第三十一話 馬車の移動
俺はマニ、エッダの二人と共に、例の酒場の地下へと向かい、ガムドン決死団の連中と再集合した。
人数が少し増えている。
前回の集会では俺とエッダを合わせても十二人であったが、十六人になっていた。
マニの様に、他の冒険者から話を聞いて参加を決意した者がいるのだろう。
「おい、環境士が熟せる者はいないのか! 不完全な《エアルラ》ができる、というだけでもいい! できることを伏せたいという考えはわかるが、これは我々の命に関わることだ!」
ガムドンの補佐であるチルディックが、冒険者達に声を掛けて回っている。
「おい、チルディック! いない者は探しても仕方ないだろう。とっとと出発するぞ、軍の連中に嗅ぎつけられてもことだ」
チルディックはガムドンに声を掛けられ、足を止めて振り返る。
「俺を合わせて、環境士がたった二人というのは、少し危険だな。保険の保険となる人物が欲しかったのだが……」
「ハッ、何を言っているチルディック! 貴様が倒れた後のことなど、貴様にとってはどうでいいことだろう。準備は整ったのだから、今更いらん水を差すな。おい、とっと出発するぞ!」
ガムドンはチルディックの心配をそう笑い飛ばした後、酒場の出口へと歩いていく。
「貴様ら、ついてこい! 灰色教団をぶっ飛ばし、ついでにマルティ魔導佐を失脚させてやろうではないか!」
チルディックはガムドンの背をじっと見ていたが、すぐ後に続いて歩き始めた。
それを見て、他の冒険者達も移動を始める。
「……せめて、チルディックがトップに立ってくれていたら、もう少し安心できそうなんだけどな」
俺は思わずそう呟いた。
ガムドンが言及していたように、チルディックは自身が環境士なので、予備の環境士のことなど本来はあまり考えなくてもいい立場なのだ。
予備が必要な場面は、チルディック自身の生還が不可能になったときだからだ。
それでも率先して探して回っていたということは、自分が倒れた後もガムドン決死団が目的を果たせる様にと考えているからに他ならない。
「…………」
マニは目を細め、チルディックの背を睨んでいた。
「どうしたんだ、マニ?」
「いや、僕はあんまり素直な性質じゃないからさ。変に勘繰ってしまってね」
マニが誤魔化す様に笑う。
何の話だろうかとは思ったが、マニも別段口にするつもりはない様だったので、その話を続けることはなかった。
酒場の外に出てからはガムドン達が手配していたらしい馬車に別れて乗り、
ラージン商会とやらは、大分お金を多く出資してくれているらしい。
俺はマニとエッダと、後は知らない二人組との五人で馬車へと乗ることになった。
長椅子に、俺、マニ、エッダの順で座ることとなった。
「ディーンと馬車に乗るのはなんだか新鮮だね」
マニが、ふと思い出した様にそんなことを言う。
俺が都市ロマブルクを出るのは、魔迷宮へと向かうときだけだ。
マニと魔迷宮へ向かう機会は最近になるまであまりなかったし、たまにあっても金銭的な事情から徒歩で済ましていた。
「随分と商会さんは羽振りがいいらしいな。俺としては、徒歩でもいいからその分報酬に足しておいてほしいくらいの気持ちなんだが」
ラージン商会も軍にあまり目は付けられたくないので支援は最小限に留めるだろうと勝手に思っていたのだが、この様子だとかなりの額を出資してくれているようだ。
この馬車がガムドン達の決定であることを思えば、そのことは見当がつく。
ガムドンはあまり気前がいいようには見えないが、彼の金銭感覚が緩むくらいの額は持たされているらしい。
「……随分、力を入れてくれているんだな。商会の人も、灰色教団の被害に遭ったんだろうか」
「案外、それだけではないかもしれないよ。あのマルティ魔導佐は、商会にもかなりの額の税を掛けているからね。商人連中も疎ましく思っていることだろう。狙いは、マルティ魔導佐の首かもしれない」
「そうか、そういう考え方もできるか……」
リューズ王国は、国内の重要都市を守るために魔導将や魔導佐に権限を与え、置いているのだ。
