第十六話 《邪蝕闘気》
ヘイダルはブラッドの大鉈を紙一重で避けながら間合いを詰め、《予言する短剣ギャラルホルン》で胸部を狙う。
ブラッドは身体を逸らして避けつつ、蹴り技で対抗する。
ヘイダルは跳んで回避し、離れ際に彼の足を斬りつける。
「…………」
「意気込んできた割には、大したことないな。こんなもんか?」
ヘイダルが頬を歪め、笑って見せた。
勝負はヘイダルが善戦しているように見えた。
だが、ブラッドはヘイダルの挑発を気に留めず、呆れた様に首を振った。
「底が見えたな。魔導器を介して戦闘の何らかの補助を行っているようだが……その分、オドを浪費させている。あまり長続きはせんと見えた」
ヘイダルの顔がやや歪む。
「《トリックドーブ》!」
俺はブラッドへ接近しながら、《トリックドーブ》の魔法を放った。
魔法陣から二羽の
「よくやったぞ坊主!」
ヘイダルが言いながら、何故か
「そんなことしたら、ヘイダルさんに火が……!」
ヘイダルは背に迫る死角の
「くらいやがれ!」
ブラッドへと、ヘイダルの短剣と、二羽の
ブラッドは爆風に乗る様に背後へと跳ぶ。
顔が焦げ、衣服が焼け落ちる。
胸には、ヘイダルの刻んだ痕が残っていた。
「……浅いな。坊主、悪い、しくじったわ。逃げとけ」
ヘイダルの頬に汗が落ちる。
「踏み込みが浅かったのではない。最初からそう来るとは気がついていた。その魔導器、未來視による戦闘支援の力があるのだろう?」
「……気が付いても、人前でバラすなよ。マナーがなってないんだな、灰色教団って奴は」
ヘイダルが膝を突き、手の甲で目を擦る。
僅かだが、手の甲に血がついていた。
「未來視……?」
『妾の《暴食の刃》の様な、あの魔導器の特性であろう。数秒先を見ることができるのだろうが……人の身でそんな力を何度も連続で使えば、負担はかなりのものであろうな。光を失ってもおかしくはない』
ベルゼビュートが解説してくれた。
……そうか、それでブラッドの動きを先回りできていたのか。
だが、この調子だと、この先何度も多用できる様には見えない。
「時間を掛けて殺してやってもいいのだが……今は、時間が惜しい。虫も増えた、これ以上は計画が狂う。軍共に我らの力を知られるのは不本意だが……全力で相手をしてやろう」
ブラッドはそう言い、大鉈で地面を叩いた。
地面が窪み、罅が入る。ブラッドはその姿勢で、更に身体全身に闘気を漲らせる。
彼の身体の筋力が、僅かに膨張する。
凄まじいプレッシャーだった。
俺はその場に立ち止まる。
俺はブラッドの背後を取り、彼へと《魔喰剣ベルゼラ》を向けて牽制する。
《イム》を使うべきか? いや、その隙を突いて動かれる可能性も高い。
ブラッドの身体から、黒い瘴気が昇り始める。
悪寒がした。
「死ぬ前に教えてやろう。《邪蝕闘気》、教団で長く修練を積んだ者の中でも、ほんの一握りのみが扱える闘気だ。これを身に着けた者は、我が教団内では司祭の位階を受ける。オドを急速にすり減らす代わりに、膨大な力を得ることができるのだ!」
ヘイダルは短剣を構えていたが、未來視で何かを見たらしく、顔を大きく引き攣らせ、地面を蹴って背後へ跳んだ。
次の瞬間、身体から瘴気を漏らすブラッドがヘイダルへと一瞬で間合いを詰めた。
さっきまでよりも、更に速い。
ヘイダルの《予言する短剣ギャラルホルン》による先読みが、まるで追いついていない。
ヘイダルは咄嗟に刃で受けてはいたが、衝撃に耐えきれずに手から《予言する短剣ギャラルホルン》が離れ、身体を地面に叩きつけられていた。
「ぐはっ!」
