第二十三話 司教オルノア

 都市ロマブルクの貧民街の奥地には、長年使われていない廃教会堂があった。

 その地下室にて九人の集まりがあった。

 黒衣を身に纏う七人の者達が頭を下げ、前に立つ二人へと頭を垂れる。


 前に立つ二人の片割れは、仮面かと見紛うほどに大きな鼻と尖った顎を持つ、不気味な相貌をした男だった。

黒に近い濃紫と、暗い赤色を合わせた、大仰なローブを纏っていた。


 奇怪な男の横に立つのは、この場にそぐわない、黒のドレスを身に纏い、頭に青い薔薇のついたキャペリンハットを被る少女だった。


 彼らは、リューズ王国中を騒がせる、神出鬼没の邪教組織、灰色教団であった。


「悲しかな……ああ、ああ、悲しかな。この地にて、我が教団の二名の魂が、夢の果てへと旅立った……。そして、例の権威者への脅しが弱かったと見える。連中は未だに、我らの存在を、ただの騙りとして素知らぬ振りを通すつもりでいる。ああ、ああ、なんと罪深き連中なのか」


 鷲鼻の男が悲壮気に顔を覆う。

 男の動作に合わせ、教徒達が嗚咽を上げ、悲しみを表す。


 彼は名をオルノアと言い、灰色教団内において最上の位階であり、たった三人しかいない司教位の一人であった。

 此度の都市ロマブルクにおける破壊工作の指示者でもある。


「我々がいくら警告しようとも、軍人共はかの大宝黒輝のトラペゾヘドロンを権威に汚れた手で握り締め、放さぬつもりらしい。ああ、これは、赦し難き暴挙……この罪は、この浅ましき強欲は、何を以て清算すればいい? しかし、我々か弱き仔羊に、何ができようか? 人は皆、大きな流れに沿って生きることしかできぬ、流浪の民だというのに……」


 オルノアは弱々しく口にすると身を屈ませる。

 それから耳を澄ませるように手を当て、傍らの少女の口許へと頭部を動かした。

 それから満面に喜色を浮かべて両腕を振るう。


「おお、おお! 聞こえた、聞こえたぞ! 我らが愛しの導き手ターリアは、愚かな迷える我らに啓示をくださった! この罪深き地に住む、か弱き者共の腕を折り、股を裂き、腸を引き摺り、眼窩を穿ち、鼻を抉り、一つ残らずに輪廻龍ウロボロス様の眠る《夢界リラール》に捧げるのだと! そうすることでのみ、黒き輝きはあるべきところへと戻される! これは試練である! 輪廻龍ウロボロス様が地へと降り、愚者なる《智神イム》の過ちを正す! 我らにその始まりの篝火を灯す力があるのか、それが今、《悪神マンラ》によって問われているのだから!」


 オルノアが大口を開け、獣の様に叫ぶ。


「罪人達が運命の天秤を押さえ付けて放さないというのならば、最後の選択を迫るのだ。その答えによっては、この地で千年前の《暗黒の時代》を再現する! 生ける者はすべて呪詛を吐く肉袋へと変えよ! 罪人の家畜豚ナークとして口を閉ざして生きる民にも、彼らと同じ罪が課されるのだから! 彼らが滅ぶのか、我らが滅ぶのか! 正義を証明するため、全ての火が尽きるまで終わらぬ聖戦を始めようではないか! 何よりも、愛しの導き手ターリアがそれを望んでいるのだから!」


 オルノアの演説に、教徒達が各々の魔導器を天井へと掲げる。

 オルノアはその様子を眺めながら、傍らに佇む少女、ターリアの頭を撫でていた。

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