彼らが正当な役割を果たしていないことがあからさまであれば、残しておく理由はなくなる。
「ま……商会の支援は金銭的な問題だけだから、僕達はもらえるものは拒まず受け取っておけばいいんじゃないかな。商会にどういった狙いがあろうとも、僕達には直接的には関係のないことだよ」
それはそうに違いない。
商会が都市を守るために動こうとしているのか、これを機にマルティを魔導佐から降ろすことができればと考えているのかはわからないが、どっちであろうと俺達の方針が変わるわけではないのだから。
「それより問題は、本当に灰色教団に勝てるのかっていうことだね。あまり規模の大きい団体ではないっていう話だし、ずっと魔迷宮に隠れているのなら消耗もしているのかもしれない。……それでも、一人一人の魔導器使いの質なら、相手の方がきっと格上だろう。今更泣き言を言える状態ではないけどね」
「……軍が本気で動けば、余裕だっただろうな」
「戦力としては、都市ロマブルクの軍の一部で十分どうにかなる規模だろうと思うよ。でも、軍が動けば、向こうは人質を盾に交渉を迫る。そうなれば軍は立場上、相手の要求を呑まざるを得なくなる。そういう意味では、軍が動いてくれたとしても、連中を討伐するのは難しかったかもしれない」
……灰色教団も、さすがに軍の連中と正面から事を構えるつもりはない、か。
元々、それが狙いの誘拐事件だったか。
儀式と称して惨殺を繰り広げていたガザといい、報復と称して広間で殺人を始めたブラッドといい、血で書かれた犯行声明といい……各事件を個々で見れば狂気染みているが、その裏にある灰色教団としての狙いは恐ろしく理性的に見える。
「軍と交渉するための人質だから、冒険者相手には使いたがらないだろうけど……追い詰められたときには、人質を殺すことも辞さないだろう。……そういう意味でも、かなり苦しい戦いになるだろうね」
「そう……だな」
ガムドンは自信満々だったが、今回の灰色教団との戦いは、厳しいものになるだろう。
……完全な勝利は、冒険者側と人質の人達から死者が一人として出ないことだが……きっと、そうはならない。
冒険者の全滅で終わる可能性だって充分にある。
「その、本当に、付き合わせて……」
「悪い、なんて言うのは止めてくれよ。僕が我儘で決めたんだ。ディーンが危険なことをしているときは、せめて近くにいたいってね」
マニは少しだけ頬を赤に染めて気恥ずかしそうに笑って「ちょっと恥ずかしいことを言っちゃったかな」と零し、前髪を指先で弄る。
「……マニ」
「と……そういえば、なんだけどさ」
マニは声量を落とし、目線で俺に合図をする。
俺はマニの目線を追い、マニの奥に座るエッダへと目を向けた。
馬車に乗ってから、エッダはずっと黙りこくったままであった。
慣れない集会の人混みや、人口密度の高い馬車に苛立っているのか、普段よりもやや不機嫌そうに見える。
マニが俺へと顔を近づけ、更に声量を落とした。
「……その、さ、ディーン。僕、真ん中でよかったのかな? なんとなく、入った順番になってしまったけれど、ディーンの方が、エッダさんと仲はいいよね? 別に僕、彼女と二人で話したことはないし。エッダさんも、そっちの方がディーンに声を掛けやすいんじゃないかな?」
「そんな気負わなくても、大丈夫だ。エッダは口は悪いけど、本当にいい奴だよ。マニもその内、打ち解けるだろう」
「そ、それはわかってはいるのだけれど……圧迫感というか……変な気まずさがあるというか……」
……マニは運び屋のときから、妙な雇い主と当たっても揉め事を起こさずにスムーズに仕事を終わらせるのが得意であり、人付き合いは俺よりずっと上手なはずなのだが、どうにもエッダ相手には苦戦しているようだ。
エッダは言葉に棘があり、容姿も美人さ故の近づきがたさがあるので、気が引けてしまう気持ちはわからないでもないが……。
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