第五話 妙な男

 男はごく当然の様に俺達と同じ席につき、大きく伸びをした。

 俺はマニと顔を合わせる。

 マニは困ったような顔をしていたが、俺もきっと同じような表情を浮かべていることだろう。


「ンン、なんだい? 知っている話が聞こえたから、親切に教えてあげようと思っただけなのに、そんなに警戒しなくていいじゃないか」


 男はひらひらと、白い布手袋を纏った腕を振りながら言う。


「あ、いえ……すいません。あまりみない顔だなと思ったもので……」


「フフ、だろうネ。実はあんまりこっちまでは来たことがないんだヨ。私は国中をフラフラ回って行動しているから。ほら、あんまり同じものばかり見て生きていたって飽き飽きするだろう?」


 茶化す様な、妙なイントネーションの話し方だった。


「そ、そうなんですか……」


 コネもなく、周囲の情報も浅いままで冒険者生活なんて渡り歩いて続けていれば、魔迷宮の中で返り討ちに遭うか、資金繰りに困って野垂れ死ぬかが関の山だと思うのだが……。


「それよりホラ、《黒光のトラペゾヘドロン》だろう? それだヨ、それ。ちょうど、キミの持っている奴にも書いているじゃないか」


「え……?」


 男が指差したのは、俺が情報屋から購入した、魔迷宮内で生じた事件や目撃情報を纏めた紙束であった。


「ホラ、そこに《ロマブルク地下遺跡》の入り口近くの地で、【Lv:30】越えの冒険者が心神喪失状態で村人に介抱されたっていう話が載っているだろう?」


「この事件が関係あるんですか?」


「ああ、そうとも。私もつい先日、その村をここへ来る道中に通ってきたところでネ。どうやら、欲を掻いて彼、仲間達と地下六階層まで降りたんじゃないかって話だヨ。村人達の話じゃ、向かうときは五人いたらしいヨ」


「五人……」


 【Lv:30】前後の冒険者が五人なんて、なかなか集まるものではない。

 だいたいこの辺りのレベルに到達した冒険者達は、そろそろ入軍を考えて動き始める頃合いだからだ。

 当然軍が嫌いだという冒険者もいるし、考え方の違いで狩り仲間パーティーが喧嘩別れしてしまうことも珍しくはない。


 きっと思いの外順調に地下五階層の攻略が進んでしまったため、怖いもの見たさで足を踏み入れてみたくなってしまったのだろう。


「で、彼が持ち帰ってきたものが《黒光のトラペゾヘドロン》なる黒い宝石状の魔導器だったと聞いたヨ。肝心の彼が口が利けなくなっちゃったから入手経緯もわからないけれど、地下六階層はそう何度も探索の手が入っていたわけじゃないし、大昔に誰かが落っことしたものが残っていたのかもしれないネ」


 ……それを冒険者ギルドが預かることになって、軍がマズいものだと判断して早々に没収することにした、ということか。


「な、なるほど……」


 しかし、何の面識もない俺に妙に詳しく教えてくれるが……何か、裏があるのだろうか。

 単なる話好きにも思えないのだが。


「ンフフフフ……でも、面白いよネ。噂じゃ、【Lv:35】の《イム》でも、名称以外はロクにわからなかったって話だから。ソレが本当なら、A級相応の魔導器ってことになる。かなり低く見積もっても、五千万テミス相応の代物だヨ。いや、倍以上はするかナ? 夢があるよネェ、冒険者業はサァ」


「ご、五千万テミス……!」


 十年は遊んで暮らせる様な大金だ。

 いや、質素に暮らしていれば一生分の生活資金になるかもしれない。

 戦鼠ムースの闘骨で考えると千個分にも匹敵する。


「いや……みーんな死んじゃって、本人も廃人になっちゃった上に、肝心の《黒光のトラペゾヘドロン》も軍に回収されちゃったんだから、現実は厳しいと言ったところかナ? ンフフフフ、どっちにしろ、皮肉で面白い話だネ」


