第二十二話 《刃流し》の修練

 動きにとりあえずの合格をもらったところで、実際にエッダの魔導剣を《水浮月》で回避し、身体へと斬り掛かる練習を行うことにした。


「では……斬りかかるぞ。いいな?」


「あ、ああ。ただ、速度は大分落としてもらえると助かる……」


 ヒョードルはエッダの魔導剣はB級相応だと評価していた。

 実際、彼女は申告しているレベルよりも明らかに身体能力が高い。

 魔導剣の補正値によるところが大きいはずだ。


 おまけに速さを強化する《瞬絶》まで修得しているので、彼女が本気で掛かって来れば、正面からは捌きようがない。

 

 俺は腕を突き出す様に構える。

エッダは目で俺に合図をした後に、間合いを詰めながら腕へと斬りかかってくる。

俺は身体を引きながら腕で受ける様に突き出し、《水浮月》で透過させ、彼女の肩へと《魔喰剣ベルゼラ》の剣の腹を押し当てる。


「ほう、形にはなったか」


 エッダがニヤリと笑う。

 エッダの好意的な笑顔は珍しい。

 俺も釣られて笑みが漏れた。

 

「ありがとう、エッダ。わざわざこんなに時間取ってもらって悪……」


「では元の立ち位置に戻れ。動きの確認はこれでいいとして、速度を上げていくぞ」


「お、おう……」


 その後、しばらく連続でエッダと斬り合うことになった。

 ……エッダの動きが速すぎてタイミングが噛み合わずに剣の腹で腕をぶっ叩かれたり、身体の引きが甘かった際に胴体を剣の腹で打ちのめされたりしたが、こちらもどうにか「一応使えないこともないか」とエッダからお墨付きをもらうことができた。

 リ、リハビリくらいのつもりだったんだけどな……。

 正直、魔導剣で打たれたときは手首が折れたかと思った。


「動きが固いのと動作が白々しいのが致命的に気に掛かるところだが、まあこんなところか」


 俺は地面に座り込んでへたり込んでいたが、エッダは涼し気な顔をしていた。


「は、はい、エッダ先生……」


「先生は止めろ、気色悪い」


 そう言いつつも、僅かに頬を緩めていた。

 ……ちょっと喜んでいるじゃないか。

 顔を観察していると睨まれたので、俺はさっと目線を逸らした。


『のう、ディーン……叉焼豚ローストクラウ……』


 ベルゼビュートが俺へと声を掛けて来る。

 わかっている。わかってはいるが、市場に行くまでにもう少しだけ休ませてほしい。


「お前は基礎から駄目だな。訓練中や戦闘中に身体を休めるときには、全身の闘気を循環させろ。深く息を吸い、腹の下の闘骨に意識を向け、それ以外は何も考えるな。ただ、体内の流れを感じろ。それから息を整えていけ」


「わ、わかった……」


 試しにエッダに言われたとおりに息を吸い、闘骨に意識を向け、闘気が全身に流れるのを感じ取る。

 先程までは身体が重くてまるで動ける気がしなかったのだが、急に身体が軽くなっていくのを感じた。

 俺は息を整えながら、身体を起こして立ち上がった。


「おお……こんな方法があったのか」


「普通は自然に身につくものだと思っていたがな。まぁ、気休めに近いものだ。あまり妄信するなよ」


「うぐ……」


 ……言われてみれば、ヒョードルとの戦いなどでギリギリまで追い込まれていたときには、自然とそういった闘気の巡りへと意識を向けられていたように思う。

 ナルク部族に比べれば、街の冒険者見習い暮らしだった俺は外敵に追い込まれる機会も少ない。

 そのために彼女ほどには身に付かなかったのだろう。


『ディーン、ディーン! 市場! 市場! 家畜豚ナークの腹回り肉!』


 俺は《魔喰剣ベルゼラ》の柄を撫でる。

 ……はいはい、わかっているよ。


「今日は、本当にありがとうなエッダ! 凄くためになった。じゃあまた明日、ギルドの方で、だな」


 エッダへと手を振り、彼女に背を向けたとき、俺の後頭部のすぐ横を彼女の鞘付き魔導剣が貫いた。

 俺はぴたりと足を止めて振り返る。


「エ、エッダ、どうした?」


「まだ終わっていないだろうが。今のは、相手が腕のみを狙ってきた場面にしか使えない。もっとあらゆるケースを想定した動きを覚えねばなるまい」


 俺は空を見る。既に空は赤くなっていた。


「お、俺から頼んでおいて本当に悪いんだが、そろそろ時間が……」


「何を言っているお前は。そもそも肝心な《硬絶》による刃の受け流しも一切練習していないではないか。その透過の闘術も、もっと活かせる動きがいくらでもある。教えやすいものから教えただけだ。一通り動きを覚えれば、今度は戦闘中に覚えた動きが出せる様に、模擬戦を行う必要がある」


 エッダは俺の様子を見て、表情を曇らせた。


『ディ、ディーン、わかっておるであろうな? な?』


 ベルゼビュートが念押ししてくる。


「……そ、その、また今度っていうのは」


「早ければ明日にでも魔迷宮に向かうと、そう言っていたはずだが? 先日は不審な男に殺されかけたと聞いたが……本当に、今のそのままでいいんだな?」


 エッダは微妙に早口になっていた。

 駄目だ、明らかに不機嫌になっている。


「ま、お前がそれでいいと言うのあれば、別に私は構わない。さぞ大事な用事がこの後にあるらしいな」


「……こ、《硬絶》の練習だけ、もしよかったから、今日お願いしてもいいか、なんて」


 俺の口から、ついそんな言葉が出た。


「仕方あるまい。まさか、こんな時間まで付き合わされる羽目になるとは思っていなかったが、足を引っ張られては困るからな」


 エッダが満足気に口にする。

 ……さっきと言っていることが、ちょっと違わないか?

 どういう想定だったらこの時間になる前に、型から練習、模擬戦の全てが終わっていたんだ。


こいつ、人付き合いが苦手なのに鬼教官気質で、その上に教えたがりだったのか。


『……ディーン?』


「悪い、ベルゼビュート……その、極力すぐに上がれるように、頑張るから……」


 ……結局、特訓が終わってから、俺は市場に向かわず、貧民街へと向かっていた。


 どうにかなるのではないかと思っていたが、どうにもならなかった。

 正直、そんな気はしていた。

 ヒョードルは指で段差を作って巧みに受けた剣の軌道を操ることで、エッダの剣を素手で完全に捌き切っていたようだが……あんな芸当が一日やそこらでできるわけがない。


『だから言ったではないか! だから言ったではないかぁ! この馬鹿ディーン!』


「……悪い、いや、本当に悪い」


 俺は重い身体を引き摺り、ベルゼビュートへと謝りながら帰路へついていた。

 

「マニにも謝らないとな……」


 料理を作る際にはマニにも振る舞うことが常であった。

 今日も、出かける前に彼女へとそう伝えていたのだ。

 材料は家にないこともないのだが……《刃流し》に何度も失敗して腕を滅多打ちにされたので、今日はまともにものを持てそうにない。

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