第二章 黒輝のトラペゾヘドロン

第一話 凸凹コンビ

「はっ!」


 エッダの体重を乗せた刺突が、真っ直ぐに戦鼠ムースの胸部を貫く。

 戦鼠ムースは目を見開いて黒目を回すが、腕が力んだのが背後から見ていてわかった。


「おい! まだそいつ動くぞ!」


 戦鼠ムースが爪を振り上げ、エッダを狙う。

 エッダは素早く剣を引き抜くと地を蹴り、続けて戦鼠ムースの肩を蹴って高く跳び上がった。

 戦鼠ムースの爪では追い切れず、宙を切る。


 化け物の巨体の上を取ったエッダが、宙で一回転し、その項を深く斬りつける。

 戦鼠ムースの身体が痙攣し、その場に伏せた。


「わかっている。不要な口出しをするな」


「ああ、そうかい……」


 ヒョードル騒動から数日が経った。

 俺は以前ギルバード達と共に巻き込まれた戦鼠ムース魔獣の溜まり場モンスタープール騒動が片付いたと聞き、エッダと共に《戦鼠の巣穴》へと向かうことにしたのだ。

 D級の魔獣の溜まり場モンスタープールは危険ではあるが、裏を返せば低階層で容易にD級と接触できるため、腕に自信のある者達にとっては需要があるのだ。


 出る魔獣も限られているため対策も取りやすい。

 特に戦鼠ムースは低感知能力を持つ程度で、後は正面攻撃以外に戦う術を持たない。

 造霊魔法(トゥルパ)や亜物魔法(マター)を使える冒険者ならば、かなり有利に戦うことができる。


 ……無論、欲を張って命を落としたものや、戦鼠ムース魔獣の溜まり場モンスタープールに対応できる人材争いでの揉め事、魔迷宮内でかち合った冒険者同士の対立もかなりあったそうだが……。


 《戦鼠の巣穴》での狩りは地下二階層で行っていた。

 既にE級の飛頭フライングを二体、小鬼ゴブリンを三体仕留めており、戦鼠ムースもこれで二体目となる。


「早く闘骨を回収しろ。そろそろ引き上げるぞ」


「……人に丸投げしておいて、その態度はないだろ」


 ……結局俺は、半分運び屋状態となっていた。

 戦いはするが、荷物運びと解体は俺の仕事である。

 

