第十一話 《クリシフィクス》

「【Lv:34】! 《剛絶》、《瞬絶》持ちだ! 魔法潰しの異掟魔法ルールに、拘束の造霊魔法トゥルパまで持っている!」


 俺は大声を発し、エッダと情報を共有する。

 冒険者として一流クラスだ。特に、能力の構成バランスがかなりいい。


 俺は諦めて《プチデモルディ》の効果を打ち切り、ベルゼビュートを消した。


『むぅ、まだ戦えたのだがの……』


 できればこのままガザへと攻撃する手助けをしてほしかったが、ガザへベルゼビュートを嗾ければ間違いなく《マジックキャンセル》で消されるだろう。

 そうなれば、魔力消耗が激しいのは実力不相応な悪魔を操っている俺の方だ。

 《マジックキャンセル》も上位の異掟魔法ルールなので、相応には魔力を消耗するだろうが……。


 エッダの魔導剣と、ガザの《禁忌の双頭鎌ラミズ》の刃が交差する。

 ガザは双頭鎌の上下を入れ替えて回しながら激しい連撃を放つが、エッダも持ち前の速度を活かして捌いていく。

 だが、圧されつつあるのはエッダの方だった。


「ああ、あなた、随分と速いのですね。まさか、私の双頭鎌を防ぎきるなんて」


 ガザが楽し気に笑い、口端を大きく吊り上げる。


「お前の相手は、エッダだけじゃないぞ!」


「邪魔を、しないでいただけますか?」


 ガザはエッダの魔導剣を《禁忌の双頭鎌ラミズ》の柄を押し出して受けて防ぎ、俺へは《剛絶》で強化された手刀を放ってきた。


「がっ!」


 ガザの手刀は、俺の《魔喰剣ベルゼラ》の刃を潜り、柄を支える俺の手を打った。

速さが、まるで足りない。

レベルや経験の壁もあるのだろうが、《魔喰剣ベルゼラ》がD級の魔導器であるため、このクラスの相手と戦うには肉体面の補正値の低さが致命的だ。


 俺は《魔喰剣ベルゼラ》を放さない様、強く握り直す。


「アハァ!」


 ガザは続けてエッダへ双頭鎌を振るいながら、俺の顔面へと蹴りを入れた。

 俺は軽々と弾き飛ばされ、肩から地面へと落ちた。


「う、うぐ……」


 頭を押さえながら立ち上がる。

 脳に嫌な振動が入った。

 咄嗟に《硬絶》でガードしなければ、今の一撃でかなり危なかったかもしれない。


 ガザが双頭鎌の上下を利用した連撃を、エッダの足を刈る様に放つ。

 エッダは宙へ逃れるが、ガザはそこへ双頭鎌の柄を押し付ける様に大きく伸ばした。

 エッダはそれを刃で受け止め、体勢を崩される前に弾いて受け流し、自身の身体を更に宙へと押し上げる。


 ガザの顔に、嫌な笑みがあった。

 罠だ。


「ああ、捕まえましたわ、《クリシフィクス》!」


 宙にいるエッダの背後に、全身に瞳が描かれた不気味な十字架が浮かび上がる。

 拘束用の造霊魔法トゥルパだ。


「チッ!」


 エッダは十字架を蹴り飛ばし、逃れようとする。

 しかし、十字架の至るところから垂れている錆びた鎖がエッダの四肢に絡みつき、彼女を引き戻して拘束した。


「ああ、私は、このときが一番好きなのです。今は、どんなお気持ちでしょうか? 敵の前で無防備に大手を広げるしかないのは、怖いですか? 怖いですよねぇ?」


 ガザが興奮する様に目を見開き、唾を飛ばして早口で言い、大きく《禁忌の双頭鎌ラミズ》を振り上げた。


「《トリックドープ》!」


 俺は立ち上がりざまに、ガザへと二体の霊獣鳩トゥルパ・ドーブを放つ。

 どうせ《マジックキャンセル》で掻き消されるだろうが、一瞬の時間稼ぎにはなる。


「アハ、アハハハハハァ! ああ、ああ、さいっこうの気分!」


 ガザは霊獣鳩トゥルパ・ドーブを無視し、エッダの腹部へと双頭鎌の刃を振り下ろした。


「あがぁっ!」


「エッダァ!」


 霊獣鳩トゥルパ・ドーブが、ガザの肩と足許に一発ずつ着弾する。

 炎を上げて爆ぜ、彼女の身体を焼く。


「ほら、ほらほら、もう一振り! もう一振り!」


 ガザは自身の身体が焼かれながらも、それでもなお二振り目の刃を振るうことを止めない。

