第四十一話 戦いの終わり

 オルノア司教の巨体が倒れた。

 彼の身体からオドの光が漏れ、周囲へ分散していく。

 その一部が俺の体へと入り込んできた。


 オルノア司教は、間違いなく死んだ。


「や、やったんだ……」


 俺は事実を確かめるように、もう一度呟いた。

 《愛しの導き手ターリア》に対して完全に相性勝ちだった上に、エッダと俺が二人掛かりで挑み、ガムドンの不意打ちでようやく掴んだ勝利だった。

 それでも、まだ勝ったことが上手く呑み込めなかった。

 【Lv:42】にまでなれば、軍内でも魔導佐になれるレベルだ。

 本当に、格上の相手だった。


「司教様が、殺された……? 冒険者の、たかが烏合の衆が相手ではなかったのか……?」


「お、おお、司教様よ……輪廻龍ウロボロス様よ、お許しくだされ……」


 要であった白魔導士を失ったときでさえまるで崩れなかった灰色教団の魔導器使い達にも、さすがに動揺が浮かんでいた。

 既に戦いを放棄するかのように、魔導器を持つ手を地面へと垂らしている者もいた。


 俺は腹部の怪我を押さえながら、どうにか立ち上がった。

 オルノア司教を倒しても残りの教徒達に押し負ける可能性を危惧していたが……これなら、士気の差で押し切ることができそうだ。


「ンハハハハハァ! やってくれたな優男ォ!」


 他の冒険者を振り切り、灰色教団のディグが直進してきた。

 口許から涎を垂らし、これみよがしに短剣を振りかざしてくる。


 あいつは折れていない。

 他の教徒と比べても異様な精神性だ。

 恐らくディグは他の狂信者とも違う。

 暴れたいがためにアブノーマルな組織に属した、生粋の連続殺人鬼シリアルキラーだ。


 おまけにこの混戦の中で、明らかに俺をマークして何度も付け狙ってきている。

 一度狙った相手に逃げられるのが癪なのだろうか。

 殺し合いを、お遊びの狩りか何かだと考えているように思える。


「くそっ!」


 俺は背後へ飛び退きながら剣を振るい、ディグの刃を弾いた。

 オルノア司教にまともに掌底を受けた胸部の痛みが疼く。

 動くたびに、引き裂かれるような感覚だった。


「なんだその、つまんねぇへっぴり腰の守りは? 僕ちゃんは弱いからころちゃないでぇ~って、聞こえてくるようだ。次は思いっきり踏み込むから、同じ防ぎ方したら死ぬぜ」


 ディグがあからさまに隙だらけの恰好で短剣を構える。

 俺を挑発していた。

 エッダが素早く俺の横を駆け抜けて跳び、ディグへと斬り掛かった。


 油断していたらしいディグは辛うじて短剣で防ぐも、刃を弾かれて柄から手を離した。

 ディグは宙で身体を回し、短剣が地に落ちる前に取り直し、素早くエッダへの反撃に短剣を突き出した。

 自分の隙を誤魔化すための刺突だったのだろうが、同時に繰り出したエッダの魔導剣の刃が、リーチの差で先にディグの肩へと到達していた。

 すぐさまディグは背後へと跳んだが、鮮血が辺りに舞っていた。


「あああああっ! いでぇよお! どいつもこいつも、安全なところからブンブン武器振り回しやがって! もっと生きるか死ぬかの狭間を楽しめよなあ!」


 ディグが斬られた側の腕を垂らしながら叫んだ。


「エッダ……!」


「お前は退がっていろ、その怪我では足手纏いだ」


「わ、悪い、頼んだ……」


「……もっとも、普段から怪しいがな」


 エッダはちょっと口は悪いが……本当に頼りになる。

 最近は憎まれ口を叩く際にはやや口許が緩んでいるので、冗談だと判別できるのが幸いだが。


「何回も邪魔するんじゃねえ。俺はそっちの優男君とやりあいてぇんだよ! 出しゃばって来るんじゃねえ!」


 ディグはリーチと片腕のハンデを負いながらも、エッダ相手に小回りの利く短剣の利点を活かして立ち回る。

 厳しい状況に追い込まれても、ディグは猛攻をほぼ崩さない。

 だが、ディグの極端に攻めに傾倒したスタイルもあり、勝負の利はエッダに傾いていた。

 エッダはディグの偏ったスタイルの癖を見抜いているようで、堅実に守りに出ながら隙を狙って戦っていた。


「これ以上は……戦いが終わるまで、退かせてもらうことにしよう。頼りないかもしれないけれど、僕が護衛するよ」


 すぐ近くまで来ていたマニが、俺の肩を叩く。

 彼女は《悪鬼の戦槌ガドラス》を構えて周囲を警戒している。

 俺は周囲を見回して戦況を確認し、小さく頷いた。


 元々、数の利は冒険者側に大きく傾いていた。

 灰色教団の魔導器使い達は早々に要であった白魔導士を失い、頭であったオルノア司教を失っている。

 合計で八人いた灰色教団側の魔導器使い達も既に半分以下の三人になっており、数の差は更に開いていた。

 既に、勝敗は決まった。


 俺はマニと共に大回りして戦線を抜け、冒険者側の負傷者二人と、環境士の二人が集まっている場所へと向かった。

 負傷者の二人が、俺とマニへと歩み寄ってくる。


「よく奴らの頭を倒してくれた! 戦いが始まったときにはもう駄目かもしれないと思ったが……このまま、押しきれてしまいそうだ!」


「俺は、ロクに戦果を挙げられずに早々に退いていただけなので、申し訳ない……」


「偶然ですよ、俺がたまたま、気を引ける位置にいたので……。それに、倒したのはガムドンさんの投擲です」


 俺は照れ笑いをしながら二人へと答える。


「……まだ、油断はできないよ。残った教徒が自棄になって、こっちへ環境士の二人を狙いに来るかもしれない。僕達も、警戒しておかないと……それに、引っ掛かっていることもあるから」


 マニが俺達へと忠告する。


 ……そう、環境士がいなければ、瘴気の篭ったこの地下四階層を何時間も掛けて抜けることなど、できはしない。

 瘴気で身体が弱ったところを、魔獣達に纏めて襲われてお終いだ。


 灰色教団に囚われている人質がいる場所も、どの程度瘴気対策がなされているかは怪しい。

 早く残った教徒の三人を倒しきり、助けに向かわなければならない。


「……悪いが、その動きは温かったな」


 ヘイダルが教徒の一人の首を、《予言する短剣ギャラルホルン》で貫いた。

 死体が膝を折り、地面へと崩れ落ちた。


 周囲でヘイダルの補佐をしていた冒険者達が、汗を拭って安堵の表情を浮かべる。

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