第二十八話 冒険者ガムドン

「ここですか」


 ヘイダルに連れられてやってきたのは、人気のない路地奥の、古い建物であった。

 店の看板らしきものが、壁に立てかけるように置かれている。

 元々この看板は扉の上にでも掛けていたのだろうが、外してから大分経っているようであった。

 看板は塗装が剝がれており、なんと書かれているのかはわからなかった。


「ああ、古い酒場でな。今では、たまに昔ながらの顔見知りが集まって内輪で飲むくらいしかしねぇんだ」


 ……そして今回は、軍の目を盗んで冒険者が集会を開くために使われることになった、ということか。

 

 俺は背後で借りてきた猫獣ニャルムの様に大人しくなっているエッダへと目を向け、先へ進むことを促した。

 エッダは黙ったまま俺の背へと近付いて来る。


「……中は人多いんだが、大丈夫か、赤眼の嬢ちゃん」


 ヘイダルはエッダの人見知りを案じての言葉だったのだろうが、エッダはそれに対して露骨に表情を顰めていた。

 エッダは俺の腕を肘で突き、小声で声を掛けて来る。


「あまり馬鹿にしてくれるな。少々見慣れない通りなので警戒していただけだ……と、そこの男に言ってやれディーン」


 ……なぜそれを俺に言うんだ?


「お前、ひょっとしてヘイダルさん苦手なのか?」


「私は面識がない、お前の知人だろう。私からあれこれと言い返すのも妙な話だろう」


「いや、向こうはお前に言ってるんだぞ」


 ヘイダルさんは苦笑を浮かべながら先陣を切って扉の前に立ち、ノックをした。


「俺だ。二人ほど、信用のおける冒険者を連れてこさせてもらった」


 扉の中から壮年の、気難しそうな男が現れる。

 男は俺とエッダを見て落胆した様に息を吐き、怪訝そうな目をヘイダルへ向ける。


「……ヘイダルが連れて来たのだから名の知れた冒険者かと思えば、実戦も少なそうな子供二人じゃないか」


 ヘイダルは俺の横に並び、肩に手を置いた。


「大丈夫だ。こいつは、俺より強いぜ。保証する」


「い、いえ、そんなことは……!」


 俺は咄嗟に手を振った。

 ブラッド相手に善戦できたのは《魔喰剣ベルゼラ》で相手の魔法と闘術を潰せたからに過ぎないのだ。

 俺にはとても、ヘイダルの様にブラッドとまともに正面から白兵戦を行える自信はない。


「……ヘイダルがそこまで言うのならいいだろう。ガムドンが既に地下で集会を仕切っている」


 男が答え、ヘイダルが頭を下げた。

 それから俺達へと付いて来るように合図する。


 ガムドンは聞いたことのある名前だった。

 魔導器は《剛斧ギガンテス》という、真っ赤な大斧である。

 ヒョードルやヘイダルと並び、都市ロマブルク有数の中級冒険者だ。


「……ガムドンさんが、動かない軍の代わりに冒険者を纏めて、灰色教団を追い出そうとしているんですか?」


 階段を降りながら俺はヘイダルへ尋ねた。

 ヘイダルは頷く。


「そういうことだ。報酬についても、一部の住人が金銭を出し合って用意してくれるってことになってる。俺達も命張る以上、ただ働きはできねぇからな」


「もうそこまで、話が進んでいるんですね……」


 灰色教団が大規模な誘拐や殺傷事件を引き起こしたのは、昨日の深夜から今日の早朝にかけてだ。

 俺が暢気に冒険者ギルドで魔迷宮の選定を行おうと考えていたときから、灰色教団の凶行を止めるために奔走していた人が何人もいたのだろう。


「……だが、はっきり言うと、危険に見合った額が手に入るとは思えねえ。おまけに軍にバレれば、どんな目に遭うかわかったもんじゃねえ。灰色教団の討伐は、言っちまえば善意の集団ってことになる。無論、嫌だと思えば、途中で帰ってくれて構わない。口外することだけは避けてほしいがな」


「……俺は、微力ながら協力させていただきます」


 都市ロマブルクは俺の育った地だ。

 俺はこの都市から大きく離れた地を知らない。


 ここにはあばら家だが亡き父との想い出の詰まった俺の家があり、マニの鍛冶工房もある。

 例え危険な集団に目を付けられたからといって、都市ロマブルクを捨てて他の都市に逃げるなどと、俺には考えられない。


「とはいえ、エッダは元より流れ者でして、彼女は……」


 そもそもエッダがここまで来たのも、俺が移動したので何となく流されてついてきていただけで、状況を把握した上での判断ではなかったのだ。

 途中で抜けられるとはヘイダルは言っているが、その様な真似は全体の士気を下げることになるだろう。

 ここらで帰っておいてもらった方がいいかもしれない。


「ディーンが乗るのなら、私も行こう。ちょうどいい都の案内人を死なせるわけにはいかぬし……お前には一応、恩があるとは思っているのでな」


「エ、エッダ……いいのか?」


 俺が問うと、エッダが腕を組み、軽く咳払いを挟んで「らしくないことを言ったか」と漏らした。


「お二人さんの気持ちは嬉しいんだが……やっぱり詳しく聞いてから決めた方がいいぜ。報酬が一人当たりいくらになるか、俺だってまだ知らないんだ。それに、正直俺は、ガムドンの奴はちょっと苦手でな」


 ヘイダルが頭を掻きながら言う。


 階段を降り、地下の扉を開いた。

 中にはちょっとした一室があり、九人の冒険者達が立っていた。

 D級上位からC級の、都市ロマブルク内ではそれなりに名の売れている冒険者達ばかりであった。


「二人ほど、顔見知りになった冒険者を連れて来たぜ、ガムドンさんよ」


 部屋の一番奥に立っていた大男が、目を俺達へと向けた。

 大男は暗めの茶髪をしており、顎がぱっくりと割れていた。

 間違いなく《剛斧ギガンテス》のガムドンだ。


「ハッ、なんだそりゃヘイダル、カカシが二つか? 囮にゃちょうどいいかもしれねぇなぁ!」


 俺はガムドンの言葉に閉口した。

 今までは遠巻きに見たことしかなかったが、こういうタイプの人だったのか。

 エッダも冷めた目でガムドンを睨んでいた。


「なんだその目は? いいな貴様ら、ここでは、俺様が絶対だ。元々が冒険者の烏合の衆だ、上下関係って奴をきっちりしておかないと、ぐだぐだになっちまうからな。従えない、輪を乱すだけの奴は今の内に出ていくことだ!」


 ……なんというか、都市のために自発的に動く様な人種とはとても思えない。

 俺はちらりとヘイダルへ目を向けた。

 ヘイダルが小声で俺に解説してくれた。


「……元々、ガムドンは参加予定じゃなかったんだ。ただ、今回のこの集まりにラージン商会ってとこも噛んでてな。ガムドンは、連中に名を売っておきたいらしくてしゃしゃり出て来たんだ。実力は申し分ねぇから、ありがたい話ではあるんだがよ……」

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