「は、はぁ……」


 それはあまり笑える話ではなかったが……男は心底楽しそうに話をしていた。

 顔を合わせたときから不気味な男だとは思っていたが、あまり気分のいい奴ではないかもしれない。


「……それなら、しばらくは《ロマブルク地下遺跡》は止めておいた方がよさそうですね」


 黙っているのもなんだか妙だったので、俺はふと思いついたことを口にする。

 男は俺の言葉に首を傾げる。


「ンン? いんや……別に、魔迷宮奥地から価値のあるものが出てくるのも、欲を掻いた冒険者が失敗するのも、珍しいことじゃないからネ。そんなに脅えるのなら、そもそも魔迷宮なんて潜らない方がいいんじゃないかナ?」


 男が呆れた様に言う。

 ……何か反応を返そうとして、適当なことを口走ってしまったか。


 男が左手で筒を作る様にして、左目を覆う髪を僅かに掻き上げた。


「それとも怖いのは、私の方かナ?」


 橙の髪の合間に潜む左目に覗かれた瞬間、殺気に似た妙な感覚を味わった。

 俺は咄嗟に背の《魔喰剣ベルゼラ》へと手を伸ばしたが、途中で思い留まった。


「ンフフフ……あまり歓迎されてはいないようだから、この辺りで失礼しようかナ。面白そうな魔導剣を持っていたから、挨拶がしたくなっただけだヨ」


「なっ……!」


「いい打ち手だネ、そっちの娘」


 男は俺をからかう様に言って、緩慢な動きで席を立った。


「気を付けなヨ。魔迷宮内で、大事なものを落っことしちゃう冒険者って案外多いんだからサ。なんでかは知らないけれどネ」


 それから俺に背を向けたまま、ひらひらと手を振って冒険者ギルドを出て行った。

 しばらく俺とマニは、席についたまま動けなかった。


「な、なんだったんだアイツ……まさか、ヒョードルと同じ、冒険者狙いの強盗か?」


 ……まさか、ベルゼビュートの魔核に気が付いたのか?

 悪魔は恐ろしく種類が多く、個体によっても形状や輝きに差異があることが多い。

 そもそも魔核はほとんど隠れている上に、使っている金属や装飾は下級冒険者向けのものなのだ。


 《イム》にも掛けずに、気が付けるはずがないと思っていたのだが……下手に持ち歩かない方がいいのか?

 ……いや、結局必要時には持ち歩くのだし、半端に気を付けても手放している間が不安

だ。

 そもそもそれを言い出せば、いざというときの護身にもなる魔導器を持ち歩かないこと自体が不自然であるため、目を付けられる恐れもある。


「意図はわからないけれど、気味が悪いことには間違いないね。害意があるなら、わざわざここで姿を晒す様なことはしないと思うけれど……」


 ……何にせよ、警戒はしておいた方がよさそうだ。

 あまり真っ当な人間には思えなかった。

 魔導器は見当たらなかったが、黒いマントを羽織っていたのでその内側に隠していたのかもしれない。


「と、そういえば、エッダは……」


 さっき目が合ったはずなのに、いつまで経っても声を掛けに来ないのだ。

 周囲へ目をやると、さっきよりも随分と近い壁に凭れ掛かっていた。


「おい、エッダ、さっきから何をやってるんだ?」


「なんだ、既に来ていたのか。気が付かなかった」


 エッダが組んでいた腕を解き、こちらへと歩いて来た。


「いや、途中で目が合わなかったか?」


「……そんなことはなかった。自意識過剰な奴だ」


 エッダがムッとした様に口許を歪め、バツの悪さを誤魔化す様に顔を横へ逸らした。


 ……こいつまさか、自分から声を掛けるタイミングがわからず、こっちから声を掛けるのを待って周辺をうろうろしていたのか?


「…………そ、そうか、変な勘違いをして悪かったな」

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