第三十八話 《愛しの導き手ターリア》

 最悪だ。

 勝機が僅かながらに見えて来たかと思ったところへ、敵の援護が二人も現れた。

 ……おまけにオルノア司教の実力はまだわからないが、ターリアという少女はエッダの最高速度に近い速度で動き、その上に一瞬で冒険者の首を捻じる剛力を持っている。

 華奢で可愛らしい見た目に反して、インファイターとして、類を見ない異例の強さである。

 俺が《プチデモルディ》によって造り出すベルゼビュートの化身よりも格が上だ。


 どうにか均衡を保てていた戦地をあの少女に暴れ回られれば、冒険者側の勝機がなくなってしまう。


 俺は唇を噛んだ。

 俺が、行くしかない。

 オルノア司教とターリアは、他の教徒よりも数段強いだろう。

 この実力差を覆すには、人数を割いて集中攻撃するか……ベルゼビュートの力を借りて、俺が正面に立って戦うしかない。

 前者の策は、冒険者側が押され気味にある以上、取ることができない。

 ここであの二人に人員を取られては、一気に戦線が崩壊してしまうだろう。


『……ディーンよ、あのターリアとやら、ニンゲンではないかもしれぬぞ』


 ベルゼビュートが俺に忠告する。

 確かに、言われてみれば……俺の《オド感知》も、彼女にはしっかりとは作用していないのだ。

 動きもどこかぎこちないというか、奇妙な部分が目立った。

 仮説は……ある。それを立証するには、オルノア司教かターリアのどちらかに《イム》をぶつけてみるしかない。


「チッ……仕方ねぇか。司教サマが来た以上、遊んではいられねぇよなぁ。ちょっと興味あったから弄んでやるつもりだったんだが……ちゃっちゃと殺してやるよ!」


 ディグが小刀を俺へと向け、突撃してくる。

 俺は待ち構えてから反撃に出ると見せかけ……一気にディグへと飛び掛かった。

 《水浮月》の透過で小刀を躱し、左手で《魔喰剣ベルゼラ》を大きく振るった。

 ディグは地面を蹴り、大きく後退する。


「ちぃっ!」


 そう、これでいい。

 俺はディグに回避させ、相手から距離を取らせるために剣を振るった。

 闘気では、奴の方が遥かに俺を上回る。

 闘術の補助だけで追い詰めるのは無理があった。


 だが……本来ディグにぶつけるつもりであった《プチデモルディ》を筆頭とする魔法は、オルノア司教とターリアに割く必要がでてきてしまった。

 ここは大振りで確実に回避させ、その隙にディグとの戦いから離脱させてもらう。


 俺は仰け反ったディグに背を向け、一気に前に出てオルノア司教との距離を縮める。

 そして彼へと《魔喰剣ベルゼラ》の先端を向けた。


 ターリアとやらは戦地を駆けていたものの、オルノア司教は登場してからずっと、後方で棒立ちしたままであった。

 だからこそ、《イム》を通せる隙があった。

 《イム》は発動も魔力光の速度も速いため、他の魔法と比べて圧倒的に通しやすいのだ。

 それでも攻撃魔法の一つでも放った方が優位になる場面は多いが……今の場合、まずオルノア司教について確認しておきたいことがあった。


 オルノア司教は、不意を突いて出て来た俺に対して反応が遅れた。

 というより……まるで、俺など眼中になかったような素振りであった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

《オルノア・オルゴノート》

種族:《純人族レグマン

状態:《通常》

Lv:42

VIT(頑丈):111

ATK(攻撃):119

MAG(魔力):125+51

AGI(俊敏):98


魔導器:

《愛しの導き手ターリア[B]》


称号:

《上級人形士[B]》《火の使い手[B]》《闇の使い手[B]》

放射魔法アタック・高位[B]》《造霊魔法(トゥルパ)・中位[C]》《時空魔法(パラドクス)・高位[B]》


特性:

《智神の加護[--]》


魔法:

《イム[--]》《マリオネット[C]》《ダークバレッド[D]》

《ヘルキューブ[B]》《ボックス[C]》《ゲート[B]》


闘術:

《邪蝕闘気[B]》

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 【Lv:42】……覚悟はしていたが、今まで見た中でぶっちぎりの最上レベルであった。

 俺はまだ【Lv:25】で、区分としてはD級魔導器使いに入る。

 《魔喰剣ベルゼラ》も補正値はさほど大きくないので、パラメーターも、せいぜい六十ちょっとといったところだ。


 いや……それより、《イム》の情報を見て俺は確信が持てた。

 オルノア司教は、魔導人形使いだ。

 あのターリアと呼ばれていた少女は、奴の魔導器である《愛しの導き手ターリア》に他ならない。

 魔迷宮内が暗がりで、ターリア自体精巧な造りをしていたので判別することが難しかったが……あれは、ただの人形だ。


『うげぇ……あやつ……人形相手にべたべたとくっ付いておったのか』


 ベルゼビュートがうんざりとした様に呟く。


『しかし、無策で近づいてどうにかなる相手ではないぞ? わかっておるのか?』


「……ああ、わかってるよ。ここにいる面子で、あいつを倒せるのは、《暴食の刃》だけだ!」


 俺は真っ直ぐ奴へと接近した。

 ただでさえ、戦況は悪いのだ。

 この上、あの《愛しの導き手ターリア》に暴れ回られれば、こちらの勝機は完全に潰える。


 まだ……後一発、《プチデモルディ》が使える。

 これでガードに戻されるであろう《愛しの導き手ターリア》をどうにか弾き、あの邪司教が油断している間に《暴食の刃》で、奴の《マリオネット》を奪う。


【《マリオネット[C]》:造霊魔法トゥルパに属する。自在に動く、魔力の糸を造り出す。】


 オルノア司教と《愛しの導き手ターリア》は、造霊魔法トゥルパの糸によって繋がれている。

 恐らくそれで、魔導器とリンクした状態となっているのだ。

 つまり……《暴食の刃》で造霊魔法トゥルパの《マリオネット》を引き剥がせば、それだけで奴は魔導器を失う。


 《愛しの導き手ターリア》が、というよりは魔導人形がかなり特殊なのだろうが、本人の闘気に対する上昇補正がない。

 魔力のみの強化となっている。

 そういう面でも、《愛しの導き手ターリア》さえ退けることができれば、オルノア司教に攻撃を通す芽はある。

 そういう意味で、オルノア司教と俺は、驚く程に相性がよかった。


 警戒して《愛しの導き手ターリア》に守りに徹されては攻める余地がなくなってしまうが、オルノア司教はまだ油断している。

 この隙に、オルノア司教と《愛しの導き手ターリア》を切り離す!

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