第十七話 死力

「やってくれたな……やってくれたな、クソガキがああああぁっ!」


 ブラッドが血走った目で大鉈を大きく左に引いた。

 怒りで我を忘れているのか、かなりの大振りだ。


 やるしかない。

 奴の攻撃に合わせ、《水浮月》の液状透過で《暴食の刃》のカウンターを叩き込む。

 こちらの手札が減る前に《シャドウゲート》を奪う必要がある。

 

 《魔喰剣ベルゼラ》に魔力を走らせ、《暴食の刃》を準備する。

 発動間は刃が重くなり、どうしてもこちらも大振りになる。

 ここを逃し、《水浮月》を警戒されれば、一気に攻撃し辛くなってしまう。


「死ぬがいい! バラバラにしてくれる!」


 大鉈の横薙ぎの一撃が、俺の胴体を潜り抜ける。

 《水浮月》のタイミングを合わせられた。

 リーチの差で一瞬遅れ、《魔喰剣ベルゼラ》の刃がブラッドの肩を突き刺した。

 このまま斜め下に、一気に振り下ろす!


 冷たい、死の予感を覚えた。

 弧を描く様に放たれた大鉈は、横薙ぎに俺を斬った後、続けて素早く頭上へ振り上げられていた。

 避けられない。

 このまま《暴食の刃》を振り切っても、奴の大鉈が直後に俺を殺すだろう。


「ぐっ……!」


 俺は《魔喰剣ベルゼラ》から左手を放し、身体を庇う様に頭上へと掲げた。

 いや、ダメだ。このままだと、腕ごと叩き斬られるだけだ。

 俺は咄嗟に腕の角度を整え、《硬絶》で腕全体に闘気を巡らせる。


 大鉈は俺の腕の表面を滑り、地面へと落ちた。


 やってやった。

 ヒョードルがやった、《硬絶》の応用技、《刃流し》を再現できた。


「なんだと……?」


 ブラッドの顔が曇る。

 俺はそのまま右腕を振り抜き、ブラッドの胸部を斬りつけた。

 刃がブラッドのオドを探り、喰い千切ったのを感じる。

 これでブラッドは、《邪蝕闘気》に続いて《シャドウゲート》を失った。


 相手が激怒していて動きが大きかったため、どうにか対処することができた。

 安堵した瞬間、左腕に熱が走った。

 刃を《硬絶》でガードした面の腕の皮が大鉈に剥がされ、血塗れになっていた。


「う、うぐ……」


 空気に触れただけで、左腕全体が麻痺するかのような激痛が走る。

 涙が込み上げて来る。

 完全には往なせなかったのだ。


「また、我に何かしたな……!」


 腹部に鈍痛が走る。

 まともに腹を殴り抜かれた。


「ガハッ」


「我に、何をした! 何をした! 何をしたぁっ!」


 続けて拳、膝、剣の腹で、俺の身体中を打ちのめされた。

 《硬絶》でガードしたが、頭にも一発もらった。

 ブラッドは俺の肩を掴み、身体を持ち上げる。


「答えろ! 我に何をしたぁっ!」


 ブラッドは目を見開き、鼻を膨らませていた。


「教えるわけないだろ……馬鹿じゃないのか?」


 俺は精一杯の笑みを作り、ブラッドを挑発する。

 ブラッドが俺を持つのとは逆の手で大鉈を振り上げた。

 ……さすがに、ここまでかもしれない。


 だが、周囲の人達はもう、避難できているはずだ。

 この都市ロマブルクには軍も冒険者もいる。

 戦闘手段と逃走手段の要を失ったブラッドは、無事では済まないだろう。


「運がよかったぞクソガキ……我々を、輪廻龍ウロボロス様を侮辱して楽に死ねることを、幸運に思うがいい!」


 ブラッドは大鉈を俺へと振り下ろそうとしたが、途中で腕を止めて身を翻した。


「はぁっ!」


 マニが、《悪鬼の戦槌ガドラス》をブラッドへと振り下ろした。

 ブラッドは片腕で振るう大鉈でそれを防ぐ。


