第三十四話 激突、灰色教団

 休眠の時間が終わり、地下四階層の探索が再開される。

 その最中、ヘイダルが先頭のガムドンへと駆け寄っていった。


「おい、一度足を止めろ」


「どうしたのだヘイダル」


 ガムドンの隣にいたチルディックが応じる。


「人だ。正確な数はわからないが、何十人もいる。灰色教団と、都民の人質に間違いはない」


 その一言で、全体に緊張が走った。

 俺の《オド感知》ではまだ正確には捉えきれていないものの、言われてみればこの先にそれらしき気配を感じる気がする。


「向こうに変わった動きはねぇな。こっちを気取られてはまだいないのかもしれない」


「フン、先手を取れるな。一気に奇襲を仕掛けて、あのサイコ連中を血祭りにしてやろうではないか」


 ガムドンが好戦的な笑みを漏らし、《剛斧ギガンテス》を手に構えた。


「おい貴様ら、後ろでチョロチョロして後で美味しい思いだけしようなんてクズは、この戦いを生き抜いても俺様が叩き殺してやるから覚えておけよ。この戦いは、俺様の今後が懸かっているのだからな」


 ガムドンが、何度目になるかわからない警告を仲間達へとする。


 ……ついに、灰色教団との集団戦が始まるのだ。

 恐らく、ガザやブラッドの様な奴らが、十人近くはいる。

 決して容易な戦いにはならない。


 ……なるべく《魔喰剣ベルゼラ》の力は伏せていたかったが、戦闘中に《暴食の刃》や《プチデモルディ》を出し惜しみしている余裕はないだろう。

 元々悪魔は異界の住人であるため、魔獣に比べて発見例が極端に低く、姿や名前が記録されている種はほんの一部である。

 《プチデモルディ》で姿を晒すことについては誤魔化しが利く。

 《暴食の刃》についても、外から見ていてすぐに詳細のわかる力ではない。

 ……それでも最悪の事態は、覚悟しなければならないだろうが。


 一本の長い、大きな通路に差し掛かった。

 横幅も高さもかなりある。

 ここまで来ると、俺の《オド感知》でも、連中の禍々しい気を感じ取ることができるようになっていた。


「……三十人くらい、かな」


「予告にあったという、人質二十四人と符合するね。そうなると敵は、七人前後といったところになるのかな。倍の人数差があるのなら……戦闘面でもそこまで苦戦せずに済むかもしれない」


 元々連中は、軍と正面からやり合うつもりはなかったはずだ。

 あくまでも民衆や冒険者を相手取り、軍は責任問題を恐れて戦いに出てこないことを見越しての人質だったに違いない。


「おいヘイダル、連中の動きは?」


「……全くねぇ。少し、不自然だな。感知持ちなしに、人質を連れて魔迷宮の奥深くまで来られるわけがないんだが」


「マヌケな連中め! 警戒し過ぎたらしいな。所詮は、ただの頭のおかしい連中だ! とっとと攻め込んで皆殺しにしてやろうではないか!」


 俺はヘイダルとガムドンのやり取りを耳にして不安を抱き、《オド感知》を凝らした。

 本当に連中は、まだこちらに気が付いていないというのだろうか?

 しかし、《オド感知》には何も引っ掛からない。

 

「ここは一本道だし……何か、罠でも仕掛けているのかな。僕もこのまま進むのは、危険な気がするのだけど……」


 マニが口許に指を当てて思案し、マナランプの灯りで天井や床を照らし出す。

 ふと、エッダが足を止め、振り返った。


「どうした? エッダ」


「……物音が聞こえた」


 俺も足を止めてエッダの目線の先を確認し、最後尾を歩いている人間へと目線で警戒を促す。

 彼らも足を止め、周囲を警戒し始めた。


 しかし、俺の《オド感知》には、何も引っ掛かってはいない。

 小型魔獣か何かだったのだろうか。


「おい貴様ら、何をぼさっと足を止めている!」


 ガムドンが俺達に気が付き、怒声を上げる。

 そのとき、来た道より壁の蹴られる音が響き、一人の男が現れた。


 男の肌は青白く、目は真っ赤に充血している。

 長い舌の先には、金の輪のピアスが付けられていた。

 手には、毒々しい赤の刃の長剣が握られていた。


「アハァ! バレちゃあしょうがない! お前ら、軍の連中じゃあねえなぁ? じゃあ全員、輪廻龍ウロボロス様に捧げちまって問題ねえわけだァ!」


 男が現れた途端、禍々しいオドを感じ取った。

 異掟魔法ルールを用いて、自身の気配を誤魔化していたのだ。

 油断させて、背後から崩すつもりだったらしい。


 最後尾を歩いていた三人が対処に当たった。

 男は剣のリーチを活かし、豪快に振り乱した。

 雑だが、速い。

 三人とも自分の獲物の間合いまで入りきれず、退いた。

 突然現れた男もそのまま攻めに出ることはなく、後ろへと跳ねた。


「《マスブロッカー》!」


 魔法陣が浮かび上がる。

 通路の壁や床が変形してせり上がり、即席の壁がその場に生じた。

 無生物の状態や形状を操る、錬成魔法(アルケミー)だ。

 規模が大きく、発動までも速い。

 相当魔力の高い証だ。


 逃げ場が、塞がれた。

 あの壁……そこまで頑丈だとは思わないが、あの男の攻撃を避けながら崩す猶予はないだろう。


「さぁ、死ぬまでやろうか冒険者共ォ!」


 明らかに腰が引けている三人に対し、男が舌から涎を滴らせながら笑う。


 異掟魔法ルールに、錬成魔法アルケミー持ち……いや、単独で俺達の動向を探って隙を窺っていたとなると、亜物魔法マターまで有していた可能性が高い。

 おまけに戦闘まで熟せるなど、あまりに万能すぎる。


「後ろの方達に加勢して、壁を崩して一度撤退しましょう!」


 俺は前の集団へと叫んだ。


「それは駄目だ! 前の連中も一斉に動き始めた!」


 ヘイダルが叫んですぐに、俺の《オド感知》も、灰色教団が動き始めたことを拾うことができた。

 とんでもなく、速い。

 この速さであれば、すぐにこちらに追いついて来る。


 足の速さは、闘気の高さでもある。

 イコールでレベルの高さに繋がる。

 この状況で下手に逃げても、レベルの低い者が取り残され、一気に戦力を削られてしまうことになる。


 俺は迷った末に、前へと出ることにした。

 後ろも厳しい戦いになりそうだが、こちらの冒険者は十六人で、敵側は八人前後だと気配から推測が付いている。

 一人の敵に四人も五人もついていれば、前方にいる冒険者が一気に全滅させられてしまいかねない。

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