第三話 悪鬼の戦槌ガドラス

 翌日、俺は完成したマニの魔導槌の様子を窺うため、彼女の鍛冶屋を訪れていた。


 机の上にはマニが昨日一日かけて造り上げたらしい、大きな柄頭を有する戦槌があった。

 闘銅バドンの翡翠色の輝きが全体を包んでいる。


「これが闘銅バドン牙鬼オーガの闘骨、ソラスの魔核を使って造った、新しい魔導槌なんだよな?」


 マニがにっと笑う。


「ああ、そうだよ。さっき僕が《イム》で調べてみたのだけれど、無事にC級として神様からも認定されていたよ。素材がよくても、職人がダメだと台無しになってしまうこともあるからね。C級の魔導器を打ったのは人生で二回目だから、少し緊張させられたよ。名を、《悪鬼の戦槌ガドラス》というんだ」


 俺は改めて《悪鬼の戦槌ガドラス》へと目をやる。


 柄頭の片側は殴打のため分厚くなっており、その反対側は対象を確実に抉るために、禍々しい鋭利な形状になっていた。

 そして柄頭の中央部、軸との交差点には闘銅バドンが鬼状に象られ、その口にはソラスの魔核が咥えられており、なかなか仰々しい外見になっている。


「《炎槌カグナ》だと、E級の錬成魔法(アルケミー)しか使えなかったのだけれど、《悪鬼の戦槌ガドラス》だとC級まで扱えるみたいだ。さすが、希少な中位|錬成魔法(アルケミー)持ちの悪魔だよ」


「そ、そんなに変わるのか……」


「ああ、これは戦闘用として造ったものだけれど……《炎槌カグナ》とは格が違い過ぎて、ものによっては鍛冶もこっちでやった方がいいかもしれない。僕が潜る機会のある様な魔迷宮の鉱物なら、間違いなく《悪鬼の戦槌ガドラス》で採掘できるだろう」


 魔迷宮内の鉱石の採掘も、採掘師のレベルや魔導器の質が重要になってくる。

 魔導器に有用な高価値の鉱石ほど|錬成魔法(アルケミー)を利用して採掘することが必須となってくるため、採掘師の程度が低ければ魔迷宮に一か所に長時間留まる必要が出て来たり、そもそも採掘不可能であったりするのだ。

 だが、《悪鬼の戦槌ガドラス》があれば、発見した高価値の鉱石を諦めなければならないような、歯痒い思いをすることはほとんどないのだそうだ。


……もっとも、俺は普通に魔迷宮を潜っていても価値のある鉱石を見つけられることがないため、それがどれだけ勿体ないことなのかはいまいちわからない。


「ピンと来ていないって顔だね。確かに、魔導器に使われるような鉱石はなかなか見つからないけれど、火炎石や水泉石は、少し熱心に探せば地下ニ、三階層ならよく見つかるものなんだよ。こまめに採掘していけば、一回当たりの探索の効率が変わって来るはずだよ」


「そういうものなのか……」


 ……俺を運び屋に雇う様な狩り仲間パーティーはそもそも採掘師を雇わなかったので、俺は採掘師と魔迷宮に潜った経験がほとんどないのだ。

 マニと魔迷宮の地下一階層を鉱石目当てで潜ったことがあるが、ほとんど採りつくされていて効率が悪い上に、頻繁に場所の問題で揉めるのだ。

 安全で運がよければそれなりの金にはなるが、トラブルで精神が削られるのであまりやりたい仕事ではない。


「一気にできることが増えてしまったから、不勉強の理由を魔導器のせいにはできないね。せっかくD級、C級の魔法が使えるようになったのだから、しっかりと練習して修得しておかないと」


 ……魔導器によって、発動できる魔法の種類やランクには制限が掛かっている。

 そのため魔導器がなければ魔法を学び、練習することさえできないのだ。


 勿論魔法によって修得難易度は異なるし、本人の素質やレベルによる個人差も大きいが、高位の魔法では中年の魔導器使いが三十年掛けて老人になってからようやく会得で来た様な代物もあるという。

