第九話 帰路の災難
「よし……これだな」
俺は
……肉の壁が厚かったため、全身血で汚れてしまった。
慣れているので、今更だからなんだという話だが。
それに、これひとつで十万テミス前後の値がつくと思えば、この程度の作業はなんともない。
さすがに【Lv:32】の魔獣だけあって、硬く、速く、剛力であった。
だが、エッダと連携して動けば安定して倒すことができそうだ。
次に
そういう面でもいい経験になった。
俺としては《嵐咆哮[C]》が手に入ったこともありがたい。
「ふふ、僕の方も終わったよ。どうだい?」
マニは腕に、青く輝く石柱を抱えていた。
壁から削り出した
「おお……!」
こうして見ると、凄く綺麗だ。
これを剣の刃にすれば、かなり見栄えがよいのではないだろうか。
俺の表情を見て、マニがやや得意気な表情を浮かべる。
マニは普段はどちらかといえばクールな方なのだが、こと鉱石が絡むと隙が増え、普段よりも感情が表に出やすい。
マニの掘りだした壁を見れば、まだ青く輝いている部分が残っており、破片も辺りに散らばっている。
だが、マニの削り出した石柱と見比べてみれば、確かに輝きの度合いが違う。
高い魔力を誇る中央の部位を削り出したのだろう。
「……ほう、切り出すとなかなか綺麗なものだ」
珍しくエッダが関心を示していた。
エッダもエッダなりに、マニと上手くやっていこうという考えはあるのだろう。
「エッダさんもそう思う? ね? 可愛いでしょう?」
「か、かわ……いい……?」
エッダが目を大きく見開き、口許を僅かに歪ませたまま半開きにさせる。
明らかに当惑していた。珍しい。
「そう……だな」
エッダが現実から思考を背ける様に目を瞑り、腕を組んで小さく頷いた。
……あいつ、意外と流されやすいな。
「……そうか、都市ではこういうのを可愛いというのか?」
エッダが小さな声で何かとんでもない誤解を零していたが、俺は聞き流しておくことにした。
『のう、のう、ディーン? 今回、かなりの報酬になったのではないかのう?』
ベルゼビュートが興奮気味に思念で語り掛けて来る。
「そうだな……E級の闘骨が四つ、D級の闘骨が三つ、C級の闘骨が一つ。それで
自分で言っていて驚きだ。
一回の探索で、三人程度で総額三十万テミス越えの闘骨や鉱石を集められる冒険者は、間違いなく都市ロマブルクのギルドの中では上位組に入る。
例えば、ギルバード達と組んでいるときだと、せいぜい十万テミス超えるか超えないか程度であった。
『やったぁあっ! 帰ったら宴であるの! 期待しておるぞ、ディーン!』
ベルゼビュートの弾むような思念の声が聞こえる。
「はいはい、わかっているよ」
こいつ、本当に七大罪王……いや、今更か。
今回の探索もかなりの収入になった。
俺もエッダも疲弊しているので、これ以上の戦闘は
魔獣の気配の薄い方へと回り込む様に動きながら、上階層へと向かう。
「少し……遠回りしてしまったか?」
歩きながら俺は呟く。
気配の薄い方向を優先したのだが、思いの外遠回りになってしまった。
これなら例えD級魔獣とかち合ってでも、さっきのルートを通ってとっとと地下三階層を脱する道を優先した方がよかったかもしれない。
「マニ、マナランプをちょっと近づけてもらっていいか?」
「ん」
マニが俺に近づいて来て、頭の高さまでマナランプを掲げる。
「……この地図、やっぱり道筋が間違えてる。たまにあるんだよな」
「地下二階層までだと少ないけれど……地下三階層を超えると、よくあるみたいだね。一部の上位冒険者だけで地図を作って共有して、ギルドの方には流さない、なんて人もいるらしいから」
マニがぐぃっと俺へと顔を近づけ、地図を覗き込みながら言う。
「そっか……地下二階層までしか、俺は潜った経験が少なかったからな……。あまり地図を信じすぎるのは危険だな」
『不運であったな、ディーン』
「いや、冒険者ギルドに地図の間違いを申請すれば、ちょっとした報酬がもらえたはずだ。むしろラッキーだったかもしれないな」
思わぬ追加報酬に、自身の頬が緩むのを感じる。
『ほう!』
「職員がまとめて確認してから訂正するから、数か月後に運がよかったら一万テミスもらえる、くらいだけど」
『そなたの貧乏性……抜けぬなぁ……』
ベルゼビュートがしみじみと言う。
れ、連中の金払いが渋いのは確かだが、一万テミスは充分多いと思うんだけどな……。
「こっちからはオドを全然感じない。この先を進めば、地図でいうこのルートに近いところに出られるはずだ」
「じゃあそのルートで行こうか」
歩いていて違和感があった。
オドは生命以外にも、様々なものに宿っている根源的なエネルギーであり、鉱石や土も多少のオドを持っているものなのだ。
通常、それらが《オド感知》を妨害するノイズとなる。
そのノイズが、薄いというか……何となく、いつもと違う様な気がした。
「どうしたのだい、ディーン。少し浮かない顔をしているけれど」
「ん……いや、大したことじゃないんだ。気のせいだろう」
少し開けた場所へと出たとき、全く予期していない光景が広がっていた。
壁にずらりと、胸部を抉られた三人の冒険者が並べられていた。
床には血で描かれた三つの円があり、その内側に彼らの臓物らしきものが置かれている。
「……ああ、儀式は、三人でよかったというのに。あなた方は、あまりに運がない。お悔みを申し上げさせていただきます」
薄い黒衣を纏う白髪の女が、惨状の前に立っていた。
手には、柄の両側に刃のついた、彼女の背丈ほどはある巨大な鎌を手にしている。
そこにべったりとついた新鮮な赤い血が、三つの死体が彼女の仕業であることを物語っていた。
俺もエッダも、少し後ろを歩いていたマニも、声も出なかった。
ひと目見て、異常な人物だとわかった。
「ああ、見られたからには、仕方ありませんね」
言葉こそ控えめだが、不健康に隈のべったりと貼り付いた目は、大きく歪められた口許は、嗜虐の笑みを讃えていた。
女が双頭鎌を両腕を使って器用に振り回すと、辺りに薄っすらと光が浮かび、それが弾ける様に消え去った。
何かの魔法が解除されたようだ。
途端、吐き気を催す様な邪悪なオドが、彼女から漏れ出してくる。
そこでようやく気が付いた。
「
オドの感知に違和感を覚えた時点で、気が付くべきだった。
「まさか、灰色教団じゃ……」
マニが小声で漏らす。
それを聞いた女が、口端を更に大きく吊り上げる。
「如何にもでございます。我らの啓蒙が広く知られていたようで、とても光栄……! 灰色教団の、ガザと申します。お見知りおきください」
不気味な女ガザが、ごきりと大きく首を曲げる。
灰色教団といえば、神話時代に生まれ、千年前に復活して一度世界を崩壊の危機に追い込んだという邪悪な
規模は大きくないが、構成員は全員凄腕の魔導器使いであり、百年以上前から活動の記録が残っているという。
元々、《ロマブルク地下遺跡》は
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