第四十四話 収穫
俺はエッダと《魔の洞穴》を脱した後、丸一日掛けて近くの村まで移動し、そこから馬車を雇って都市ロマブルクへと帰還した。
俺はエッダに肩を支えられ、マニの鍛冶屋へと向かった。
「おい、こいつの面倒を頼む」
鍛冶屋についたエッダは、いつもの不機嫌そうな様子でマニへと俺を託した。
「ディーン!? だ、大丈夫なのか!?」
マニが作業を投げ出し、素早く俺へと駆け寄って来る。
……《魔の洞穴》からの帰還の際に、途中までは俺がエッダに肩を貸し、《オド感知・底》を駆使して敵と遭遇しない様に外へと順調に向かっていた。
だが、どうしても地下二階層の途中で妙に追いかけ回してくる単体の
撃退にはどうにか成功した。
だが、その際に大怪我を負ってしまい、俺もまともに歩くことができなくなってしまったのだ。
途中で他の冒険者と合流できなければ、せっかくヒョードルを切り抜けることができたというのに、魔迷宮内で魔獣に集られて死んでいたかもしれない。
エッダは俺をマニに押し付けると、すぐに鍛冶屋を出て行った。
俺と違い、既に身体の調子が戻っているらしい。
細身の割に大喰らいなだけはある。
回復力が俺とは比べ物にならない。
その後二日マニの介抱を受け、俺も本調子とは言わないまでも、随分と身体が軽くなっていた。
普通に歩き回るくらいならばできそうだった。
「ああ、起きていたんだね。具合はどうかな?」
外出から戻ってきたマニが、俺へと声を掛けて来る。
「もう大丈夫そうだ。悪いなマニ、迷惑を掛けた。本当に助かった……」
「迷惑だなんて思わないさ。ディーンの力になれたのなら嬉しいよ。……ただ、心配を掛けるのは、できればしばらくはなしにしてほしいかな。キミはつくづく、
マニが深く溜め息を吐く。
……俺がギルバードに、魔迷宮に置き去りにされた件のことを言っているのだろう。
「……まさか、あの人が《
「……軍の連中は、消耗した俺達を置き去りだったよ。もっとも、あんな奴らに助けられたいとも思わないけどな」
脳裏に、魔導尉のカンヴィアの顔が過ぎった。
……二度と会いたくはない男だ。
あいつらは必要とあれば、あの場で俺とエッダを殺すことも選択肢にあったようだった。
確かに後ろ暗い噂はいくつも耳にしていたが、あそこまで露骨だとは思っていなかった。
「と……そうだ。頼まれていた闘骨の換金を済ませておいたよ。高価なものは買い戻すのが大変だから、相場だけ簡単に調べただけで、まだ手許に残しているけれどもね」
マニが貨幣袋を机の上に置く。
「小鬼の闘骨が四つで二万テミス、
いつエッダが配分のために俺を訪れるかわからないので、先にマニに一部の換金と相場の確認を頼んでおいたのだ。
「十万、二人で割っても五万テミスか。これだけで経費を差し引いても十分なプラスになるが、ソラスの魔核の値段もここに乗るんだな」
……この数万テミスが一気に舞い込んでくる感覚は、元底辺運び屋の俺としてはまだ慣れそうにない。
なんというか、実感が湧かないのである。
「……ここからは売っていない分なのだけれど、《鉱物の魔ソラス》の魔核が、最低でも二十万テミスで捌くことができそうだ」
「にっ、二十万テミス!?」
い、いや、それくらいは行くか。
さすがはC級悪魔だ。
建前とは言え、離れた《魔の洞窟》まで向かう目的だっただけのことはある。
「C級悪魔となると、狩ることのできる冒険者はかなり限られてくるからね。それに
「そ、そうなのか……」
『おお! 素晴らしいではないか! これでまた妾へ、美味いものを喰わせてくれるというのであるな!』
《魔喰剣ベルゼラ》から思念が聞こえて来る。
……できることなら、ベルゼビュートのいないところでお金の話がしたい。
「……エ、エッダと分ける約束になってるから、そこは考慮してくれよ」
「……それから、ヒョードルの魔導槍の残骸だね。こっちはあまりしっかりとは調べられていないから三割くらい増減するかもしれないのだけれど、まぁ参考くらいのつもりで聞いてほしい」
そう、ヒョードルの魔導槍、《風読みの槍ヘイル》の残骸があった。
目立つので纏めては売れないが、解体して折を見てバラで売ることはできるはずだ。
「槍に用いられている鉱石は
俺は息を呑む。
一気に二十万テミス分も報酬が増えてしまった。
「魔核はキミがヒョードルから聞いた通り、《風見の悪霊パズズ》のものらしい。僕はあまり悪魔に詳しくないけれど、それなら三十万テミスの値がつくだろうと思う。《風見の悪霊パズズ》は《鉱物の魔ソラス》と同じC級悪魔ではあるけれども、C級内の上位と下位くらいの差があるからね」
「さ、三十万テミス!?」
「闘骨は
「二十五万……」
値段を聞いているだけで眩暈がしてきた。
C級魔導器はそこまで金が掛かっているのか。
「……金属、魔核、闘骨でざっと七十五万テミス程度といったところだね」
……冒険者の売り値でこうなるのだ。
買い揃えるには倍以上の値が掛かるはずだ。
腕利きの鍛冶師に依頼する必要があることも考慮すると、合計で製作には二百万テミス以上掛かっているはずだ。
「全部合わせたら、今回で百五万テミス……」
『それだけあったら、肥えた
ベルゼビュートが嬉しそうに思念を送ってくる。
「……ただ、簡単に売れるものではないよ。軍は一度気に留めずに放っていったくらいだから、後々取り返しに来るようなことはしないとは思うけれど……下手に売ってストップが掛かったら、まず没収されるだろうね」
「そう、だよなぁ……」
「規則では、軍への届け出の義務がある。むしろそのカンヴィアっていう魔導尉が、原材料だけで百万テミス近くになる魔導器を、壊れているからって見逃して置いて行ったのが僕には不思議なくらいだ。あのナルク部族の子ともよく相談しておいた方がいいだろう」
「あ、ああ、そうするよ」
……あのカンヴイアという男は、想定通りにヒョードルを捕らえることができて随分と浮かれている様に見えた。
ヒョードルが溜め込んでいるであろう他の冒険者の魔導器のことを思えば、壊れた魔導器には関心が向かなかったのかもしれない。
個々の材料がいくら、というのは冒険者や鍛冶師でなければなかなか身につかない感覚でもある。
壊れた魔導器がいくらくらいの値になるのか、あまり考えなかったのだろうか。
カンヴィアは冒険者上がりの軍人ではないのかもしれない。
『何はともあれ、動けるのならば妾の食事を作るのだディーン! 妾は《魔の洞穴》に向かい始めてから、まともなものを一度も口にしておらぬのだぞ! 自由にできる金もあるのであろう?』
「わ、わかったよ」
とはいえ、魔核やヒョードルの魔導器を解体したものはすぐには売らないつもりだし、エッダとの配分もあるから、そこまで余裕はないのだがな……。
『妾はディーンに力を貸す! ディーンは妾に美味い物を喰わせる! そういう契約であったからの』
「ああ、そうだな……ん?」
いや、雰囲気に流されて頷いてしまったが、ベルゼビュートとそんな取り決めをした覚えはない。
俺は腑に落ちない気持ちの中、マニから食材を借りて料理を始める準備をしていた。
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