第六話 新しいパーティー

「はっ!」


 俺は《魔喰剣ベルゼラ》を振るい、骸人ワイトの棍棒と打ち合う。

 前に戦ったときとはレベルも上がっており、戦いにも慣れているためか、余裕を以て対応することができた。


「これなら……!」


 俺は魔導剣を片手持ちに切り替え、空いた手を前に突き出す。

 手に闘気を集中させる。


 ヒョードルの闘術、《硬絶》だ。

 ランクによって分けられているため、正確には《硬絶・高[B]》である。

 一部分に闘気を集中して纏うことで、身体の硬度を引き上げることができる闘術だ。


 強化した掌で棍棒を受け止めるが……勢いに負け、肱を曲げてしまった。


「ぐっ……」


 俺は力押しに前に弾き、骸人ワイトを後ろへ仰け反らせた。


 ……ヒョードルは指先に相手の武器を滑らせ、軌道を逸らして変えることができたのだが……あれを再現するのは、今の俺の技術では難しそうだ。


「せぇっ! やぁぁっ!」


 マニの振るった《悪鬼の戦槌ガドラス》が、体勢を崩した骸人ワイトの胸部へと直撃した。

 骸人ワイトの身体が崩壊し、残った下半身が膝を突いてバラバラに分かれていく。


「ふう、よかった……」


 マニが額を拭う。


「この魔導槌なら、骸人ワイトくらいなら僕一人でどうにかなりそうだ。今ので【Lv:14】になったしね。次に遭遇したら、僕だけで戦わせてもらっていいかな? 危なかったら、ディーンに助けてもらうことになりそうだけれど……」


「そうだな……今の様子なら、大丈夫そうだろう」


 俺は頷く。


 敵を倒した際のオドは、複数人で掛かると分散して大きく減衰してしまうのだ。

 おまけにオドはより強いオドに引き寄せられる性質があるため、レベルが高い者がほとんどオドを吸い寄せてしまう。

 マニのレベル上げを手伝うのならば、近くで待機し、マニが危うくなるまで手出しをしないのが一番効率がいい。


 魔迷宮の選定の結果、今回狩場に選んだのは黄金魔蝸ゴルド・マイマイ狩りのときにも訪れた、《ロマブルク地下遺跡》であった。


 狙いは地下三階層の狼鬼コボルト、及び彼らの宝である賢狼石コパルドである。

 賢狼石コパルドは高い価値を誇るが、地中から引き剥がすのが困難であり、生半可な採掘師では長い時間が掛かってしまうため、狼鬼コボルトを討伐して持ち帰るのを諦める冒険者が多い。

 せっかくマニが狩り仲間パーティーに加わったのだから、彼女の特技を活かしていこうという話になったのだ。


「そういえば……なんで狼鬼コボルトは、賢狼石コパルドを持っているんだ? 逆か? 狼鬼コボルトのいるところに賢狼石コパルドが湧くんだったか?」


「あれ、知らなかったのかい? ほら、狼鬼コボルトの体液に、石化作用があるのは知っているだろう?」


「あ、ああ、それくらいは知ってるが」


 狼鬼コボルトはC級魔獣であり、俺も運び屋時代には縁がなく、遠巻きに一度見て逃げ出した覚えしかないため、あまり詳しくは知らない。

 人間より一回り大きな体躯を持つ、二足歩行の青い狼の様な化け物だ。


 狼鬼コボルトの吐く唾液は吹きかけたものの体表を硬化させ、一時的に動きを鈍化させるという。


「特にこの魔唾は、生体オドによる抵抗のない無生物に対しては高い効果を発揮するんだよ。狼鬼コボルトが長く寝床とし、長い時間繰り返しその汗や唾液に晒され続けた土は、高い魔力を有する特異な鉱石へと変化する。それが賢狼石コパルドだよ」


「そうだったのか。しっかりとは知らなかった。マニは博識だな」


「フフ、賢狼石コパルドは偶に僕のところへ持ってくる人もいたからね。……もっとも、断ったけれどね。ただでさえ高ランクの鉱石の上に、どれだけ熱しても脆くなるばっかりで変形性が高くなるわけじゃないから、《炎槌カグナ》では加工できないんだ。あれは削って形を整えていくしかないからね」


 マニは嬉しそうに笑い、言葉を続ける。


「軍お抱えの名工なら、賢狼石コパルドでも楽々と形を変えてしまうのかもしれないけれど……何にせよ、僕程度の鍛冶師では関係の無い話さ」


「なるほど」


 伝説の鍛冶師だったマニの祖父ガヴェンなら、高位の錬成魔法アルケミー賢狼石コパルドでも簡単に変形させられたのかもしれない。

 どれくらいのレベルだったのだろうか?

 きっと【Lv:40】は超えていたはずだ。


狼鬼コボルトにとっても賢狼石コパルドは他の魔獣や冒険者達への釣り餌であり、同種の魔獣へ縄張りを示し、異性の関心を寄せるマーキング行為で……」


「あまり長々と、無用なことを喋るな鍛冶師。魔獣への対応が遅れる」


 長らく黙々と歩いていたエッダが、マニへと言う。


「と……そうだね、あまり身内で狩り仲間パーティーを組むこともなかったから、僕なりに浮かれていたのかもしれない。忠告ありがとう、感謝するよ」


「…………」


 エッダはマニの言葉には答えず、黙々と先に進む。


「……ひょっとして僕、彼女に嫌われていたりしないかな?」


 マニが小声で俺へと相談する。


「いや……マニを誘えと言ってきたのは、あいつからだ。安心しろ、むしろ好かれているぞ。マニの魔導槌の費用を二つ返事で貸してくれたし、文句言わずにレベル上げの時間を取るのを許容してくれたくらいだから」


「そ、そうなの?」


「エッダは誰に対してもああだから。俺はもう慣れたぞ。今のも多分、話に入れなくて不貞腐れてちょっかい掛けに来たんだろう。根は悪い奴じゃないから、まぁ仲良くしてやってくれ。たまに話を振ってやると喜ぶぞ」


 エッダがだんと、強く地を踏みながらこちらを振り返った。


「私はただ、お前達が魔迷宮内で緊張感がなかったから口を挟んだだけだ! なぜそこまで言われなければならない」


 俺とマニは、同時に肩が跳ねた。


「わ、悪い、聞こえていたのか」


 闘気は全体的な身体能力を引き上げる。

 《聴絶》や《硬絶》など一分野を特化させる闘術もあるが、それを用いずとも闘気によって平均的な能力が高くなるため、人によって大きく聴力も異なり、気を張っていなければたまにこうやってヘマを踏むことがある。

 特にエッダは、レベル以上に魔導器の闘気の底上げが大きいのを忘れていた。


「怒ってはいない、必要なことを指摘しているだけだ」


 エッダが怒気を孕んだ声で早口で言う。

 ほら怒っている。


「お前、何かしらの感知系統の闘術があるのだろう? そろそろ三階層近いのに、浮かれていて魔獣に気が付かなかったでは済まぬからな」


「わ、わかっている、いや、本当に悪かった」


 しばらく三人で沈黙して歩いていた。

 俺は気まずさに耐えかねてマニに何か言おうとしたが、そうすると俺とマニが話している横でまた延々沈黙しているエッダができあがりそうだったので、とりあえずエッダに声を掛けることにした。


「そ、そういえばエッダ……」


「なんだ? たまに話を振ってやると、私が喜ぶと思ったのか?」


 ね、根に持っている……!

 多少打ち解けたかと思っていたが、こいつ、想像以上に面倒臭いぞ。

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