第二話 魔導器の素材

 エッダと共に都市ロマブルクへと帰還した俺は今回獲得した闘骨、そしてマニの許可をとって黄金魔蝸ゴルド・マイマイの闘骨も換金してしまうことにした。


 続けてヒョードルの《風読みの槍ヘイス》の一部であった暴風狼ストームウルフの闘骨を、足がつきにくいように貧民街の雑貨屋で買い取ってもらった。


 暴風狼ストームウルフ自体はそこまで珍しい魔獣ではないので大丈夫だとは思うが、俺はあのとき、魔迷宮内で軍の人間と顔を合わせている。


 暴風狼ストームウルフはC級の中でもかなり上位に入る魔獣であるし、本来俺やエッダが討伐できるような魔獣ではない。

 ヒョードルより強いとは言わないが、少なくとも《鉱物の魔ソラス》よりも危険度は上だ。

 冒険者ギルドで換金すれば不審な記録が残ってしまう。

 ……その分、冒険者ギルドでの換金よりも安目に買い叩かれてしまうが、そこは安全費だと割り切るしかない。


 此度の《戦鼠の巣窟》での闘骨の値が合計で十一万テミス、黄金魔蝸ゴルド・マイマイの闘骨が十二万テミス、暴風狼ストームウルフの闘骨が二十二万テミス程度だった。

 合わせて四十五万テミスだった。


「これだけあれば、ギリギリ足りるか……」


 俺は貨幣を数えながら呟く。


「一気に換金したが、闘骨や魔核はなるべく残しておきたいのではなかったのか?」


 都市の勉強のために俺についてきていたエッダが俺へと尋ねる。


 確かに闘骨や魔核は価格が安定している上に、買い戻すとなれば売り値の倍以上の金額が掛かってしまうことがザラであるため、高価なものほどあまり不用意に手放すべきではない。

 だが、金が必要な事情があるならば無論その限りではない。


「冒険者にとって魔導器の調達は欠かせないからな。武器の性能一つで生死が分かたれる。金を作れる目処があったわけだし、マニを運び屋として迎えるなら、あいつの魔導器を用意しておきたい」


 マニの《炎槌カグナ》は鍛冶用の魔導槌であり、本来戦いや鉱石採取には向かないらしく、戦闘に特化した魔導槌を欲しがっていた。

 これを機にマニの魔迷宮へ持っていける、戦闘用の魔導器を用意しておこうと考えたのだ。


 せっかくならサプライズにしようと本人にはまだ伏せてあるが、マニはよく雑談で魔導器の鍛冶に関することを話したがるため、どういったものが適しているのかは既に聞き出している。


 俺とエッダは店の並ぶ賑やかな通りを巡り、闘骨を中心に売っている魔導雑貨店猫獣《ニャルムの尾》、鍛冶屋と併設している金属専門店幻魔銀《ミスリルの鍋》、そして古い武器を潰して素材を取り出している《廃器堂》を訪れ、目当てのものを探し歩いた。


 そうして目標であったC級魔獣である牙鬼オーガの闘骨を二十六万テミス、C級相応であるにも拘らず比較的加工が容易な金属であり、闘気をよく通す性質を持つ闘銅バドンを二十万テミスで購入することに成功した。


 どちらも魔導器製造において闘気の補正値を重視する際に用いられやすいものであるらしく、戦闘用魔導器として無難であるらしい。

 また、マニも余裕ができれば購入したいと熱弁していた。


 しかし……俺もこんなに高額な闘骨を日に何度も売り買いしたのは初めての経験である。


『……ディーン、金属は喰えぬのだぞ?』


 ベルゼビュートが口惜しそうに思念を俺へと向ける。

 料理以外に大金を掛けるとすぐに口出ししてくるのを控えてほしい。

 お前、魔界オーゴルの元支配者の一体の大悪魔なんだよな……?


「きょ、今日は前に気に入ったって言っていた赤茄子メイトゥ煮込みの料理を作ってやるから、な? 魔導器は冒険者にとって大事な出資だから……」


 俺は小声でベルゼビュートへと声を掛ける。


『……本当か? 信じてよいのか?』


「ああ……赤茄子メイトゥって別に安いし……」


 ひとつ四十テミスの赤茄子メイトゥで七大罪王の買収が成立した瞬間であった。


 さすが安くて美味しく、健康にもよく、生よし焼いてよし煮てもよしと料理の幅が広い庶民の味方赤茄子メイトゥ様である。

 ……いいのか、魔界オーゴル


 その後、マニの鍛冶屋に向かい、彼女へと闘銅バドン牙鬼オーガの闘骨、そして《鉱物の魔ソラス》の魔核の一式を手渡した。


「い、いいのかい? 確かに、素材の方向性も揃っている。これだけあったら、いい魔導槌が作れるけれども……!」


 マニが目を輝かせて言う。


 《鉱物の魔ソラス》は錬成魔法アルケミーに特化した悪魔であったため、魔導槌にするのが向いている。


「これで魔導器を造って、魔迷宮潜りについて来てくれないか? マニも、鍛冶のためにレベルを上げたがっていただろう?」


 ……それに、いずれ俺のレベルが上がれば、《魔喰剣ベルゼラ》の補正値では同レベル台と戦うのが厳しくなってくるだろう。

 武器のランクを上げるためには一度分解し、またベルゼビュートの魔核をベースに別の闘骨を組み込んで打ち直すしかない。


 ただ、現在のマニのレベルではC級下位の武器を打つのが限界だろう。


「た、高かったのではないかい?」


「安い額じゃなかったけど、エッダとも上手くやっているからな。……それに、マニの打ってくれたこの剣もあるからさ」


 俺が言うと、背後でエッダが溜息を吐いた。


「……恰好付けて言っているが、そいつ、私から二十五万テミス借りているからな。運び屋確保のためなので同意はしたが」


「うぐっ……」


 ……二十五万テミスは、暴風狼ストームウルフの闘骨、ソラスの魔核、そして《戦鼠の巣穴》に潜った今回の報酬分である。


 当然、ソラスやヒョードルを倒したのも二人掛かりであるし、その対価は半分に分ける約束となっていた。

 それを俺のマニへのプレゼントのため、今すぐ払うのは難しいので、エッダには少し待ってもらう約束になっていたのだ。


「ディーン……女の子からお金を借りるのは、僕からくらいにしておきなよ? 揉め事の種だし、弱みに付け入られて何をされるかわからないからね」


「はい……」


 思わず丁寧語になってしまった。


「お前……頻繁にそいつから借りていたのか……」


 エッダが引き攣った顔で俺を見る。

 ……《魔喰剣ベルゼラ》を手にするまでは、本当にお金が厳しかったのだ。

 多分俺は、マニがいなければ必要に駆られて窃盗行為に手を染めるか、餓死するかのどちらかだっただろう。

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