第二十七話 不穏な話

 俺とエッダは、ヘイダルについて街路を歩いた。

 段々と表の通りを外れ、人気の少ないところへと入り込んでいく。


「悪いな、ついて来てもらって」


 ヘイダルが小さく振り返って言う。


「いえ」


 十中八九、灰色教団対策の冒険者の集まりだということはわかっている。

 だが、今は口にしない。


 どこに軍がいるのかわかったものではないからだ。

 ヘイダルが詳細について口にしないのも、それが理由だろう。


 今回の場合、勝手に冒険者を招集し、灰色教団への対策を取るこの行動は、軍の面子を大きく潰すことになる。

 当然だ。

 軍は本来、危険な魔獣や悪魔、そして灰色教団の様な危険な集団から都市を守ることが役割なのだ。


 堂々と宣戦布告した相手に対して軍が都民の命を守ることを放棄し、その挙句に冒険者が勝手に集まって難を脱したとなれば大問題になる。


 軍の権威さえ貶めかねない大事になる。

 仮にこのことが公になれば、さすがに他の地区の軍部も黙ってはいないだろう。

 特に都市単位の長である魔導佐は、足の引っ張り合いが凄まじいと聞いている。


 だからこそのリスクがある。

 軍に気付かれれば、難癖をつけて連行され、集団自体が解体される恐れだってあり得る。


 エッダも事情は大体呑み込めているらしく、黙って俺に同行してヘイダルへと続いている。

 都市事情に疎いエッダがヘイダルの意志をくみ取れるかは怪しいかもしれないと思っていたのだが、彼女は察しがいい。

 エッダはかなり頑固だ。

 性格上、訳もわからずついて来いと言われて、素直に同行する様な真似はしないだろう。


 ふと、肩の辺りを軽く小突かれるのを感じた。

 何となく、不安げな突き方だった。

 俺は歩きながら目をやる。俺のすぐ横を歩いていたエッダが、無表情で腕を上げていた。


「どうした?」


「…………」


 エッダは先を歩くヘイダルの背をちらりと見た後、声を潜める。


「今、これはどこへ向かっている?」


「ええ……」


 ……やはりわかっていなかったらしい。

 俺は額を押さえ、どう説明するべきか、今口にしていいものかと思案した。

 

「し、仕方がないだろう、急について来いと言われただけで、何を理解しろというのだ」


「わからずについてきていたのか……」


 俺の言葉に、エッダがムッとした様に表情を顰めた。


「お前がごく当たり前の様に従っていたのでな。妙なところではないだろう?」


「……お前、案外素直というか、流されやすいんだな」


 そのとき、ヘイダルがこちらを振り返った。


「お前は……ディーン、だったか?」


「は、はい、よく知っていましたね」


「いや、あのとき居合わせた女が名前を呼んでるのを聞いていただけだ。俺の名前は知ってたみたいだから、紹介はいいな」


 女、というのはマニのことだろう。

 確かにブラッドとの戦いの前後で、マニに名前を呼ばれた覚えがあった。


「ええ、ヘイダルさんは冒険者として高名ですからね」


「世辞は止めろ。そういうのは合わないっつうか、苦手なんだ。それより、そっちの女は……」


 ヘイダルの目がエッダへと向けられた。


「…………」


 エッダは腕を組んで歩いたまま、口を開く気配がまるでない。

 

「彼女はエッダです! 俺の友人で、俺なんかよりずっと腕が立ちますよ!」


 気まずさが立ち込める前に、俺は言葉を挟んだ。


「そ、そうか、よろしくな……」


 エッダがやや目を疑わし気に細め、申し分程度に頷いた。

 ヘイダルがすぐわかる作り笑いを浮かべた。

 ……この人、作り笑いがあまり得意ではなさそうだ。

 気まずさがありありと顔に表れていた。

 問題のエッダはしれっと何事もなかったかの様に前を向いている。


 ……そう言えば、俺が初めて冒険者ギルドでエッダと出会ったとき、彼女の紹介を行ったのは横にいたヒョードルだった。

 エッダは不機嫌そうに横に立っていただけだった。

 ……エッダも、もう少しどうにかならないのだろうか。


『保護者の様になってきたの、ディーン』


 ベルゼビュートがからかう様に言う。

 エッダに聞こえていなくてよかったな、ベルゼビュート。


「そ、そういえば、入軍の勧誘を受けたのは、ヘイダルさんだけなんですか? ヘイダルさんの狩り仲間パーティーの人ととかは……」


「……いや、俺と固定で潜ってる奴らには、声は掛かってなかった。大方、灰色教団とのいざこざで評判が落ちることを見越して、ブラッドを倒したことになってる俺を引き込んでおいて不満をぶつけにくくしておきたいんだろう」


 ……そういう狙いもあるのか。

 元々軍は好きになれない連中だったが、ここのところは衝突する機会が多く、汚い面ばかりが目に付く。

 きっと、俺がこのまま冒険者としての活動を続けていけば、今より更に対立は増えていくことになるだろう。


「そういや……他にも数名、軍の庁舎に出入りしてる冒険者がいるみたいだったか。とはいえデリケートな話だから、表立って言いたがらない奴もいて、それ以上はよくわからねぇけどな。人材不足ってことはないと思うんだが……」


「そんなに、何人も……?」


 冒険者が入軍すること自体は珍しくない。

 ヘイダルの様に直接指名して引き抜きに来ることは稀であるが、入軍希望の申請を出して軍に入る冒険者は多い。


 ただ、一時期に何人も入ることは稀だ。

 特にこの都市ロマブルクでは、軍人が危険な任務について命を落とすことなど、ここ十年で数えるほどしかいないし、少なくともここ二年ではゼロのはずだ。


「ま、心を入れ替えて本気で都市ロマブルクを守る気になったってわけではないだろうな。残念ながらよ」


 ヘイダルが冗談っぽくそう口にする。


 ……なんとなく、不穏なものを覚えた。

 一応、気に留めておいた方がいいかもしれない。


 俺が苦笑いをしていると、背後からふと視線を感じた。


 俺は小さく振り返り、エッダへと目をやった。

 退屈そう、というよりは寂しげな様子でエッダが俺の背を眺めていた。

 真紅の綺麗な瞳と目が合い、逸らされた。


「……その、話に入りたいなら、入っていいんだぞ」


「そ、そういうわけではない! ガキ扱いするな!」


「お、落ち着け赤眼の嬢ちゃん! そろそろ近いから、あんまり大声は出さないでくれ」

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