第十話 狂信者ガザ

 ガザが双頭鎌を振り回しながら、俺達へと走ってくる。

 もう、今からは逃げられない。

 無策で逃げれば間違いなく、レベルの一番低いマニが殺されてしまう。


 逃げる振りをしてどこかで迎撃するという手はあるが、魔獣と鉢合わせすれば泥沼に陥る危険性が高く、事前にそういった打ち合わせもしていないので土壇場で成功するとは思えない。


「ああ、ああ……これでは、また輪廻龍ウロボロス様に捧げる生贄が三つ、増えてしまいます。彼らの不運と、私の信仰深さをお許しください」


 ガザの振り乱す双頭鎌の描く円軌道が輝きを帯びる。

 斬撃が実態を伴って俺達へと放たれた。

 白く輝く輪状の斬撃が、俺とエッダの間を潜り、魔迷宮内の壁へと衝突して轟音を上げた。


「い、今の……《斬撃波》か?」


 思わず尻目に背後を見れば、壁がくっきりと輪状に深く抉れている。

 このリーチと素早さで、直接攻撃並みの威力があるのは最早反則だ。


 《斬撃波》は、魔導器の刃に込めた闘気を放つ闘術である。

 宙に飛ばした闘気を維持することは難しく、闘術を主体に戦う冒険者でも《斬撃波》を身に着けていることは珍しい。


 俺もこれまで《斬撃波》を直接目にしたことはなかったが、斬撃が宙を移動する速度が速く、それでいてかなりの破壊力を伴っている。

 そう何度も易々と避けられるものではない上に、俺が一撃でも受ければ立ち上がることは難しいだろう。


「中距離持ちだ! マニは曲がり角まで逃げろ!」


「……う、うん。二人共、絶対に死なないで」


 マニは口惜しそうに視線を地面へと向け、来た通路を走って戻っていった。

 マニも本当ならば俺達と戦いたかっただろう。

 だが、この場にマニが残っていても、足手纏いにしかならない。


 あの《斬撃波》は危険過ぎる。

 異掟魔法ルール持ちだから感知術師寄りだろうと思っていたが、本分は完全に戦闘型だ。


「なんでこんな奴が、都市ロマブルク周辺に……」


 ふと、《黒光のトラペゾヘドロン》のことが脳裏を掠めた。

 あれはつい最近、《ロマブルク地下遺跡》にて出土したものだと聞いた。

 ……まさか、灰色教団の教徒が都市ロマブルク周辺に姿を見せたのは、あの《黒光のトラペゾヘドロン》が関係しているのではなかろうか。

 元々ロマブルク地下遺跡輪廻龍ウロボロスの所縁の地であり、《黒光のトラペゾヘドロン》自体が輪廻龍ウロボロス関連の魔導器であるという可能性は大いに高い。


「……やっぱり、ここに来るのを止めておけばよかった」


 冒険者ギルドで怪しげな背の高い男と話していたとき、一度ロマブルク地下遺跡は避けるべきかと自分で口にしたのを思い出した。

 あのときは男に否定されて自分も気にしすぎかと思い直してしまったのだが、やはり妙なことが起こって間もないところには、下手に近づくべきではなかった。


「ああ、心臓は生きたまま輪廻龍ウロボロス様に捧げたかったのですが、仕方ありませんね。もしもあなた方に時間を取られ、《サーチ》の範囲外まで逃げ回られては少し困ります。ああ、何故、輪廻龍ウロボロス様の贄となれることに、喜びを見出すことができないのですか?」


 ガザが狂気的な笑みを浮かべ、勢いよく双頭鎌を振り回す。

 いくつもの輪状の《斬撃波》が生まれ、俺達へと襲い掛かってくる。


「死んでくださぁい」


「う、嘘だろ……!」


 範囲が広い上に、速すぎる。

 エッダの《瞬絶》なら回避できるだろうが、俺のレベルと《魔喰剣ベルゼラ》の補正値程度では対処不可能だ。


「ディーン!」


 エッダが俺へと身体を向ける。

 ヒョードル戦では一度、彼女に蹴り飛ばして助けてもらったことがある。

 しかし、今同じことをすれば、さすがにエッダが回避しきれなくなる。


「お、俺は俺でどうにかする!」


 エッダは心配げに目を細めたが、身体を翻して大きく斜め前方へと跳び、《斬撃波》の射程から逃れつつガザへと距離を詰めていく。


「《プチデモルディ》!」


 俺は《魔喰剣ベルゼラ》を振るって魔法陣を浮かべる。

 浮かんだ魔法陣の中央を潜るようにしてベルゼビュートが姿を現す。


「ぐぅっ、まさかこの妾が肉盾をやることになるとはの。ええい! ことが済んだら、たらふく喰わせてもらうからの!」


「わ、悪い……」


 ベルゼビュートが身体を張って《斬撃波》を止める。


「うぐぅっ!」


 ベルゼビュートの背に張り付いて逃れつつ、《魔喰剣ベルゼラ》をガザへと向ける。


「《イム》!」


 魔法光がガザへと飛ぶ。

 丁度そのとき、《斬撃波》を回り込んで本体へと接近したエッダが、ガザへと斬りかかったところであった。


「……ああ、仕方がありませんね」


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

《ガザ・ギャリア》

種族:《純人族レグマン

状態:《通常》

Lv:34

VIT(頑丈):85+24

ATK(攻撃):90+34

MAG(魔力):85+34

AGI(俊敏):77+30


魔導器:

《禁忌の双頭鎌ラミズ[C]》


称号:

《中級鎌使い[C]》《闇の使い手[B]》

異掟魔法ルール・高位[B]》《造霊魔法(トゥルパ)・中位[C]》


特性:

《智神の加護[--]》


魔法:

《イム[--]》《サーチ[D]》《シーカー[C]》

《マジックキャンセル[B]》《クリシフィクス[C]》


闘術:

《剛絶・中[C]》《瞬絶・中[C]》

《瞑想[C]》《斬撃波[C]》

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……やはり、かなり高レベルの魔導器使いだ。

 狼鬼コボルトと二つ差ではあるのだが、やはり魔導器による補正が大きく多彩な分、人間の方が遥かに厄介だ。


 それに《剛絶》と《瞬絶》の有無は大きい。

 《剛絶》は闘気によって速度を強化する《瞬絶》と同系列のものであり、闘気によって膂力を強化する闘術だ。

 これでは単純な近接戦では、ガザと同レベル台の冒険者であっても勝つことは難しい。


【《クリシフィクス[C]》:造霊魔法トゥルパに属する。対象の動きを封じる磔を造り出す。】

【《マジックキャンセル[B]》:異掟魔法ルールに属する。魔力を乱す魔法波を放ち、C級以下の魔法を無効にする。】


「ぐっ……!」


 一流の感知術師で《斬撃波》持ちどころか《剛絶》と《瞬絶》まで抱えており、魔法潰しの異掟魔法ルールと凶悪な造霊魔法トゥルパまで抱えている。

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