第三十五話 乱戦

 通路の前側では、既に灰色教団とガムドン決死団の衝突が起きていた。

 視認できる限り、敵の数は全部で六人だった。

 後部に一人いたので、灰色教団の数は合計七人ということになる。


 灰色教団の六人中、五人は白兵戦タイプの様であった。


 一人だけ、灰色教団側に刃のない魔導杖を用いている老人がいる。

 長い白髪の、陰湿そうな目付きをした男であった。


「《ヒール》!」


 魔導杖の先から発された光が、後列へ下がっていた灰色教団の魔導器使いの身体へと触れる。

 魔導器使いは手にしていた魔導剣で軽く宙を斬った後、嫌な笑みを浮かべて再び前線へと戻る。


 《ヒール》は治癒魔法ヒールドに属する魔法だ。

 老人は白兵戦には参加せず、傷ついた仲間が戻れば《ヒール》の魔法で回復を行っているようであった。


 マニは目を細めて、老人を睨む。


「やっぱりこの連中、個々の言動は支離滅裂でも、組織としては嫌らしいくらいの合理主義に徹している……」


 白魔導士を中心に戦うのは、堅実な戦法だ。

 だが、俺が抱いていた灰色教団のイメージとは違っていた。

 連中はもっと、治療や回復など度外視で、ひたすら攻撃に出て来るものだと思い込んでいた。


「やれぇ、メイガス! 連中の腸を引き摺り出せ! ハーハッ! 臆病者共に、殺し合いの意味を教えてやれ!」


 奥に立つ老人が指示を出しているようだった。

 頭目格の様に窺える。


 こちらの環境士の二人は前線から離れてもらっており、一応護衛に一人つけている。

 とはいえ、こちらは数で圧倒的に勝っている。

 だというのに、灰色教団の魔導器使いは、倍近い数のガムドン決死団を相手に、手堅い戦略で一方的な消耗を強いていた。


「クソッ! 貴様らぁっ! もっと覚悟を決めて戦わんかぁ! 数では俺様達が勝っているのだ! 一気に叩き潰せ!」


 ガムドンは吠えながら斧を振り乱すが、悠々と回避されていた。

 隙を突いて飛び掛かられていたが、寸前のところで戻した斧で弾く。


 ガムドンは態度が大きく横暴であった分、確かに強い。

 純粋な白兵戦では、灰色教団の魔導器使いを相手に渡り合っている。

 なぜこの男を人質救出の頭にしてしまったのだろうかと少し疑問に思っていたが、確かに味方としては心強い。

 即席の冒険者達を強引に纏めるには、頭に置いておくのに適任なのかもしれない。


「おい、誰か、あの白魔導士のクソッタレ爺を、どうにかしろぉっ! 動けんのかヘイダルゥッ! セコイ真似は、貴様のオハコであろうが!」


「こっちも余裕がない!」


 ヘイダルの目が赤く充血している。

 《予言する短剣ギャラルホルン》の先読みを使ってカバーに入り、他の冒険者の受けそうな致命傷をどうにか外させているようだった。


「チルディック! 予定変更だ! 加勢せんかぁ!」


「それは駄目だガムドン! 環境士を欠いたら、その時点で全滅するしかないんだぞ!」


 ガムドンの叫びに、ヘイダルが怒鳴り返す。

 確かに予備の環境士の青年シエルがいるが、彼だけで人質を連れて無事に地下遺跡から脱出することができるのかは、疑問が残る。


 それに、万が一でも二人共が死んでしまえば、その時点で、この場にいる冒険者は魔迷宮の中を彷徨って苦しんで死ぬ以外の選択肢がなくなるのだ。

 他の冒険者も、チルディックが戦闘に出てしまえば、そちらに気が散ってしまい、気が気ではなくなってしまうだろう。


 とはいえ……現状のままでは、連中の守りの硬い陣形を突破はできない。

 連中は白魔導士の老人を庇い、五人で隙なく通路を埋めている。


 一人が治癒魔法ヒールドを受けるために下がる際には、残る四人が即座に立ち位置を変えていた。

