隙を狙う方がまだ分があるのは事実だ。


 チルディックの口許が邪悪に歪む。

 悪寒がした。

 チルディックが背後へと跳び、魔導剣を振り上げた。


 こちらが下手に動けないのを見て、放射魔法アタックでの安全圏よりの攻撃を狙ってきたのだ。

 俺は慌てて前に跳び出す。

 この距離なら、放射魔法アタックの行使にギリギリ間に合うはずだ。


『いかん、ディーン! 罠であるぞ!』


 ベルゼビュートの思念が聞こえる。

 だが、その意味を理解するのは一瞬遅かった。


「釣られて隙を晒したな」


 背後へ跳んだはずのチルデックが、俺のすぐ目前に来ていた。

 チルディックは俺に放射魔法アタックを警戒させることで、無防備に前に出ざるを得なくしたのだ。

 チルデックは高く掲げていた魔導剣を低く構え直していた。

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