第二十一話 エッダとの修行
「ほう、私に頼み事だと?」
「ああ、俺は対人戦闘の経験が少ないから……少し、修行を付けてほしいんだ」
《魔喰剣ベルゼラ》の《暴食の刃》は、問答無用で敵の特性や魔法、闘術を奪い取る強力な技だ。
相手の強みを奪い、そのまま自分の能力として操ることができる。
条件次第で容易にジャイアントキリングを引き起こせてしまう魔の力を秘めている。
だが、発動するためには、相手に大振りの一撃を入れる必要がある。
そのために《水浮月》で決定打を躱し、《硬絶》で防ぐことが重要となる。
他の魔法スキルも補助にはなるが、重要度が高いのは間違いなくこの二つだ。
拘束用
だが、今の俺では十分に近接戦を熟せているとは思えない。
ヒョードルやガザ、ブラッドの様な上位冒険者相応の魔導器使いを相手取るには、致命的に俺自身の戦闘技量が未熟すぎる。
……それに、土壇場の動きと勘だけで《水浮月》や《硬絶》を使わせられるのは、あまり生きた心地がしない。
どうすれば効果的に使えるのかが、俺にはまだ身についていない。
特に《水浮月》はオドの浪費が激しく、透過効果時間も不安定なので、今のままではあまり戦闘に用いたくないというのが現状だ。
訓練でもう少し闘術の感覚を掴んでおきたい。
まだ身体は本調子ではないので、リハビリがてらに、といった形にはなるが。
「模擬戦か」
「というよりは、訓練かな。頼めるか?」
「……フン、お前の剣は未熟すぎる。お前と斬り合いをするくらいならば、剣舞を行っている方がよほど修練になる」
エッダが軽く鼻で笑い、そう口にする。
……少しムッとしたが、しかし事実だ。
ヒョードルもエッダとの戦いにおいては、彼女の剣技に一目置いている様であった。
戦闘部族で幼少から剣技を叩き込まれてきたエッダと俺では、あまりに差が大きすぎる。
マニに頼んでもいいのだが、彼女は彼女で冒険者としてだけではなく鍛冶師の仕事もあるので忙しい。
レベルを上げられたので、ぽつぽつながらに客が入る様になったと、楽しそうに語っていた。
自由な時間はなるべく休ませてあげたかった。
……それに、マニの扱う魔導槌は打撃面積が多すぎるため、肝心な《水浮月》では対応できないのだ。
《水浮月》は大きくオドを疲労させるため、刃の通る一閃部分を液状化させて攻撃を回避することはできるが、巨大な魔導槌を完全に透過させることはほぼ不可能に近い。
できたとしても消耗が激しすぎて現実的ではない。
マニに魔導剣を持ってもらったこともあるのだが、慣れていないからか動きがぎこちなく、それに性格の問題なのか模擬戦ではあまり力を入れて剣は振れないようであった。
「フン、一人で剣を振っているから暇なのだろうと安易に思われたのでは心外だな。日々の鍛錬は私にとって大切な時間だ」
うぐ……ばっさりと断られてしまった。
思ったより辛辣だ。
ちょっとは仲が深まったかと思って、厚かましくなりすぎていたかもしれない。
「そっか、悪かったな。まぁ、とにかく、身体が大丈夫そうなのを確認できてよかったよ。じゃあまた明日、ギルドの方でな。探索先の魔迷宮を物色しよう」
俺は軽く手を上げて、エッダへと背を向けた。
「……待て」
「うぉっ!」
エッダが鞘ごと振るった魔導剣が、俺の後頭部のすぐ横を突いた。
「び、びっくりした、急に何するんだ」
「お、追い返したいのはやまやまだが、探索の脚を引っ張られても興醒めなのでな」
「えっと……手伝ってくれるのか?」
「そこまでお前がしつこく頼むならば、仕方あるまい。その……少しの間ならば、付き合ってやろう」
……そ、そこまでしつこかったか?
「……お前、とりあえず一回断っておかないと死ぬ病気なのか?」
「なんだ、不要だと?」
エッダが眉間に皺を寄せる。
「い、いえ、お願いします! ありがとうございます!」
本当に、良い奴ではあるんだけどな……。
部族外の人間にはなかなか馴染めないとよくぼやいているが、そういうところだぞ……。
俺がとにかく練習したかったのは、《水浮月》による透過タイミング、そして《硬絶》による《刃流し》であった。
《刃流し》はヒョードルの使っていた、《硬絶》を用いた技術である。
《硬絶》で硬化させた自身の手に相手の刃を伝わせて滑らせ、地面へと流す技である。
《刃流し》はあくまでも闘術ではなく武術であり、《イム》でも示される様なものではない。
ブラッドとの戦いでは成功したかに見えたが……腕の表皮を剥がされる羽目になった。
それも、相手が激昂しており、間合いが近かったからどうにかなっただけだ。
普通の攻撃だったならば強化した腕ごと叩き斬られていただろう。
人の気配はないが、闘術を使うので一応、もっと人目のつかないところ、廃墟の並ぶ裏通りへと移動した。
少し狭いが、ここならば安全だろう。
エッダに闘術について相談し、《水浮月》の練習用の動きを一つ考えてもらった。
剣を大きく横に構え、わざと腕を斬らせて《水浮月》で回避し、そのまま相手の首か腹を斬る、というものだった。
……確かにこれなら、格上相手でも《暴食の刃》を通せるかもしれない。
ナルク流剣術に合わせ、俺の闘術を考慮して考えてくれた動きらしく、この動きを戦闘で再現できれば大きな強みになるはずだ、ということだった。
エッダの前で《魔喰剣ベルゼラ》を振り、動き方、振りに細かく指示を受けた。
「剣の振り上げが高すぎる。隙だらけだ」
「あ、ああ、わかった」
「先端が上がり過ぎだ。それから、動きが遅すぎる」
「つ、次はもっと速くしてみる」
「ふざけているのか? 動きが滅茶苦茶だ」
嫌々と引き受けていた割には、エッダはやる気満々だった。
……この動きだけで、「とりあえず今日はこれでいいか」と言われるまでに、三時間以上掛かっていた。
いつの間にか今日だけではない前提となっていた。
『のう……ディーン、そろそろ市場……』
「ささっと買って帰れば大丈夫だから、な? な?」
俺はベルゼビュートを説得する。
エッダがせっかく乗り気になってくれているのだ。
これを逃す手はない。
『ぬう……妾の
ベルゼビュートが切なそうに念を漏らす。
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