第四十話 死中の活路
「ひゅー……ひゅー……」
ベルゼビュートは腹部を槍で貫通されながらも、弱々しくヒョードルへと腕を伸ばす。
悪い……ベルゼビュート。
あと少しだけ、我慢していてくれ。
《エアルガード》が解け、《風読みの槍ヘイル》の塞がっているこの瞬間が、俺がヒョードルに対抗できる最後の好機なんだ。
俺は《魔喰剣ベルゼラ》の刃に魔力を込め、《暴食の刃》を準備しながら立ち上がり、低い姿勢のままヒョードルへと走る。
「なんてしぶとい悪魔だ!」
ヒョードルが槍を振り下ろし、ベルゼビュートを地面に叩き落とす。
ヒョードルは、強い魔法と闘術が多すぎる。
一つ奪っても、大きな戦力の低下には繋がらない。
ならば俺が奪うべきは、魔導剣だ。
エッダとベルゼビュートが繋いでくれた好機だ。
俺が潰すわけにはいかない。
地面を蹴り、ヒョードルの腕を狙う。
「上手く行くと思ったか? 死ね!」
腹部に激痛が走る。
「ごほっ!」
速すぎる。
攻撃は警戒していたのに、《水浮月》が間に合わなかった。
膝をまともに受けた。
内臓がへしゃげ、体内を掻き乱される様な感触が走る。
酸っぱいものが込み上げ、口から胃液が垂れた。
「うぐっ、うああああっ!」
俺は力の限り、ヒョードルの足へ《魔喰剣ベルゼラ》の刃を突き立てた。
だが、刃は体表を少し沈めると、進行を止める。
ヒョードルの《硬絶》だ。
なら、俺はそれを奪う!
刃伝いに、ヒョードルのオドから《硬絶》を引き抜いた。
刃が深くヒョードルの脚へと食い込んだ。
「や、やってやった……」
これでもう、《硬絶》の最後の守りも、徒手でエッダの魔導剣を凌いだ《刃逸らし》もできない。
「俺に、何をしたぁっ!」
ヒョードルが脚をぶん回す。
俺は遠く、背後の方へ吹き飛ばされる。
受け身も取れず、まともに腰を地面に打ち付けた。
「貴様もいい加減に掻き消えろ! 《エアルヴァニ》!」
ベルゼビュートを貫く槍の先端に、丸い半透明の光が輝く。
「むぐっ! こ、れは……! 真空の……」
「押し潰れろ!」
「がああああっ!」
ベルゼビュートの身体が、球へ押し込められる様に圧縮される。
ベルゼビュートの維持に、俺の魔力が一気に引き抜かれる。
俺は地面を転がって身体を回し、《風読みの槍ヘイル》に貫かれているベルゼビュートへと意識を集中する。
《エアルヴァニ》は、名前だけ知っている。
かなり高位の魔法だ。
球内の風を旋回させて散らし、一瞬で真空状態を造り出すことができる。
ただ、範囲は狭く、
だが、真空へと押し寄せる
ベルゼビュートの悲鳴が響き、華奢な身体が磨り潰す様に折り畳まれ、奇怪な方向へと捻じ曲げられる。
「こ、これ以上は……もう……」
「馬鹿者! 魔力を途切れさせるでないぞ! この程度の魔法など……!」
押し込まれているベルゼビュートが、軋む身体中を震わせ、必死に暴縮から逃れようとする。
その凄惨さは、見ている俺の目から涙が溢れて来るほどだった。
ここまでやったのに、まだヒョードルを倒すには至らないのか。
ベルゼビュートを苦しませて《プチデモルディ》を継続させても、この先どうすればあいつに攻撃が届くのか、まるでわからない。
霞む視界の中、ヒョードルの背後に、エッダが立っていた。
「戦いの中で忘れられるとは、舐められたものだ。不快だな」
「立ち直りが、早い。レベル以上に、随分とタフな……」
ヒョードルがエッダへと半身だけ振り返り、彼女へと手刀を向け……その動きを、途中で止めた。
「くっ……!」
《硬絶》が抜かれたヒョードルに、もう《刃逸らし》は使えない。
