暴食妃の剣

第八話 コパルド

「《嵐咆哮》は封じた！」

　俺は大声を出し、エッダへと《暴食の刃》の成果を知らせる。

　《魔喰剣ベルゼラ》のことは極力漏らしたくはないが、情報共有を怠れば死人が出るのが魔迷宮探索である。

　それに隠しきるのも、半固定の狩り仲間（パーティー）を組んでいる以上、限界がある。

　魔導器について下手に探るのはご法度であるため、エッダも向こうから聞いて来るような野暮な真似はしないが、《魔喰剣ベルゼラ》に闘術や魔法潰しの力があることは、薄っすらと理解しているはずだ。

「ギォ……！」

　狼鬼（コボルト）が大斧を振り乱す。

　俺は《魔喰剣ベルゼラ》の刃で受ける。

　魔導剣を支える手首に負荷が掛かり、骨がへし折れそうになるのを《硬絶》で堪えた。

「ぐっ」

　だが、それでも手首に激痛が走り、《魔喰剣ベルゼラ》の刃の端が欠けた。

『も、もうちょっと大事に扱わぬか！　妾の半身であるぞ！　下手したら今ので砕けておってもおかしくはなかったぞ！』

「悪いけど、こっちも余裕がないんだ！」

　範囲外から大斧を振り回されると、とてもじゃないがリーチが足りない。

「《トリックドープ》！」

　迫ってくる狼鬼（コボルト）に対し、二羽の霊獣鳩（トゥルパ・ドーブ）を放った。

　狼鬼（コボルト）は至近距離から放たれた霊獣鳩（トゥルパ・ドーブ）に反応しきれず、二羽の体当たりを顔面で受け止めた。

　狼鬼（コボルト）の顔で小さな爆発が起こる。

「ギィッ……！」

　瞬間視界を潰された狼鬼（コボルト）は、踏み込みながら俺へと迫ってくる。

　こいつ、止まらない。

　頑丈さを盾に突っ込んでくる。

　向こうにとっては我武者羅の連撃でも、俺にとっては致命打になりうる。

「うぐっ！」

　地面を蹴り、後ろへ跳ぶ。

　ここは《水浮月》で突っ込んで、もう一撃加えてやるか？

「お前の相手は、一人だけではない」

　別の方向から、エッダが狼鬼（コボルト）へと向かっていく。

「ギィッ……！」

　狼鬼（コボルト）がすうっと息を吸い込み、一気に吐き出す。

「ギハッ！？」

　だが、何も起きない。

　《嵐咆哮》を使うつもりだったのだろう。

　狼鬼（コボルト）が混乱した様にたじろぐ。

　エッダが宙を跳び、まだ霊獣鳩（トゥルパ・ドーブ）の炎の上がっている狼鬼（コボルト）の頭部を膝で蹴りつつ更に自身を上空へと押し上げ、そのまま背後へと回り込みながら魔導剣を振るい、優雅に地へと降り立った。

「思ったよりは苦戦させられたな」

　狼鬼（コボルト）の太い首がぐらりと横出しになり、巨躯が膝を突いて崩れ落ちた。

　項越しに首の骨を剣の腹で殴りつけて砕いたようだった。

　狼鬼（コボルト）からオドの輝きが漏れ出したのを確認し、俺は息を吐きながら《魔喰剣ベルゼラ》の構えを解いた。

　《イム》で確認すると、俺は【Lv:23】から【Lv:24】へと上がっていた。

「お疲れ様、二人共。凄い戦いだったよ。……エッダさんは、お腹、大丈夫だった？」

　マニがエッダへと心配そうに尋ねる。

「問題ない」

「一応、帰路の戦闘はディーンに……」

「不要な心配だ。ナルクの戦士の間ではそれは侮辱に当たる。節介なら、そっちの男でも焼いてやるんだな」

「そ、そっか……ごめんね」

　コミュ強のマニが戸惑っている。

　エッダも、悪い奴じゃないんだけどな……本当に……。

「えっと、ディーン、どうだった？　その様子だと、また一つレベルが上がったんじゃないかな？」

「ああ。複数人でも、このレベル帯の相手なら十分にレベル上げができそうだ」

　この調子なら、夢のまた夢だった【Lv:30】（中級冒険者）にさえすぐに手が届いてしまいそうだ。

「ディーンが順調で、僕も嬉しいよ」

　マニが笑い、自然に手を上げる。

「どうも」

　俺も手を上げ、マニとハイタッチした。

　視線を感じたので横へ目を向けると、エッダが俺とマニの様子をじぃっと眺めていた。

　な、なんだ、言いたいことがあるなら口に出してくれないとわからないぞ。

「じゃあ僕は、賢狼石（コパルド）を壁から掘り出す作業に掛からせてもらおうかな。少しばかり時間が掛かるかもしれない」

「……あれ、全部が賢狼石（コパルド）なのか？」

　俺は青く輝く壁を見る。

　人一人分くらいの質量がありそうだが……さすがにあんなものをそっくり持ち帰ることはできない。

「それはどこからどこまでを賢狼石（コパルド）と呼ぶのか、という話になるのだけれど……持って帰るのは、魔力の高い中央部のほんの一部さ。周囲の土も狼鬼（コボルト）の影響で硬くなっているから、なかなか骨が折れる作業になりそうだ」