 二振り目の刃が、容赦なくエッダの腹部を抉った。


「この、クソヤロウが!」


 《魔喰剣ベルゼラ》を振るうが、悠々と《禁忌の双頭鎌ラミズ》の刃に弾かれた。


「後は……あなただけですね」


 エッダを拘束していた磔が消え、彼女の身体が地面へと落とされる。

 息は辛うじてある。だが、とても動ける状態だとは思えない。

 魔導剣を握る指にも、最早ほとんど力が入っていない。


「《マジックキャンセル》」


 俺の魔導剣を受けながら、ガザは魔法を発動する。

 魔法陣が展開される。青い光の波が発され、ガザの肩を燃やしていた《トリックドープ》の炎を消失させた。

 顔の右半分に焼け爛れた痕ができていたが、ガザはそれを気に留める様子もない。


 《魔喰剣ベルゼラ》と《禁忌の双頭鎌ラミズ》の刃が、続けて二度打ち合う。


「あれあれ、どうしましたか? そんな間合いでは、とてもとても、私には届きませんよ?」


 ……ガザの言う通り、魔導器の刃が触れ合う程度の間合いであった。

 速さが違い過ぎて、これ以上前に出れば間違いなく殺される。

 《水浮月》で一撃を凌いでも、双頭鎌を用いた連撃がくれば対処しきれない。

 攻め入るには、何か、決定的な相手の隙が必要だった。


「はぁ……このお遊びはもう、終わりにしましょうか。あなたの剣は退屈すぎます。次は、悲鳴を味わわせていただきましょう」


 ガザが舌を伸ばし、自身の唇を舐める。


「ああ! 邪魔が入らないので、ゆっくりと楽しめそうですねぇ! 《クリシフィクス》!」


 来た、拘束用の造霊魔法トゥルパだ。

 随分と気に入っていたようだったので、確実に当てられると相手が踏んだタイミングでまた使って来るのではないかと考えていた。

 賭けに、勝った。


「クソッ!」


 俺は横へ身体を逃がそうとするが、伸びた鎖が俺の身体を拘束し、すぐに引き戻した。


「生きたまま心臓を抜くのが、輪廻龍ウロボロス様への最高の生贄になるのです。もう一人いらっしゃいましたので、あまり時間を掛けられないのが残念ですが……!」


 ガザがゆっくりと《禁忌の双頭鎌ラミズ》を構える。

 俺は《魔喰剣ベルザラ》に魔力を込め、ガザを睨む。


 勝負は一瞬だ。

 一撃不意を突いても、レベル上のガザの生命力を削り切れるかは怪しい。

 いや、ヒョードルよりはレベルも低いし、彼の様に《硬絶》もない。

 やれるかどうかじゃない、ここで決めるしかない。


「さぁ! 活きのいい悲鳴を期待しておりますよ!」


 ガザが双頭鎌を大きく振り上げる。

 俺は《水浮月》で鎖の拘束から逃れ、《魔喰剣ベルゼラ》を両手で逆手持ちに構え、彼女の胸部へと力いっぱい抉る様に体重を込めて斬りつけた。


「あ、ああ、ああ、何を……!」


「《クリシフィクス》!」


 暴食の刃で奪った、奴の魔法を続け様に放つ。

 現れた磔が、ガザの四肢を拘束した。


「マジックキャンセ……」


 ガザの手首へと《魔喰剣ベルゼラ》の刃を突き立てる。

 手首の肉が半分裂けて骨が露出し、ガザの手から《禁忌の双頭鎌ラミズ》が放される。


 これで、肉体から魔導器の補正値が消えた。

 続けてガザの下腹部へ魔導剣の刃を突き立てた。

 肉を裂き、刃が沈む。

 嫌な感触だ。

 闘骨が砕ければ、あらゆる動物は完全に闘気を失う。


「あ、ああ、ああああ……命が、失われ、ああ……せっかく、《夢界リラール》に深く干渉できる魔導器が、見つかったのに……。ああ、痛い、痛い、冷たい……」


「人の痛みが……少しは、わかったか?」


「ああ、気持ちい、いいい……」


 がくりと、ガザの首が前に倒れた。

 彼女の身体からオドの輝きが漏れ出し、俺とエッダへと流れて来る。

 俺は剣を抜き、その場に片膝を突いた。


「……狂人め」

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