第十二話 後始末

 ガザをどうにか殺し返した後、マニが荷物から塗り薬と包帯を取り出し、エッダの腹部の傷の応急処置を行った。


「……よかった。決して浅い怪我とは言えないけれど、想定していたより深くはなかったようだ。すぐに、魔迷宮の外に向かおう」


 それを聞いて、俺は心から安堵した。


 エッダはガザの攻撃を受けた際に、最後まで魔導剣を手放さなかった。

 魔導剣は装備した者の魔力と闘気に大きな補正を与える。

 高位魔導剣の持ち主であるエッダだからこそ、闘気の身体強化効果で致命打を免れることができたのだろう。

 俺が無防備にガザの一撃を受ければ間違いなく殺されていたはずだ。


 並べられた死体の前に座り、俺は目を瞑り、手を合わせて祈る。

 二人は中年の冒険者だったが……内一人は、マニや俺と同じくらいの歳の青年だった。

殺されていた三人の冒険者とガザの魔導器を集め、地図の場所に印を付けた。


 魔導器は、ガザの両頭鎌を含めて冒険者ギルドに引き渡す必要がある。

 どうせ調査の名目で軍に持っていかれ、彼らの資金や備品にされてしまうのだろうが、こんなことで軍に逆らっても俺達に何の得もない。


 それに、冒険者ギルドにガザのことを報告しないわけにもいかないし、殺されていた冒険者について黙っているわけにはいかない。

 それらの報告を上げれば、どうしても真っ先に、最も高価な魔導器に焦点が当たる。

 黙って解体して裏の店で捌いても今回のケースであればボロが出るだろうし、それに今は、そんな気にもなれなかった。


「エッダさんは僕が背負おう。荷物は、ディーンに任せてもいいかな?」


 俺は無言で頷いた。

 これくらいの荷物ならば、背負ったままでもD級程度の魔獣ならば倒すことができる。


こうして俺達は、無事に三人揃って《ロマブルク地下遺跡》を脱することができた。

 最寄りの村で一日休み、都市ロマブルクへと戻った。


 俺は冒険者ギルドにガザと灰色教団に関する報告を入れ、ガザと冒険者達の四つの魔導器を引き渡した。

 受付嬢は半信半疑だったが、俺がガザの魔導器である《禁忌の双頭鎌ラミズ》を引き渡すと、流石に信じたようだった。


 《禁忌の双頭鎌ラミズ》は、C級の中でもかなり上位の魔導器だ。

 これだけの質の魔導器を持っているのは、冒険者の中でもかなり希少なのだ。

 都市ロマブルクでトップレベルの冒険者であるヒョードルでさえ、表で使っていたのはC級上位の魔導器である《風読みの槍ヘイル》だったくらいだ。


 ことがことなので、別室で職員から書類作成のための聞き取りを受けることになった。

 文字が書けない冒険者が多いため、この形式で行われることが多いのだ。

 俺はマニから本格的に教わっていた時期もあり、冒険者の中ではかなり読み書きのできる方に入っているという自負はあるが……それでも、俺も書く方にはあまり自信がない。


 俺やエッダの魔導器について話すわけにはいかないので、戦闘面に関してはガザが既に手負いであったために辛勝できた、と伝えておいた。

 職員の人は、灰色教団が単身ではない可能性を考慮し、軍に話を通した後に広知することになると言っていた。


 聞き取りから解放されてからは、休憩用の机で少し考えごとをしていた。


 手にはまだ、あの白髪の狂信者女を刺した嫌な感触が残っていた。

 ……本気で殺し合いをしたのはヒョードルを合わせて二回目で、本当に殺したのはこれが初めてだった。

 冒険者として生きるためには、こういった機会はこれからも避けては通れないだろう。


『初めてであったか。少し堪えたか、ディーン?』


 ベルゼビュートが声を掛けて来る。

 俺は周囲を窺ってから、ベルゼビュートへと答える。


「……いや、割り切っていたことだ。それに、運び屋の時分も、自分を雇った冒険者が盗賊を殺すところは何度か目にしたことがあった」


 ヒョードルと《魔の洞穴》に潜った際にも、彼が|三頭獄犬の牙《ケルベロス・ファング》を殺し返したところを目の前にしていた。


「……それより、殺されていた三人の冒険者の方が、ショックだった。マニや俺と、同じくらいの奴もいたんだ」


 ガザは強敵だった。

 戦いの中で何かが違えばエッダはあのまま死んでいただろうし、俺が負けてマニまで殺されていたかもしれない。

 俺のオドも限界が近かった。


「俺ももっと、強くならないとな」


『ニンゲンにしては劇的な速度で成長しているとは思うがの? 充分ではないのか、今でも。食って困らぬ分は稼げておるのだから』


 ガザとぶつかってわかった。

 それだけでは足りないのだ。

 ある日突然の不運で全てを失う可能性がある。


 俺はマニと貧民街を出て、生活に不自由しない暮らしがしたいという想いがあった。

 これはきっとベルゼビュートの言う様に、今の稼ぎを続けていけばいつかは叶う夢だろう。


 だが、もう一つ、幼少からの夢であり、運び屋の間に半ば諦めていた想いがある。

 俺の母親は魔迷宮から溢れた魔獣に襲われ、父親は魔迷宮内の災厄に巻き込まれて行方不明になり、救出依頼を出す金銭があるはずもなく、そのまましばらくが経過して死体で発見された。

 どちらも軍の動きは遅く、助けてくれる冒険者もいなかった。


 英雄譚の様な冒険者はいないのだと実感させられたが、だからこそ困っている人間のために無償で剣を振れる様な冒険者になりたいと、そう願った。

 運び屋の間にたっぷりと現実を思い知り、諦めかけていた。


「……《魔喰剣ベルゼラ》を使っていて、思っていたことがあるんだ。こんな凄い力があるんだから、剣聖ザリオスみたいに世界を救うなんてことは言わなくとも、せめて俺の目や手が届く範囲の中くらいの不幸は取り除けたらなってさ」


『ほう、随分と熱く語るのだの』


 ベルゼビュートが茶化す様に言う。


「わかっているよ、青臭い考えだってのは。……それに、俺にはまだ、実力がまるで追いついていない」


『そうではなくて、そなた、人の目を忘れておるであろう』


「…………」


 俺はゆっくりと周囲を見る。

 可哀想な目で俺を見る数人と目が合い、さっと顔を伏せた。

 顔が赤くなるのを感じた。


「……気が付いてたなら、教えてくれ」


『格好良かったぞ、ディーン。せめて俺の目や手が届く範囲の中くらいの不幸は取り除けたらなってさ、であったか?』


 微妙に俺の声色を真似ながら、気取った様にベルゼビュートが言う。

 い、いい性格をしている。久々にベルゼビュートが悪魔であることを思い出した。


「……しばらく食事は、乾燥黒パンと雑苦草ウィドと、貧民芋ポアットを主体にしようかな」


『な、なんであるかそのあからさまな名の食材は!? ちょっ、ちょっとした戯れではないか! の、のうディーン、冗談であるよな? な?』


 雑苦草ウィドはそこいらに生えている草の一種であり、栄養価は草の中ではまぁ高いと言えないこともないのだが、とにかく苦くてまずい上に、動物の糞の様な匂いがする。

 貧民芋ポアットは栄養価が薄く、土臭く大味ではあるが、虫や気候の変化に強く、大きくなりやすい貧民の味方の芋である。


 ……どちらも無論好きではないが、少し前まで俺がもっとも多く食していたものである。

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