　マニが楽しそうに口にする。

　やる気満々の様で何よりだ。

　……さて、俺も乗り気ではないが狼鬼（コボルト）から闘骨を取る作業に入るとしよう。

　狼鬼（コボルト）が大柄な分、なかなか苦労させられそうだ。

　マニの置いた荷物袋から、解体道具を取り出す。

「おい」

　エッダから声を掛けられて顔を上げる。

「な、なんだ？　解体替わってくれるのか？　ありがたいけど、別に……」

「違う」

　即答された。

　別に自分でやるつもりではあったのだが、もう少し悩んでくれてもよかったんだけどな……。

「お前……魔法や闘術を、封じられるのか？　ソラスのときにも、妙な動きがあったが……」

「…………」

「答え辛いならいい。ここでは、手の内を明かすのは厳禁なのだったな、忘れろ。ナルクの戦士は、互いの戦い方を必ず共有していたので慣れなかった」

　恐らく、ナルク部族の戦士は仲間同士が血で結ばれているが故に、狩りの仲間を頻繁に変える様なこともしなかったのだろう。

　ギルバードやヒョードルの様に、仲間同士で利用して裏切っている冒険者達がいることが理解できないのかもしれない。

「……ああ、俺の魔導剣は悪魔の自我が宿っていてな、相手の隙を突いて、闘術や魔法を掠め取ることができる。外に知れたら大騒ぎになる代物だ」

　マニは探る様に賢狼石（コパルド）を手で触れていたが、俺の言葉を聞いて振り返り、興味深そうに俺を眺めていた。

「そこまで話してよかったのか？」

「エッダの奥の手もヒョードルとの戦いのときに見せてもらったからな。俺ばかり隠しているのも、不平等だろう。それに、だいたいわかってたんだろ？」

　エッダの引き合いに出したソラスとの戦いでは、俺は奴から《トリックドープ》を奪い、その後のヒョードルとの戦いでも使用している。

「それに、しっかり確信を持ってもらっていた方が、背中を預けて戦いやすいからな。近いうちに、話しておきたいことでもあった。俺はこういった事情があるから、下手に狩り仲間（パーティー）を変えることはできない。エッダ、お前は俺のことをどう思っているかは知らないけど、できればこれからも長い付き合いで頼むよ」

　俺は握手を求め、腕を前に出す。

　虚を突かれた様にエッダがきょとんとする。

　こいつ、こんな顔もするのか。

　エッダは何を思ったのか、俺の出した手を勢いよく弾く様に叩いた。

「痛っ！」

「前も言っただろう。ナルクの女は、肉親であってもみだりに肌を触れさせはしない、とな」

　エッダは口端を僅かに持ち上げ、静かな笑みを見せた。

「それで代わりにしろ。他に頼りもないので、しばらくはお前の提案に乗っておいてやる。その先は知らぬがな」

　別にこっちも、十年単位での話なんてしていなかったのだが……ま、まぁ、今はそのことは置いておこう。

　よくわからないが、機嫌を損ねてはいないようだ。

「……ただ、相手の手をぶん殴るのは握手の代わりにはならないぞ」

「そうか？　お前達は、さっき……」

「もっと軽くやってくれ。闘気入ってただろ？」

　俺はひりひりする指を押さえる。

　ハイタッチ一つにどれだけ力を込めてくれるんだ。

　骨が折れなくてよかった。

　実は天然入ってないかこいつ。

「しかし、悪魔の自我の残る魔導器、か……」

　エッダが目を細め、ぽつりと呟く。

　まるで何か心当たりがあるかの様な言い方に聞こえた。

「エッダ……？」

「いや、なんでもない。怪しげな男にギルドで絡まれていたのも、その魔導剣絡みだったのか？」

　脳裏に、掴みどころのない橙髪の不気味な男の顔が浮かんだ。

　あいつは……《魔喰剣ベルゼラ》に気が付いていたのだろうか？

「いや、あいつは本当に、何が狙いだったのかわからない。顔を合わせたのも初めてで、一方的に声を掛けられただけだったんだ」

　今思い返しても妙な男だった。

　あの視線を思い返すだけで背筋が凍る様な悪寒が走る。

「というかお前、やっぱり俺達に気が付いて……」

　エッダが顔を赤くし、無言で魔導剣の柄へと手を掛けた。

「……い、いや、なんでもない」