第十九話 とある軍の庁舎にて(side:マルティ)

 ――リューズ王国軍・東地方ロマブルク支部。

 ディーン達の暮らす都市ロマブルクに設置されている庁舎であり、現在はマルティという魔導佐の男が最高責任者となっている。

 建物はこの都市内で最も高く八階建ての巨大建造物であり、軍の威容を誇示しているかのようであった。


「……とのことで、灰色教団の男は居合わせたC級冒険者が無事に討伐し、騒動は沈静化しました」


 最上階の八階にて、女魔導尉のプリアが、くすんだ金髪の、やや顎髭の濃い大柄の男へと、灰色教団騒動の報告を行っていた。

 彼こそがこの都市の最高責任者であるマルティ魔導佐である。


「それはわかった。他に、気になった点はあるかね? プリア魔導尉よ」


 マルティは膝元の薄紫の体毛を持つ猫獣ニャルムの顎を撫でながらも、プリアへと目を向ける。

 品のいい毛並みの猫獣ニャルムは、マルティの手に顎を擦りつける様にしながら、ぐっと身を伸ばし、「ニャア」と口から漏らす。


「……いえ、実際に確認していた部下から聞いた話は、そこまでです」


「そうか。ならばもう一度聞きただし、部下を使って目撃者からの噂を拾わせておけ」


「随分と慎重なのですね」


「あのデブ……おっと、カンヴィア魔導尉が、不審な冒険者を逃したばかりだからな。ヒョードルも孤児院をちらつかせて脅しを掛けたが、ついに最後までシラを切り通しやがった。あのとき地下で何があったのかは、結局わからず仕舞いというわけだ」


「ああ、例の件ですね……」


 プリアは目を細め、口許に薄い笑みを讃え、ここにいないカンヴィアを冷笑する。


「現場を押さえて捕らえたなんて得意気に言うから粗を突いてみれば、次から次へと出まかせが出て来やがる。何の役にも立たないなあの男は。癒しになるだけ、フィアーの方が役に立つというものだ」


 フィアーとは、彼の愛玩獣である猫獣ニャルムの名前である。


「挙句の果てに、出てきた言葉が、ヒョードルが悪魔との戦いで消耗していたと聞いた、居合わせた冒険者は現地で放置したから生死さえわからない、だったとはな」


 後にヒョードルに行った《イム》により、ヒョードルは冒険者ギルドに申請していた【Lv:37】を大きく上回る【Lv:42】であったことが発覚している。

 【Lv:40】超えからはB級の魔導器使いとして扱われ、都市ロマブルクに申請されている一般冒険者の中では一人もいない。

 魔導尉の中でも最上位クラスに当たるレベルである。

 そんなヒョードルが、たかだかC級悪魔一体のためにD級冒険者二人を仕留め損ねたなど、いくらなんでもあり得ない事態である。


「いやはや、笑わせてくれる。カンヴィア魔導尉は、軍人より道化の方がよっぽど出世できるんじゃないのか? 戦闘面と拷問術はまだ評価に値するが、肝心の頭の中身は空っぽだな」


「しかし、珍しいですね。カンヴィア魔導尉が、魔迷宮の奥地で弱った冒険者を見逃すなど……」


「俺が忠告したばかりだったのだ。随分派手にやっているらしいが、シルヴァス魔導将のスパイが混じっているかもしれんから、やり過ぎるなよ、とな。しかし、融通の利かない馬鹿だ。まるでガキの遣いではないか」


 マルティが心底呆れた様に口にする。

 彼の膝でフィアーが大きく口を開け、欠伸をした。


 魔導将は、リューズ王国を東西南北の四つに分けた、各地方の統括者である。

 シルヴァス魔導将は、都市ロマブルクを含んだリューズ王国の東部を国王より任されている。


 シルヴァスの直属の部下には、三魔官と呼ばれる三人がいる。

三魔官は統治する都市こそ持たないものの、魔導佐と同等の権限を有する名誉魔導佐の階級にあり、三人とも国内で上位十人に入る魔導器使いであると噂されている。


「して……都市ロマブルク周辺で続く、灰色教団への対応はどうなさいましょうか?」


「何も変更はない。今まで通り、可能な限り、冒険者ギルドで握りつぶさせろ。ただの野盗や便乗犯として処理させておけ。灰色教団について公表しろとしつこく騒ぐ奴が出て来るかもしれんが……そういった輩が出て来れば、無意味に不安を煽ったとして、牢にでもぶち込んでしまえ。灰色教団の狙いは、俺と交渉することだろう。ならば、我々は連中を可能な限り無視するだけだ」


「は、承知致しました」


「フフ……しかしまさか、S級の魔導器、《黒輝のトラペゾヘドロン》が俺の手に渡るとはな。これは、ただのカルト団体には過ぎた代物だ。扱い方さえ理解できれば、《夢界リラール》に追放された凶悪な悪魔共を、この世界に好きなだけ引っ張り出してくることができる。使い方次第では、あの耄碌爺を表舞台から消すことも難しくはないだろう」


「連中の動きは今後過激化することが予測されますが……」


「割を食うのは俺ではない、都市の住民共だ。そう躍起になることはなかろう」


「それは、そうなのですが……」


 プリアが言葉を濁す。

 階級上の人間に対して、しつこくあれこれと口出しすることは軍内ではタブーとなっている。

 思うところがあっても、あまり強く訊くことはできないのだ。


「連中がこちらに直接攻撃を仕掛けて来るのでは、か」


 マルティがにやりと笑いながら、プリアへと返す。


「え、あ……そ、そうなのですが、何か、お考えが?」


「そうだな、灰色教団はその内焦れて、大きな手に出て我々を強引に巻き込もうとするだろう。というか、それしか打てる手はあるまい。その被害によっては、俺の面子が潰されることになる。そうなれば、例の爺や他都市の魔導佐に、付け入る隙を与えることになるかもしれんな」


 マルティがふっと笑う。


「そうなったときは……そうだな、なぜか冒険者の中から、軍が動きづらい仕事を勝手に先行してくれて、責任を被ったまま姿を晦ます、そんな都合のいい人物が現れるかもしれないな。なぜだか俺は、そんな気がしてならない」


「さすがマルティ魔導佐様! 既に、手を打たれていたのですね」


 プリアも口角を上げ、顔に笑みを湛える。

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