「……あの運び屋も確かに変わってたけど、あいつが怒って帰ったのはお前のせいだからな?」


「礼節を欠いていたのは向こうの方だ。お前が堪えろというから堪えてやったのに、結局向こうから出ていくとはな」


 ……そう、途中までは運び屋を別に雇ってみたのだが、エッダと衝突し、結局戦鼠の巣穴に入る前に出て行ったのだ。

 エッダは確かに外見だけ見れば美人なので、あの運び屋の男も浮かれていたのだろう。

 あれこれとアプローチを掛ける様は確かに傍から見ていても少々見苦しかったので止めて欲しかった。

 仮にエッダが上手く受け流せていれば問題はなかったのだろうが、こいつにそんな器用な真似ができるはずもなかった。


「だが、あんな不快な奴に命を預けたくはなかった。せいせいした」


 エッダが腕を組みながら鼻を鳴らす。


「……気持ちはわかるが、条件と予定の合う奴なんて、なかなかいないんだぞ。俺はこの間まで運び屋で、お前も流れ者で実績がないから信用もないし……」


 ……それに、自分が主導で魔迷宮に潜った経験がほとんどなかったので、いざとなったら自分の身を守れるくらいのレベルの運び屋がいい、と考えたのが余計に選択肢を狭めた。

 どの道、仲間を選り好みできる身ではない、エッダの矯正にも繋がると考えたのが失敗だったか。


「別に問題はないだろう。私が狩る、お前が補佐する。これで十分だろう」


「……他の奴と組んでいいか?」


「何故だ? これで十分なことは今回でわかったはずだが。余計な奴など連れて行かなくてもいいはずだ」


 エッダは冷淡な声調こそ崩さなかったが、やや早口で言った。

 ……このまま放り出されれば、自分の性格だと次の狩り仲間パーティーを見つけるのが難しいという自覚はあるのだろう。

 一応俺のことは仲間として認めてくれたようだが、今から新たにまた他所から人間を入れて調子を合わせるのがよほど嫌だと見える。

 このコミュ障戦闘部族め。


「運び屋なら、あのマニとかいう女に任せればいいだろう。二度ほど顔を合わせたが、あいつなら許容してやらぬこともない」


「なんでお前はいつでも上から目線なんだ……」


 しかし、俺はマニにはあまり危ない目に遭ってほしくはない。

 マニは元々、鍛冶師が本分であり、それだけでは生活できないために運び屋や採掘師を行っているのだ。

 俺がこれまで冒険者として生活できるようにマニから色々と手助けを受けて来た。

 できれば、今度は俺が、彼女が鍛冶師としての仕事に専念できる様に支えていきたい。


「俺はもう正直慣れたけど、そんなんじゃあの男じゃなくても普通に敬遠するぞ。もう少しどうにかならないか?」


 と……少し言い過ぎてしまったか。

 また反感を買ったかと思い、戦鼠(ムース)から目を逸らし、エッダへと横目を向ける。

 エッダは微かに眉尻を下げ、目線を地に落としていた。


「……ずっとそう生きて来たのでな。ナルクの戦士はとにかく強くあることを求められ、他の役割を振られることがない。それに、卑屈さは悪だと言われてきた。だが、ここではそれだけでは通用しないことはわかっている」


 い、意外と素直に反省していた。


「ディーン、お前が合わせてくれていることは知っているし、感謝はしている。これでも私なりには合わせようとはしている。必要なら、闘骨の取り出し方も覚えるが……」


「エッダ……」


 やや沈黙が生まれ、気まずくなった。

 俺も何というべきか困り、言葉に詰まる。


 エッダは強い。

 彼女がわざわざ狩り仲間パーティーの中で闘骨の採取を任される場面はほとんどないだろう。

 俺は態度を改めては欲しいが、別に彼女に今更闘骨取りを覚えて欲しいというつもりではないのだ。


「その……急に殊勝になると、なんか気持ち悪いな」


 気まずさに耐えかねて、余計なことを口走ってしまった。

 言った瞬間にしまったとは思ったが、今更撤回が間に合うはずもなかった。


 エッダの拳が俺の頬を捉えた。


 闘骨の回収が終わってから、魔迷宮の外へと向かう。

 エッダが無言で俺の先を歩く。


「……謝らぬからな」


「……いや、俺が本当に悪かった」


 今回の狩りは上々であった。

 E級魔獣の闘骨が五個に、D級魔獣の闘骨が二個だ。

 これで目標の十万テミスにはなる。

 

 レベルはソラスを倒して上がったときの【Lv:22】のままであった。

 俺も、戦鼠ムース程度ではレベルが上がり辛くなってきた。


 そのとき、ふと思いついたことがあった。


 マニには鍛冶師としての仕事に専念してほしいが、彼女は今のレベルでは造れる武器の質に限度があるのが難点だと、よく零していた。

 マニの《炎槌カグナ》は所有者のレベルの低さを技量で補うことに特化した魔導槌ではあるが、それでもC級下位の、扱いやすい一部の金属が限界なのだという。


「マニを運び屋に入れる、か。だったらちょっと、頼みがあるんだけど……」


「……なんだ?」


 エッダはまだ機嫌が直っていないらしく、冷たい目で俺を睨む。


「あの《鉱物の魔ソラス》の魔核……今は俺が預かっている形になってるわけだけど、正式に俺に売ってくれないか?」


「うむ?」

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