第十四話 小物
「いや、本当にいい身分なものだね、ディーン君。
ギルバードが俺を睨みながら言う。
「掠め取った、か」
俺はギルバードの顔を眺めながら、彼の言葉を繰り返す。
「……よくも、そんなことが言えたものですね。あのとき、ディーンが助けなければ、貴方は死んでいたのですよ? 恥ずかしくはないのですか?」
マニが眉間に皺を寄せ、ギルバードへと反論する。
懐かしい。
ギルバードに身代わりにされたのも、
あのときはギルバードに、礼は要らないから二度と前に出て来るなと言い放った覚えがある。
しかし、今となっては、そこまで苛立ちさえ覚えない。
俺はこんな小さい男を長らく意識していたのか。
「第一、貴方はあのとき、すぐに走って逃げて行ったではありませんか」
「……マニ、言わせておこう」
俺がマニへ言うと、ギルバードのこめかみが神経質に震えた。
「随分と言う様になったらしいな! なんだ? 私を馬鹿にしているのか!」
ふと俺は、ギルバードの魔導剣が、以前持っていた《幻惑の剣ヌーサ》ではないことに気が付いた。
《幻惑の剣ヌーサ》ではなく、以前から持っていた予備の魔導剣を腰に差している。
「お前……魔導剣」
「ああ、そうさ! 落としたのさ! あのときの帰路に、
ギルバードが吐き捨てる様に叫ぶ。
……そ、それは、素直に同情する。
魔導剣の質一つで安定して倒せる魔獣のレベルは大きく変わる。
自身のレベル上げとしても致命的だし、当然一回の探索で持ち帰ることができる成果も大きく左右する。
「あの《
……そうか、キャロルはギルバードよりまともな
それはよかった。
しかし、ギルバードが身勝手で傲慢な節があるのは知っていたが、それでもあんまりな言いがかりだとは思っていた。
どうやら冒険者活動があまり上手く行っていないらしい。
追い詰められれば追い詰められる程、自分が傷つかない外部にその理由を求めたくなるものだ。
俺も運び屋の間は毎日がぎりぎりで失敗と後悔、苦渋の連続だったため、その気持ちはよくわかる。
「あれもこれも! 全部! お前が、私の
「そうか、大変だろうけど頑張れよ」
俺はそれだけ言うと、マニへと目で合図を送り、先へと歩くことにした。
マニは納得いかなさそうな顔を浮かべてはいたが、俺に並んで歩き始めた。
ギルバードはその後、呆気に取られた様にぼうっと立っていたが、すぐに俺を追いかけて来た。
「ま、待てよ!
ギルバードが後を追いかけて来た。
「そうだ! その魔導剣を寄越せよ! それで手を打ってやる! 君にはそんな大層な魔導剣は相応しくない!」
『おぉん!? なぜ妾が、こんな奴に力を貸さねばならぬのだ!』
ベルゼビュートの憤慨する声が頭に響く。
……俺は【Lv:25】で、ギルバードのレベルが《幻惑の剣ヌーサ》を失った時点から変化していなければ、七つ上になるんだけどな。
「似合わないことをやっていると、いつか命を落とすことになるぞ! お前には運び屋がお似合いなんだよ!」
その捨て台詞を最後に、ギルバードが足を止めた。
元々、本気で俺が魔導剣を渡すとは思ってはいなかったのだろう。
「何やってるんだ、アイツ?」
「おい、降りて来い! そこは俺の店なんだよ!」
ギルバードを意識から外したとき、周囲に何やら妙な騒がしさがあることに気がついた。
周りの人達は皆、建物の屋根の方へと目を向けている。
目線を追って視線を上げたとき、俺は言葉を失った。
屋根の上に、黒い衣を纏う、浅黒い肌の男が立っていた。
男は、額から唇へと掛けて大きな傷跡があった。
背には、男の背丈ほどはある大きな鉈を背負っている。
俺の脳裏に、灰色教団のガザの姿が浮かんだ。
ガザとは違って無表情だったが、恰好や醸し出す雰囲気が奴に似ていた。
「ああ、あいつ、まさか……」
浮かんだ考えを、俺は必死に否定した。
灰色教団は、破綻した信仰を掲げる支離滅裂な殺戮集団だとは聞いたことはあるが、いくらなんでもあり得ない。
夕刻の人通りが多いところに単独で乗り込んでくるほど馬鹿ではないはずだ。
冗談ではない。
ガザ並みの腕の邪悪な魔導器使いが、都市の商店街に悪意を持って乗り込んでくるなど、悪夢でしかない。
そんなことは、あってはならないことだ。
「聞くがいい! 我が名は灰色教団のブラッド! 信仰なき、生きるに値せぬ虫けら共よ! 貴様らは我れらの主であられる
ブラッドと名乗る男は、灰色教団の一員であることを堂々と宣言した。
商店街のざわめきが強くなる。
「そして、それだけに飽き足らず、我ら灰色教団の教徒の一人、ガザを亡き者にした! 最早、この都市に住まう者全てが許し難き大罪人である! 我はこの場に虐殺を齎し、それを軍への警告とする!」
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