エッダの振り下ろした刃が、ヒョードルの胸部から太腿にかけてを斬り抜けた。
ヒョードルが大きく後退する。
その際、彼の《風読みの槍ヘイル》を握る握力が弱まり、ベルゼビュートを押し潰していた《エアルヴァニ》球体に罅が入り、破裂する。
「もらったぞ!」
ベルゼビュートが身体を捩ると、《風読みの槍ヘイル》がヒョードルの手から離れる。
「よくぞ、この妾相手に、あれだけやってくれたものだ!」
ベルゼビュートが大口を開け、《風読みの槍ヘイル》の中央へと被りつく。
金属製の持ち柄に罅が入り、二つに折れた。
修復しなければもう、魔導器としては機能しない。
「ふー……ふー……」
ベルゼビュートの姿が消える。
これ以上、魔力を俺から供給できなかった。
限界をとうに超えていた。
ヒョードルに腹を蹴られた痛みもあり、吐き気が俺の身体を支配していた。
エッダがヒョードルへと、二発目の刃を振るう。
胸部に横一直線に剣閃が走り、彼の服が裂ける。
ヒョードルはふらり、ふらりと下がり、その場に片膝を突いた。
痛ましい剣傷の走る両腕を、だらりと床へ垂らす。
エッダは辛うじて魔導剣を手に立っていたが、肩が大きく上下に揺れている。
俺は膝を押さえ、身体中の息を吐き出す。
身体中の張りつめていた気が和らぐ。
さすがに今回ばかりは命がないと思っていた。
「《ボックス》」
ヒョードルのよく通る声が響く。
「……冒険者狩りの俺が、予備の魔導器を持っていないと、思ったのか?」
ヒョードルが《亜空の十字架》を握り締めながら言う。
逆の手で透明な立方体に手を突き入れ、中から禍々しい、弦のない
髑髏や禍々しい模様が彫られており、宝石もいくつか埋め込まれている。
「認めよう、こいつを手に入れるのが少し遅れていれば、負けるのは俺だった。お前達はいつか、世界に名高い英雄になっていたはずだ。だが、その未来は永遠に訪れない」
「ヒョードルッ!」
エッダが吠えながらヒョードルへと跳びかかる。
「《グラビドア》!」
ヒョードルを黒く輝く、としか形容できない、不気味な光を発する円柱が包み込む。
光の柱は天井まで達していた。
中から、床が軋む音が響く。
「何が……」
『上位の重力魔法(グランテ)である! 退かせねば、あの小娘が死ぬぞ!』
「離れろエッダァ!」
ベルゼビュートの忠告を受け、俺がエッダへと叫んで伝える。
エッダは一瞬迷ったものの、背後へと大きく跳んだ。
円柱が拡大され、地面を押し潰しながら広がっていく。
円柱の拡大はやがて止まり、黒い光が薄れていく。
円形に押し潰れた地面の上に、弦のない
「魔法の規模が、大きすぎる……」
『範囲内の重力を引き上げる魔法である。あんなものを何度も使えば、この魔迷宮を崩壊させてしまいかねぬぞ……』
重力魔法(グランテ)は、扱う者のほとんどいない稀少魔法だ。
よりによって、あんな凶悪な魔導器を予備として持っていたのか。
ヒョードルがさっと魔導器に指を伝わせる。
指から光が伸び、魔導器の端から端を繋ぎ合わせ、魔力の弦を作った。
「あれは、まさか……!」
聞いたことがある。
魔力の糸を繋ぐことで、戦闘態勢に入る魔導琴……。
「《悪夢への誘いハーヴェル》……俺が、《毒蜘蛛のアデイラータ》を殺して奪った魔導器だ。俺を最も追い詰めた冒険者だった。彼女の名が高名だからこそ、この魔導器は外には出せない。必ず殺すと決めた奴ら以外にはな!」
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