第三十六話 敵方の白魔導士

 俺は白魔導士の老人へと向かう。

 刃を持たないため魔導杖自体の殺傷能力は低い……とはいえ振り回して戦うことも充分可能であるし、治癒魔法ヒールド以外の魔法を有している可能性も高い。

 白兵戦のできないタイプならありがたいのだが……。


「ガキめが」


 老人は歯を剥き出して笑い、俺へと杖の照準を合わせた。

 来る、恐らくは何かしらの放射魔法アタックだ!


 想定していたパターンではあった。

 だが、わかっていたとしても、正面からの放射魔法アタックは、老人が俺より高レベルの魔導器使いである可能性を考えれば、普通に避けて回避しきれる線は細い。

 同じ放射魔法アタックでも、直線系か、拡散系かにもよって異なってくる。


 凌ぐだけならば、いくらでも取れる手はある。

 大きく横へ跳べば、とりあえずの回避はできるだろう。

 しかし、直撃を避けられても、隙を作れば、ここで敵方の白魔導士を叩く好機を失ってしまう。


「力を借りるぞ、ベルゼビュート!」


 俺は魔導剣を掲げる。

 剣先より魔法陣が展開されていく。


「《プチデモルディ》!」


「《フレイム》!」


 俺と老人は同時に詠唱した。

 俺の魔法陣からは《プチデモルディ》によって仮の姿を得たベルゼビュートが現れ、老人の魔法陣からは《フレイム》の炎が吹き荒れた。


 ……保険を掛けておいてよかった。

 治癒魔法ヒールドだけではなく、放射魔法アタックも一流クラスだった。

 おまけに、範囲の広い拡散系であった。


 《フレイム》はランクCの放射魔法アタックだ。

 ランクCは、ロマブルクの冒険者の中では上位の数名しか会得できていない高位の魔法である。


「よくぞ魔界オーゴルの支配者たるこの妾を、こう何度も盾にしてくれるものであるの!」


 ベルゼビュートが自嘲気味に言う。


「わ、悪い……これしか、手が浮かばなかった」


「勝利祝いの馳走に、ステーキを更に三人前追加してもらうぞディーン!」


 ベルゼビュートは舌舐めずりし、炎の中へと飛び込んでいく。

 俺はその背に続いて駆けた。

 ベルゼビュートを火除けに、最短距離で突っ切らせてもらう。

 俺は背を屈め、熱さに耐えながら《フレイム》の炎を突っ切った。


 ベルゼビュートは炎を抜け、老人へ爪を振りかざした。


「チィッ! なんと頑丈な悪魔だ!」


 老人が魔導杖でベルゼビュートの爪を防ぐ。

 よく防げたものだ。

 この老人はさすがに白兵戦タイプではないだろうが、レベル自体がかなり高いのだろう。

 だが、力ではベルゼビュートが僅かに勝っている。


 魔力消耗が激しいが、ここは出し惜しみするところではない。

 一気に畳みかける。


「今なら当てられる! 《クリシフィクス》!」


 老人の背後に、十字架が浮かび上がった。

 灰色教団の一員だったガザの、拘束用の造霊魔法トゥルパだ。

 鎖のついた十字架を魔力によって生み出すことができる。


 発動が遅いため単発で使って当てられるものでもないし、魔力の消耗が激しいので牽制としては使えない。

 だが、決まりさえすれば、格上相手でも一方的に攻撃して倒しきることができる優秀な魔法である。


 背後に出てくるため、そのまま前に逃れるのが一番確実な回避方法だが、今老人の前には、容易に押し退けられないベルゼビュートが立っている。

 老人はベルゼビュートを魔導杖で突きながら、自身は右側へと逃れようとする。


 ベルゼビュートは魔導杖の突きを避け、老人の逃げ場を塞ぐように移動した。

 続けて手の鉤爪で老人を狙う。

 わざと大振りで回避を誘発し、老人の動きを阻害していた。


「こ、この俺が、こんなガキに……やられるわけには……!」


 老人は屈み、転がるようにその場から逃れようとする。

 だが、十字架から伸びた鎖が老人の身体に纏わりつき、十字架へと引き戻そうとする。


 老人は鎖の引く力に抗おうとするも、動きが止まったところへベルゼビュートの爪が無慈悲に振り下ろされた。

 彼の顔から太腿に掛けて鋭い傷が走った。


「ぐ、ぐううう!」


 だが、それでもなお、老人は鎖を振り解こうとする力を緩めない。

 続けて目前へと到着した俺が、老人の胸部に魔導剣の刃を突き立てた。

 老人の目が俺を見た後、ゆっくりと自身の胸部へ下ろされる。

 口許から血が噴き出た。


 倒したと思ったそのとき、老人の目が大きく見開いた。


「ただでは死なんぞ、俺は」

 

 鎖を押し切り、頭部を大きく前へと出し、まだ剣を突き立てたままの俺の腕へと喰らいついて来た。


 避けられない。

 俺は咄嗟に《硬絶》を用いて腕を硬化させ、老人の口へと押し当てた。

 老人の歯がへし折れ、鼻が潰れた。

 涎と血が掛かる。


「ば、かな……おお、オルノア様、お許しください……」


 老人の首がぐわんと揺れる。

 俺は《クリシフィクス》と《プチデモルディ》の造霊魔法トゥルパを解除した。

 老人の身体がその場に倒れ込んだ。

 血塗れの身体からオドの光が漏れ、俺へと入り込んでくる。


「た、倒した……! 敵白魔導士を倒したぞ!」


 他の冒険者達が、信じられないといった目で俺を見ていた。

 ヘイダルは安堵した様に笑みを浮かべているだけであったが、ガムドンは目を剥いて俺を見ていた。

 無名の新人冒険者が灰色教団の守りを抜け、白魔導士を討てるとは思っていなかったはずだ。


 何にせよ、これで戦いは楽になるはずだ。

 これで一方的な消耗を強いられることはない。

 ばかりか、冒険者側の数の利を押し付けて戦うことができる。

 それにこの老人は、白魔導士と同時に司令塔も兼ねていた。

 これで指揮官を失った相手が崩れてくれれば、冒険者側の勝機はかなり大きくなる……!


「ゴリ押しで爺死んでるじゃん、笑える」


 灰色教団の魔導小刀使いディグは、冒険者三人を同時に相手取りながら俺を振り返って、楽し気に舌舐めずりをする。


「じゃあもう! 陣形組んで馬鹿丁寧に戦わなくていいってこった! 爺殺した奴は俺がもらうぞ! 面白そうだからなぁ!」


 ディグは俺へと目を向けたまま冒険者の刃の腹を素手で弾き、小刀を押し込んで相手の腹部を深く裂いた。

 他の二人が動揺した隙に、反転して俺へと向かって来る。


 こいつらに一般論を期待したのが間違いだった。

 灰色教団の精神性は、どいつもこいつも化け物だ。

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