第三十二話 突入
馬車で《ロマブルク地下遺跡》の最寄りの村へと到着した俺とマニ、エッダは、そこで食糧の補充や備品の点検など、最後の準備を整えた。
事前の打ち合わせ通りに井戸の前へと向かい、ガムドン決死団の他の冒険者達との合流を果たす。
それから全十六名で、徒歩で《ロマブルク地下遺跡》まで向かった。
魔迷宮の周辺には魔獣が溢れ出ていることもあるので、基本的に馬車は最寄りの村までであることが多い。
「よいな! 今回の目的は、地下四階層に巣食う灰色教団の魔導器使いを根絶やしにしてやることだ! 一気に攻め込め!」
《ロマブルク地下遺跡》の前まで来たときに、ガムドンは《剛斧ギガンテス》を片手で掲げながら、他の冒険者達の前でそう言った。
「後方をウロウロして安全に美味い汁を啜ってやろうなんて不届きな輩がもし出た場合には、この俺様の《剛斧ギガンテス》の錆にしてやるから覚悟しておけ!」
……ガムドンは長々と喋ってはいたが、作戦の再確認や、士気を上げるための演説としてはあまり機能していないようだった。
他の冒険者達もあまりいい顔はしていなかったし、マニはこれ見よがしに魔導器を振り回して仲間に脅しを掛け始めたリーダーに嫌悪の眼差しを向けていた。
「確かにそういう冒険者が出ると、それだけで内部崩壊しかねないけれど、もう少し、真っ当な言い方はできなかったのかな。ただでさえ烏合の衆なのに、何のフォローもなくこれだと、士気が下がると思うのだけれど……」
マニが苦々しそうに呟く。
俺はエッダの顔を確認してみた。
彼女に至っては、隠す様子もなく欠伸をかましていた。
「……おい、エッダ、顔を覚えられたら後々面倒かもしれないぞ」
ガムドンはあれでも、実力なら間違いなくこの都市の冒険者のトップクラスに入る。
その上に、あの性格だ。
あまり敵に回してもいいことにはならないだろう。
そもそも、今回の灰色教団討伐戦のリーダーでもあるのだ。
「都市ロマブルクを荒らす連中の討伐隊にお前が参加すると言うから、わざわざ付き添ってやることにしたのだ。私はあのむさ苦しい男の機嫌を取りに来たわけではない」
エッダは俺を眠そうな目で睨み、そう言った。
ブ、ブレない……。
格好いいけど、都市に馴染めないと悩んでいるのなら、そういうところからだぞ。
「今回の目的は地下四階層に囚われた人質の奪還だが……灰色教団との交戦は避けらないだろう。なんとしてでもこちらが先に奴らの位置を押さえ、奇襲を仕掛けて一気に場を制圧するしかない。長期戦になればこちらの方が持たなくなる可能性が高い上に、人質からも死者が出かねない」
チルディックは咳払いを挟んでから、ガムドンに代わって説明を始める。
「いいな、逃げる相手は下手に追うな。むしろ、とっとと逃がして敵の戦力を減らせ。殲滅は我々の目的ではない、それこそ軍の仕事だ。それに、敵も逃げた後に環境士と合流できなければ、結局は地下四階層の瘴気で死に至るだろう」
チルディックの言葉に、俺は小さく頷いた。
確かに、深追いすることに意味はない。
相手が人質を置いて逃げてくれるのならば、それに越したことはない。
もっとも……灰色教団の連中が、そう容易く逃げてくれるかどうか、という点には疑問が残る。
少なくとも……以前、俺達が《ロマブルク地下遺跡》にて討伐したガザは、とても死を恐れている様には見えなかった。
あいつが死に顔に浮かべていた、気色の悪い恍惚とした笑みは、俺の脳裏に焼き付いている。
「優先して狙うのは、敵の頭目と、環境士だ。暗く、危険な魔迷宮の中で、リーダーや、命の保証である環境士を失えば、いくら灰色教団とて冷静さを欠いて総崩れになるはずだ。もっとも……敵側の環境士を見つけることなど不可能だろうがな。現実的なところを考えれば、とにかくリーダーを狙うことになる」
ガムドンとは違い、チルディックの話し方は具体的でわかりやすくていい。
……最初からチルディックに頭に立ってもらっていた方が、スムーズだったのではなかろうか。
「そして、それはこちらも同じことだ。ガムドンは外せない戦力であるため、前に出てもらうことになるがな。環境士は、俺とシエルしかいない。戦力を割く形にはなるが、俺と彼には護衛を付けてもらうことになる」
チルディックより名前を呼ばれた青年シエルが、おどおどと、自信なさげに頭を下げた。
「話が諄いぞ、チルディック! とっとと《ロマブルク地下遺跡》へと入ろうではないか!」
ガムドンに急かされ、チルディックが頭を下げる。
「すまないな、ガムドンの旦那。……では、これで最後にしよう。灰色教団は強大である。数の利は我らにあると踏んでいるが、少なからず死者が出ることは充分に考えられる。この危険な場に、都市のために命を懸けて名乗りを上げてくれた同士がこれだけいることを、俺はありがたく思う。ここにいる全員が無事に生還できることを願っている」
チルディックが言い切ると、冒険者達の中から拍手が上がった。
俺も周囲と一緒に拍手をした。
ガムドンはともかく、今回の有志の討伐隊は、チルディックがいなければ組まれなかった可能性が高い。
チルディックが都市ロマブルクにいてくれて本当に良かった。
ガムドンは、自分が話していたときは冷めていたのが悔しいのか、つまらなさそうに冒険者達を眺めていた。
そして十六人で《ロマブルク地下遺跡》の中へと潜った。
地下一階層、地下二階層は無論のこと、地下三階層もスムーズに進むことができていた。
人数が多いだけあって、
ただ、狩りとしての効率は悪いので、通常は
生物の命を奪った際に得ることができるオドは、分散すると大きく減衰してしまうのだ。
基本的に、レベル上げに関しては人数が増えるほど非効率になっていく。
闘骨の方も、例え回収したとしても、十六人で割れば大した額にはならない。
「はああっ!」
ガムドンが
……戦っているところは初めて見たが、やはり実力は間違いなく高い。
エッダでも、あそこまで
何らかの《闘術》の裏打ちがあるのかもしれない。
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