「ヘイダルさん!」
「これが我の、
ブラッドが俺を振り返る。
人前で使うのは避けたがったが、俺では対応できない。
「《プチデモルディ》!」
魔法陣が輝き、その中央を潜り抜け、華奢なベルゼビュートが姿を現す。
「そんな悪魔で受け止められると?」
振り降ろされた大鉈を、ベルゼビュートが両腕でがっしりと受け止める。
ベルゼビュートの手の肉が切れ、青い血が吹き出す。
首を横に倒し、肩で支えた。
「なんだと?」
ブラッドの顔に驚愕が浮かぶ。
「あまり長くは持たぬぞディーン!」
俺は距離を詰め、《暴食の刃》でブラッドの腹部を斬りつけた。
レベル差のせいか、深く刺さらない。
だが、奴の一番の脅威だった《邪蝕闘気》はこれで奪った。
ベルゼビュートが弾き飛ばされて姿を消す。
同時に、ブラッドが俺を振り返って蹴り飛ばした。
身体中に激痛が走る。だが、耐えきれないほどではなかった。
奴から漏れていた瘴気は既に薄れている。
ブラッドからはもう、《邪蝕闘気》は発されていない。
「何……?」
ブラッドが困惑した様に眉間に皺を寄せる。
俺の蹴った足に思ったより力が入らず、自身の身体から《邪蝕闘気》が薄れていくのを奇妙に感じたのだろう。
俺は息を荒げながら立ち上がる。
「……残念だったな、ブラッド」
司祭の位階だか、修練の証だか言っていたが、これでもう、奴は《邪蝕闘気》を扱えない。
身体能力を引き上げる厄介な闘術の様だったが、これさえなければブラッドの脅威は大きく下がる。
ブラッドの能面の様に無表情な顔に血管が浮かび、目が血走って赤くなる。
かなりの闘気が身体全身に込められているらしく、奴の歯が数本砕け、口許から血が垂れていた。
だが、それを気に留める様子もない。
やはり、《邪蝕闘気》はブラッドにとってよほど大切なものだったのだろう。
完全にキレている。
「この、外道がァアアァ!」
俺の前に、力任せに大鉈が振るわれた。
ブラッドが怒りでたまたま外されなければ、今の一撃で死んでいた。
目前にしてその恐ろしさがよくわかった。
《邪蝕闘気》がなくとも、とんでもないステータスだ。
空振りの隙を狙うつもりだったが、その間もなく、俺の腹部にブラッドの膝蹴りが突き刺さった。
内臓が絞られたかのような思いだった。
「がっ!」
「まだまだこんなものではないぞ、貴様には死さえも生温い! 貴様は、自分が何をやったのか理解しているかこのクソガキがぁぁあああああ!」
激痛と共に、自分の口から血が吹き出す。
簡単に両足が浮いた。
続けて拳が俺の脇腹を貫き、地面へと叩きつけられた。
「貴様は、貴様は、大罪を犯した!
意識が眩む。
レベルの差が大きすぎる。
相手の闘術がなくとも、正面から敵う相手じゃない。
ふと、ブラッドの初撃で殺された人の姿が、視界に映った。
こいつは、こんな奴は、絶対にここで止めないといけない。
もう少し耐えれば、いい加減軍が来るはずだ。
連中にだって面子がある。
そのために、俺がすべきことは……ブラッドの逃走手段を、断つことだ。
《シャドウゲート》は影に沈んでいる間に大きな隙ができるようだったので、目前の敵から離脱することはできない。
だが、軍が駆けつけて来れば、影に紛れて逃げるくらいのことはできるはずだ。
建物が並び、影の多いこの都市の中であんなものを使われたら、追いかけるのには相当手間が掛かるはずだ。
こいつは、逃がしてはいけない。
続けて《シャドウゲート》も取り上げる必要がある。
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