 そういう面から見てもレベリングは重要であるといえる。


「せっかくだから《イム》で《悪鬼の戦槌ガドラス》を見てみないかい?」


「い、いや、それはちょっと悪いだろ……」


 冒険者にとって、本人の情報の次に、魔導器の情報が洩れることを恐れる。

 親しい中でもタブーとされる。

 嘘か本当かは知らないが、魔導器の情報が洩れるのを恐れ、自分の魔導剣を打った鍛冶師を殺した冒険者がかつていたというくらいだ。


「いいじゃないか。どうせ、キミの魔導器は僕も知っているしね。そもそも、この魔導槌の素材は、キミが頑張って集めてきてくれたものなのだからさ」


「最大級の個人情報だし……」


「……せっかく頑張って造ったC級魔導槌だから、誰かに見て欲しかったのだけれどね……」


 マニが肩を竦める。

 み、妙に勧めて来ると思ったら、そういうことだったのか……。


 マニは普段はいつも冷静で、思慮深く、俺よりいつも一歩先を見て動いている。

 しかし、鍛冶師の血が騒ぐのか、こと鍛冶や鉱石となると、不要に熱くなることが多い。


「じゃ、じゃあ、せっかくだから……」


「そう? やっぱり気になるかい?」


 マニが嬉しそうに言う。


 俺は《魔喰剣ベルゼラ》を机の上の魔導槌へと向け、《イム》を発動する。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

魔導器:《悪鬼の戦槌ガドラス[C]》

VIT(頑丈):+25

ATK(攻撃):+27

MAG(魔力):+18

AGI(俊敏):+16


特性:

《鬼闘気[C]》


適合属性:

《風属性[--]》《土属性[--]》


適合魔法:

《錬成魔法(アルケミー)・中位[C]》《亜物魔法マター・中位[C]》

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……さすがの補正値だ。

 D級の《魔喰剣ベルゼラ》よりも一回り高い値を持つ。

 掛けている金額が違うだけのことはある。


 マニは【Lv:12】だが、これだけ強力な魔導器があれば、E級程度の魔獣ならば苦戦することなく倒すことができるだろう。


「おお……! やっぱり、補正値的にもぶん殴り用なんだな……」


 ……この、鬼闘気、というのはなんなのだろうか。

 名称から察するに、牙鬼オーガ関連の特性だとは思うのだが……。


【《鬼闘気[C]》:戦槌の闘骨に直接オドを送り込んで闘気を練ることで、牙鬼オーガが発する独特の闘気である鬼闘気を操ることができる。】

【ATK+30%程度の上昇を施すが、他の数値には-30%程度の減少が生じる。】

【ただし、鬼闘気は人の身にとっては毒となる。】


 ……強力な特性ではあるが、あまりマニには使ってほしくないな。

 しかし、牙鬼オーガにはこんな便利な特性があるのか。

 あまりC級の魔獣とはぶつかりたくないのだが、機会があれば《魔喰剣ベルゼラ》で取り込んでおきたいところだ。


「凄い魔導器だな。こんな補正値、《イム》で見たのは俺は初めてだ」


「ふふっ、そうだろう? 僕が打った中でも最高の出来だよ。僕のレベルが上がれば、C級上位くらいの魔導器も打てるようになるはずだし……そうなったら、またベルゼビュートちゃんの魔核を取り出して打ち直してみるかい? 金属は魔蝸金マイマルゴがまだあるし、闘骨はまたお金を貯めて買えばいい」


「そ、そうだな……まぁ、おいおい考えてみる。でも、《魔喰剣ベルゼラ》も打ってもらったばっかりだし、しばらくはこいつを使いたいかな」


「そうかい?」


 ……レベルが上がれば合わせて魔導剣も交換していくのがベストなのだろうが、正直、そんなことを頻繁に繰り返していれば、お金がいくらあっても足りそうにない。

 ただでさえエッダに二十万テミス借りている状態なのだ。


 ……ま、まぁ、これでかなり魔迷宮攻略の効率は上がるはずだ。

 マニが運び屋兼採掘師として加わったため、俺も積極的にレベル上げや能力集めに着手することができる。

 それに今後は闘骨だけではなく、採掘した鉱石も換金対象になる。


 余裕があれば、マニと荷物持ちを代わり、彼女にもレベルを上げてもらっておこう。

 レベルは自身より上のレベルを持つ魔獣を倒すことで、手っ取り早く引き上げることができる。

 マニの新しい魔導槌ならば、【Lv:20】より下の魔獣なら安定して倒すことができるはずだ。


「……実は、《魔喰剣ベルゼラ》が完成したとき、ディーンが遠い所に行くみたいな気がして、なんだか少し不安だったんだ。こうして横に並べる機会ができて嬉しいよ」


 マニが冗談めかした様に笑って言う。

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