第十三話 グルメ・ロッガー

 俺は冒険者ギルドでマニと合流した後、二人で外に出て商店街を歩いていた。


 空はやや橙が差しており、夕暮れが近づきつつあった。

 商店街はこの時間帯が一番混雑する。


 俺が商店街を訪れた理由は、今晩の食事を調達するためである。

 いくらか家に食材は置いているものの、肉や魚をまともに保管する術は俺にはないため、その日その日に市場で調達するしかない。


凍氷石を用いれば数日持たせることもできるが、商人でもない俺がそんなものを使ってまで家に食材を置く理由はない。

わざわざ自分が食べる分だけの保管を行うのに凍氷石なんて使っていたら、お金なんていくらあっても足りるものではない。


「顔見知りの鍛冶屋に賢狼石コパルドを少し高値で買ってもらえてよかったよ。あれはまだ、僕には扱いが難しいしね」


 今回の《ロマブルク地下遺跡》の探索では、E級の闘骨が四つ、D級の闘骨が三つ、C級の闘骨が一つ、そして賢狼石コパルドが手に入っていた。

 マニの簡単な査定は三十五万テミス前後だろうという話だったのだが、彼女の伝手もあって四十万テミスで捌くことができたらしい。

 三人で割っても、一人頭十三万テミスもある。


「今回の探索で【Lv:12】から【Lv:15】まで一気に上がったから、できることもちょっと増えて来たみたいなんだ。魔力不足で補助の錬成魔法アルケミーを併用して補っていた作業が、簡単に終わる様になってさ」


 マニが嬉しそうに言う。

 少し前までマニは【Lv:7】だったのだから、そのときから比べれば魔力量は倍か、それ以上は変わってきているはずだ。


 【Lv:15】は、十分街で通用する鍛冶師としてやっていけるレベルである。

 【Lv:20】になれば街での有名鍛冶師の仲間入りできる範囲であり、【Lv:25】になれば、軍お抱えの鍛冶師を除けばこの街の中ではトップに入れるレベルだ。

 このペースでレベル上げを続けていくことができれば、マニなら到達することは難しくないだろう。

 攻撃性能に特化した《悪鬼の戦槌ガドラス》があれば、【Lv:20】台でのレベル上げも不可能ではないはずだ。


「……《魔喰剣ベルゼラ》を打ってもらったところで悪いんだけど、俺もその内、新しい魔導剣を打ってもらうことになるかもしれない」


 俺が呟くと、マニより先にベルゼビュートが反応した。


『んなぁっ!? ディッ、ディーン! まさか、そなた、この妾を売り飛ばすつもりであるかぁ!?』


 頭にがつんと思念が響き、俺は額を押さえる。


「ち、違う! 魔核を取り出して、別の闘骨と鉱石で打ち直してもらおうと思ったんだよ!」


 《魔喰剣ベルゼラ》は推定A級以上のベルゼビュートの魔核を用いてはいるものの、黒鉄クロガネ牙狼ファングの闘骨はD級相応の素材であり、結果としてD級の魔導剣となっている。


 だが、今回の賢狼石コパルドの採掘の成功により、俺とエッダが組めば、C級の高価な鉱石と闘骨を集めることも不可能ではないということがわかった。

 お金が溜まり、マニのレベルが上がって扱える鉱石が増えれば、魔導剣の素材狙いで鉱石と闘骨の採取に掛かり、C級の魔導剣を作ってもらいたいのだ。


 俺は商店街で食材を買って回った。

 軽口は叩くときもあるが、ベルゼビュートには俺も感謝している。

 ベルゼビュートには楽しみが他にないのだから、食事くらいはしっかりとしたものを作ってやろう。

 今回の探索では、俺の取り分が十三万テミスほどあるのだから。


 商店街で、普段は入らない様な高級食材店である《竜の舌鼓》に入った。

 ここは冒険者ギルドから冒険者の戦利品である珍味や美味を購入し、料理人や、商会の幹部、階級の高い軍人なんかを対象に販売している店である。


 ……一般冒険者と鍛冶師の俺とマニでは、少し浮いていたかもしれない。

 血の汚れが染み込んだ様な服を着ているのは俺だけだった。

 仕方のないことなのだが、他の客や店員から少し不躾な眼で見られていた。

 早めにここを出よう。

 