 おまけに老人は各戦況を確認して五人に命令を出し、守りが薄い場所を徹底して潰している。 

 連中を倒すには、強引に守りを突破して白魔導士の老人を狙うしかない。


 人数差が大きく開いているので、一人でも倒すことができれば、戦況は大きく優位へと動いてくれる。

 だからこそ、その機会を潰す治癒魔法ヒールドを続けられていれば、こちらの勝機はどんどんと下げられていくといえる。

 あの男がいる限り、冒険者側に勝利はない。


「……エッダ、先行して左から二番目の大男の気を引いて欲しい。できるか?」


 俺は駆けながら、エッダへと尋ねる。


「余裕だ。お前の様な、ヤワな鍛え方はしていないのでな。そのまま打ち倒してやる」


 エッダが目を瞑り、剣を掲げる。


「《クイック》」


 魔法陣が浮かび、エッダの身体を光が包んだ。

 支援魔法パワードの一種だ。

 身体を身軽にし、一時的に速度を引き上げる魔法である。


 エッダは目を見開き、身体を大きく前傾させて地を蹴った。

 恐らくだが、闘術の《瞬絶》も用いている。


 エッダはあっという間に大男への距離を詰める。

 大男もこの速度は予想していなかったと見え、手にした木製の巨大な魔導棒で慌てて対応する。

 だが、体勢が不完全であったために、受け止めきれずに片足が浮いていた。

 エッダは反動を利用して軽々と横へと跳び、地下遺跡の壁を蹴って変則的な動きで再び肉薄する。

 大男は魔導棒でそれを防ぐ。

 だが、押し込まれたエッダの剣が、大男の肩の肉を削いでいた。


「キサマァッ!」


 大男がエッダを睨み、魔導棒を大きく振り上げる。

 俺はその脇を駆け抜け、白魔導士の老人へと迫った。


「ディグ! ガキを通すな!」


 老人が叫ぶ。

 大男と逆側に立つ、痩せた男が反応を見せた。

 どうやら彼がディグらしい。


 ディグは相手をしていた冒険者二人を魔導小刀で牽制し、素早く身を翻して俺へと斬り掛かってきた。

 速い。エッダの最高速度にも匹敵する動きだった。


「なぁ、お前、人を殺したことはあるか?」


 ディグはにやけ笑いを浮かべながら、魔導小刀で腹部を狙って来る。

 俺はディグを無視し、《魔喰剣ベルゼラ》を前へと押し出し、魔導小刀で防ぐように構えた。

 上側の守りを捨てて、胸部から下の守りに徹した。


「甘すぎなんだよバカが」


 魔導小刀は軌道を一変させ、俺のガードを綺麗に抜けた。

 短い武器はリーチがない分、小回りが利く。

 明らかに本人の速さを活かすための武器だった。


 ディグの小刀が、俺の首を綺麗に捉えた。


「あぁ?」


 ディグの笑い顔が、引き攣った。

 小刀は俺の首に沈み、反対側へと擦り抜けていた。

 《水浮月》である。

 黄金魔蝸ゴルド・マイマイより引き抜いた、身体を液体状にして敵の攻撃を回避する闘術である。


 これを上手く使うために、敢えて首への攻撃を誘ったのだ。

 細い部位への攻撃の方が魔力の消耗を抑えられるし、タイミングを見誤らずに済む。

 ギリギリの賭けだったが、上手く決まってくれた。

 単に防いだだけでは、ディグを振り切ることはできなかった。


 俺は反応の遅れたディグを横切り、老人へと《魔喰剣ベルゼラ》を構える。


「テメッ! 逃げんなよオイ!」


 俺の背を追おうとするディグへ、エッダの剣が伸びた。


「チィッ!」


 ディグは大きく屈み、エッダの斬撃を回避する。

 エッダは大男と交戦中であったが、俺が確実に逃れる時間を稼ぐために手出しをしてくれたのだ。


「助かったエッダ!」


「ここまでやってやったのだ。首を逃せば、承知せぬぞ」

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