 マニの身体から僅かに赤い蒸気が昇っている。

 あれは、《悪鬼の戦槌ガドラス》の特性である《鬼闘気》だ。


「マ、マニ、なんで! 逃げてくれって……!」


「……無茶言わないでくれよ。僕達、親友だろう?」


 マニが引き攣った顔で、笑みを浮かべる。


「くだらんな」


 ブラッドが大鉈を突き出す。

 マニが悲鳴を上げ、彼女の小柄な身体が宙を舞った。


「マニッ!」


 俺が声を上げると、ブラッドは俺を見て薄く笑った。


「なるほど、あっちの女から殺した方が楽しめそうだ。どの道貴様のせいで、我々の計画も滅茶苦茶だ。羊共が、逃げてしまった。残りの猶予の時間、貴様とそこの女で楽しませてもらうぞ」


「お、お前……!」


 ブラッドは俺を地面へと叩きつけた。

 それでもどうにか《魔喰剣ベルゼラ》にしがみついていたが、ブラッドは俺の手許を見ると鼻で笑い、手首を勢いよく蹴り飛ばした。

 《魔喰剣ベルゼラ》が手許から離れる。


『ディッ、ディーン!』


 身体に力が、入らない。

 終わった。《魔喰剣ベルゼラ》がなければ……俺には、何もできない。

 ……本当に、そうなのか?


「そこで這いつくばって見ているがいい」


 ブラッドが俺に背を向ける。奴の目線の先では、弾き飛ばされて立ち上がったばかりのマニがいた。

 俺は歯を食い縛り、奴の脚へとしがみついた。


「行かせるか……!」


「邪魔だクソガキ!」


 ブラッドが足を激しく振る。

 俺は腕にありったけの《闘気》を巡らせて《硬絶》を使い、ブラッドの蹴りに耐える。


「しつこ……」


「俺を忘れてたのか? 悠長なことだな、トドメを刺さずにガキいびりとは」


 ブラッド越しに声が聞こえる。

 ブラッドは焦って俺を振り解こうとしたが、俺は奴の脚に爪を喰い込ませてしがみついた。


「《九界突き》!」


 ヘイダルが《予言する短剣ギャラルホルン》を振るい、ブラッドへと死角から正面へ回り込む様に素早い連撃を繰り出す。

 刃が、ブラッドの身体を深く刻んだのが目に見えた。


 ブラッドが俺の拘束を振り解き、ヘイダルから距離を置く。


「全部貫いてれば闘気が途絶えるんだが……直撃したのは、四つだけか」


 ヘイダルもかなりダメージを負っているらしく、ブラッドへと急いで間合いを詰め直さず、肩を上下させながら身体を休める。


「……悪いな、坊主。少し、意識を持っていかれていた」


「い、いえ……」


 ヘイダルは呼吸を整えると、またブラッドへと歩み寄っていく。


「お察しの通り、この剣はお前の動きを正確に教えてくれる。だからどうだ? そういうふうに、実践じゃ狙えねぇ細かい急所も突けるんだよ。まともに動けねぇだろ?」


 ブラッドがその場に膝を突く。


「この場は、退かせてもらおう……だが、必ずこの借りは返させてもらうぞ! 《シャドウゲート》!」


 魔法陣の光は、宙に浮かばなかった。


「な、なんだと……?」


 ヘイダルが《予言する短剣ギャラルホルン》を構え、ブラッドへと突進する。


「貴様か……貴様がやったのか! クソガキィ!」


 ブラッドが大口を開けて吠える。

 ヘイダルがブラッドの胸部へと、深く短剣の刃を突き刺した。


「こんな、こんな、はずでは……おお、おお! 司教様……申し訳ございません……」


 ブラットの口から血が溢れ出る。

 ぎょろりと剥かれた真っ赤な目は、ヘイダルではなく俺を睨んでいた。

 ブラッドが地面に崩れ落ち、オドの光が漏れ出していく。

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