 店内で魔蝦蟇ロッガーの高級種である美食魔蝦蟇グルメ・ロッガーを見つけたので、今回はこれを使ってみることにした。

 俺もずっと昔から一度食べてみたいと思っていた食材なのだ。

 滅多に売り出されるものでもないので、たまたま見つけることができたのは本当に幸運だった。


 魔蝦蟇ロッガーは魔迷宮内でも沼や泉に出没する魔獣であり、人間の子供程の全長を持つ。

 ぬめりけのある体表に、ぎょろりとした目玉、水かきのついた細い手足なんかが特徴として上がる。


 美食魔蝦蟇グルメ・ロッガーはC級魔獣であり、捕らえた魔獣の闘骨周辺の肉しか食さない性質をもつのだという。

 おまけに餌を選り好みし、F級、E級の魔獣には目もくれないため、ついた名称が美食魔蝦蟇グルメ・ロッガーなのだとか。

 無論俺は食べた機会などないのだが、美食魔蝦蟇グルメ・ロッガーの肉自体も蕩ける様な甘味と濃厚な旨味があり、濃い味付けをするのはあり得ないとまで聞いたことがある。


 美食魔蝦蟇グルメ・ロッガーの腹の部位が、二人分一纏めで一万二千テミスだった。

 昔なら絶対に手が出なかった値段だ。

 ……ベルゼビュートの食欲を考えれば、六人分でちょうどいいか、少し甘いくらいか。

 

「すいません、美食魔蝦蟇グルメ・ロッガーを、千二百ラングお願いします」


「はあ……美食魔蝦蟇グルメ・ロッガーですね。失礼かもしれませんが、そこの値段が読めますか?」


 ただの冷やかしだと思われていたのか、店員は邪魔そうな目で俺を見ていたのだが、金銭を出すとすぐにぺこぺこと頭を下げながら対応してくれた。


「と、あ、いえいえ! 申し訳ございません! すぐに用意致しますので!」


 俺は布に包んだ美食魔蝦蟇グルメ・ロッガーの肉塊を三つ受け取った。


「今後とも、御贔屓によろしくお願い致します」


 店員の言葉に小さく頭を下げ、《竜の舌鼓》から出た。


 ……ちょっと小金のできた冒険者が来るくらい珍しくないと思うのだが、嫌に変わり身が速かった。

 いや、たまたま金ができた冒険者がわざわざ高級食材を買いに来るケースはあまりないのかもしれない。

 料理が食べたければ、飲食店に行けばいいだけなのだから。

 店員の勘かはわからないが、安定して稼げる目途の立っている出世頭であり、軍人候補の冒険者だと思われたのかもしれない。

 ちょっと気恥ずかしさがある。


『うむ、うむ! よくでかしたぞ、ディーン!』


 ベルゼビュートの弾む声が、俺の頭の中に響く。

 喜んでもらえたようで何よりだ。


「なかなか奮発したね」


「ちょっと後悔してるかもしれない」


 俺はマニへと苦笑いで返した。


「驚いたよ。まさか《竜の舌鼓》から出て来る小汚い奴らがいると思ったら、君だったのか。なかなか景気がいいようだね、ディーン君」


 聞き覚えのある声に、俺は顔を前へと戻す。

 目立つ羽帽子に、派手なマントが真っ先に目に付く。


「……なんだ、ギルバードか」


 ギルバードは眉間に皺を寄せ、俺を睨んでいた。


 ……最後に見たのはそこまで前ではなかったのだが、何故だろうか。

 以前見たときよりも、ギルバードがずっと小さくなった様に思えた。

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