第三十話 現状確認

 対灰色教団の集会が終わったのちに、各々の準備のため、一旦解散することとなった。

 夕刻よりまた他の冒険者と集合して都市ロマブルクを出て、灰色教団が潜んでいるであろう《ロマブルク地下遺跡》の地下四階層を目指すことになる。


 俺はエッダと別れてマニの鍛冶屋へと向かい、今回の灰色教団騒動及び、ガムドン決死団について彼女へと説明しておくことにした。


「それで……そのガムドン決死団とやらに、ディーンは参加することにしたのかい?」


 マニが頭を押さえて言う。

 ……この集まりに、不安があるのだろう。


「……危険なことは、わかってる」


 その気持ちは俺もわかる。

 不安要素は挙げて行けば切りがないくらいだ。


 一つ目は、《ガムドン決死団》のリーダーであるそのガムドンがあまり信頼の置けない人物であることだ。

 あまり人格面の優れた冒険者だとはとても思えない。

 できればヘイダル辺り、せめてガムドンの補佐のチルディックが頭に立ってくれていればもう少し信頼できたのだが……。


 そして二つ目は、灰色教団の人数が不明瞭であることだ。

 ガザの様なC級上位クラスや、ブラッドの様なB級下位クラスの魔導器使いがザラに出て来るはずだ。

 ブラッドと正面から戦える魔導器使いは、都市ロマブルクの中にはいない。

 ヘイダルも、一対一でブラッドとぶつかっていれば死んでいたはずだ。


 三つ目は、灰色教団を静観している軍が、妙な形で手出しをしてくるのではないかという不安だ。

 軍も下手に反応すれば《黒輝のトラペゾヘドロン》に関する交渉に応じざるを得なくなるかもしれないと見て無視を決め込んでいるのではないかという話だったが、このまま放置していても軍にとって悪い展開にしかならないのは火を見るより明らかなはずだ。


 ……そして最後の四つ目に、奴らが待っているという魔迷宮の地下四階層自体が、かなり危険な場所である、ということだ。

 魔迷宮の地下四階層は瘴気が酷く、とても人の生きていける環境ではない。

 空気エアル亜物魔法マターで浄化できる環境士が必須となる。

 つまり、ガムドン決死団内の環境士の全員が魔獣や灰色教団との交戦で死傷した場合……残る冒険者達は、全滅するしかなくなるのだ。


 ガムドン決死団は俺とエッダを合わせて十三人だが、その内、環境士としての魔法を取得しているのは二人だけだった。

 ガムドンの右腕である小男チルディックに、やや頼りなさそうな青年シエルだ。

 チルディックは放射魔法アタックも取得しており、闘気が高く、闘術も備えているという話だった。

 かなり戦闘慣れしているらしいが、今回は空気エアルの浄化に専念してもらうことになるだろう。


「だけど……ここで止めないと、灰色教団はまた凶行を繰り返すつもりだ。ここ貧民街だって、無事じゃあ済まなくなるかもしれない」


「…………」


 マニは俺の顔をじっと見つめる。


「……僕は、鍛冶屋を捨ててディーンと逃げてもいいと、そう思っているよ」


 マニが顔を俯けさせ、小さな声で零す。


「それ、は……」


 俺は口ごもる。

 俺の顔を見て、マニがはっと気が付いた様に目を開き、首を振った。


「ごめん、失言だった」


 ……マニはそう言い、頭を下げてくれた。

 昔、魔獣騒動が起こった際に軍の対応が遅れ、居合わせた冒険者も助けてくれず、俺の母親が命を落としたことがあった。

 マニは、そのことを気遣ってくれたのだろう。


「でも……元々、軍の奴らが真っ当に相手をしていれば、ここまで被害が膨れ上がることはなかったんだ。妙な魔導器だかも、連中にあげてしまえばよかったんだ。ディーンがこんなものに付き合う道理はないよ」


「俺は、軍の連中の尻拭いをしたいんじゃない。ただ……これ以上、あいつらの被害者を出したくないんだ」


 俺はここ数日で、ブラッドの凶行に殺された一般人や、灰色教団に妻を殺され、子供を誘拐された男を見てきた。

 こんな被害者は、この都市ロマブルクだけで既に何十人もいるのだ。

 これ以上……奴らをこの地に野放しにしていたくはない。


「やっぱり……ディーンなら、そう言うんだろうと、そう思っていたよ」


 マニは硬くしていた表情を和らげ、笑った。

 それから表情を戻して席を立ち、壁に立てかけていた《悪鬼の戦槌ガドラス》を手に取った。


「お、おい、どうしたんだ?」


「ディーンが行くというのなら、僕もついていかせてもらう。この我儘は通させてもらうよ」


「だ、だけど……マニはレベルも低いし……」


「それでも、この《悪鬼の戦槌ガドラス》があるから、ただの足手纏いにはならないはずだ。話を聞く限り、かなり人手が不足している様に聞こえるよ」


 ……確かに、《悪鬼の戦槌ガドラス》は戦闘用魔導器として、一冒険者が扱うにはかなり上質な部類に入るはずだ。

 闘気の補正も大きい。


「だけど……俺は、マニが危険なところへ行くのは……」


「それは僕も同じ気持ちだよ。もしかしたらディーンが戻ってこないかもしれない、なんて思いながら平然と待っていられるような、そんな強い女じゃあないからね僕は。危険な場所だというのならば、尚更ついていかせてもらうよ」


「わ、わかった……。悪い、マニ」


 俺が項垂れていると、 《赤牛ラカウのステーキ》を平らげ終えたらしいベルゼビュートが顔を上げた。

 ベルゼビュートが『魔迷宮に入るとしばらく機会がないから今の間に食事を取っておきたい!』と駄々を捏ねていたので、料理を用意して造霊魔法トゥルパで実体化させてやったのだ。

 《プチデモルディ》の魔法はベルゼビュートが大人しくしている間は魔力消費もさしたるものではなく、移動にも時間が掛かるので、今ならば魔力消耗も後の戦いに尾を引くことはない。


「なに、二人共、そう深刻にならずともよい。任せておれ、この七大罪王の一角である妾がおるのだからの。ディーンには妾の馳走を作ってもらう契約なのでな、容易に死なれては困る」


 ベルゼビュートは、口の周囲を食べカス塗れにしながらそう言った。


「だが、無事に帰ってきてからは、このステーキを五人前要求するぞ!」

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