第三十七話 梟の仮面
「【Lv:33】、【MAG:85】! 情報にあった魔法の他に、造霊魔法(トゥルパ)の《トリックドーブ》があります!」
俺は地面に伏せながら、《イム》で得た情報を共有する。
ソラスは大きな両手で梟の仮面を押さえ、《ブラスト》の暴風から耐えていた。
暴風が弱まるとソラスの手が本体を離れ、エッダへと向けて指を伸ばす。
「では期待に応えてやろう、《トリックドーブ》」
人差し指を起点として魔法陣が輝く。
防御から魔法発動までの切り替えが速すぎる。
これが自前の魔核を有する悪魔と、魔導器を介する必要のある人間の差か。
三体の半透明の、光を放つ
あれは
「ぐっ!」
エッダは整っていない姿勢のまま、強引に地面を蹴って背後へと跳ぶ。
二体目の攻撃も地面を足で蹴って避け、三体目を魔導剣で斬り捨てる。
三体の
相手に体当たりを仕掛け、その際の衝撃をきっかけに炎上する仕組みになっていたようだ。
俺がアレを喰らっていたら、間違いなく死んでいた。
往なせるのは運がよくても一発が限界、受けて堪えられるのも一発が限界だ。
三発目で動けなくなっていただろう。
《鉱物の魔ソラス》は恐ろしい悪魔だ。
魔迷宮内での広範囲
同じく
加えて
……何より、ソラスが恐れられているのは、まだ奴が使っていない
なぜ同じレベル帯だとしても、闘骨よりも魔核の方が倍近い値がつくのか、その理由がわかった。
俺はこれまで、悪魔自体が
違う。無論稀少性もあるのだろうが、それよりも人間以上に魔法を上手く操る、その性質が厄介なのだ。
悪魔の魔法は、魔獣の闘術よりも遥かに規模が大きく、多彩である。
ある程度、悪魔が魔獣よりも厄介だということは知っていたつもりだったが、知識と実体験では訳が違う。
エッダだと防戦一方で、俺ではどれだけ命を繋げるのかも怪しい。
ベルゼビュートの姿を下手に晒したくはなかったが、ソラスに有効打を通すためにはどこかで《プチデモルディ》を撃つ必要があるかもしれない。
……ヒョードルさんは、まだ俺の後ろにいるのか?
さっきの
「矮小なニンゲン共が、我らの骸を用いてごっこ遊びをしようとも無駄なことだ。本当の魔法というものを見せてやろう。《クレイウェポン》!」
ソラスが腕を組む。
大きな魔法陣が天井に展開され、光を放つ。
天井から剝がれる様に土が垂れ、十の槍が象られる。
槍は光を帯びており、一本一本が俺達に合わせ、角度を変えていた。
エッダもこの場面では攻めに出るのは難しいとみて、足を止める。
「更に! 《アイアンアニア》!」
魔法陣が色を変える。
天井の土の槍が、鉄の槍へと変わっていく。
やられた。下手に動けないのをいいことに、魔法を重ねて威力を引き上げて来た。
しかし、あの場面で動いていれば、隙を見せたところに槍を叩き込まれていただろう。
ヒョードルさんが動けないなら、俺かエッダが動くしかない。
……だが、あの槍を投擲した後、恐らく素早く使える《トリックドーブ》でこちらが崩れたところを追撃に出るか、《ポイゾガス》で混乱を招きに来るかのどちらかだろう。
《ポイゾガス》なら広がる前に口を塞いで逃げるか、ヒョードルさんの《ブラスト》を待つことができる。
だが、俺は《トリックドーブ》を回避しきれない。
下手に気張れば殺されかねない場面だ。
《プチデモルディ》を使うにしても、悪魔であるソラスが《トリックドーブ》を放つ方が先だろう。
……いや、一つだけ手がある。
俺は息を整え、覚悟を決めると《魔喰剣ベルゼラ》を握りながら前に出た。
「馬鹿が! 戻れ! 今下手に動くと串刺しにされるのがわからないのか!」
エッダが叫ぶ。
「自分の力量を見極められぬとは、愚かな」
天井の魔法陣が輝きを増し、一斉に鉄の槍が降り注ぐ。
俺は一直線にソラスへと駆けながら《魔喰剣ベルゼラ》の刃に魔力を溜める。
覚悟さえ決まっていれば、意外と見極められる。
俺は頭に当たりそうだった一撃を、勢いよく踏み出すことで回避した。
案外このままいけるんじゃないかと錯覚を覚えたが、俺の背へ鉄の槍の先端が抉った。
即死しかねない位置だった。
だが、俺には
闘気を身体の槍の軌道に集中させ、液体へと変化させる。
槍は俺の身体を、水でも潜るかの様に貫通して地面に刺さった。
「ぬぐっ! ば、馬鹿な! 我が見紛うなど! だが、これは外れぬ! 《トリックドーブ》!」
ソラスの指が、俺へと向く。
想定通りだった。
俺は予め準備しておいた《暴食の刃》を振るい、ソラスの顎を斬りつける。
奪うのは勿論《トリックドーブ》だ。
広がりかけていた魔法陣が色褪せ、消えた。
「な、何故だ!?」
ソラスが悲鳴を上げる。
『ほお、読み切ったの。やるではないか!』
……成功した、行ける。
ソラスの中で、最も切り返しの速く、俺にとって危うい魔法を潰すことができた。
「我が魔法に、何をしてくれたぁ! 小賢しいぞ、ニンゲンがぁ!」
ソラスが大きな手を広げ、俺を叩き潰そうとする。
普通に速い! 魔法の追撃がなくとも、直接攻撃が普通に強力だ。
「らぁっ!」
エッダの叫び声と共に、俺の横を掠め、鉄の槍がソラスの手へと飛来していく。
ソラスの小指に鉄槍が衝突し、指が折れ、腕が手首から地へと落ちた。
「ニ、ニ、ニンゲン如きが……」
『熱くなりすぎたの。魔法発動に必要な腕を、わざわざ直接攻撃に用いて負傷するとは』
ベルゼビュートの声がする。
その直後、自身の投擲した槍を追う様に《瞬絶》により豪速で飛んできたエッダが、ソラスの梟面の上部に飛び乗り、額深くに魔導剣を突き刺した。
貫通した部位から罅が広がる。
「この我が……こんなところで、消えるのか……? 馬鹿な……我は、この《
ソラスの梟面が地に落ちる。
両腕と、梟面を装飾していた羽毛の様なものが、蒸発して消えていく。
ソラスから抜け出たオドの光が、俺とエッダ、そして後方に備えるヒョードルさんへと飛んでいく。
焦げた羽毛を残し、後には簡素な仮面が残った。
「……か、勝った、のか?」
とんでもなく強い悪魔だった。
だが、辛勝することができた。
「……っと、ヒョードルさん! なんで前出てきてくれなかったんですか!」
ヒョードルさんが笑顔で拍手をする。
「おめでとう! 危なそうだったらもっと手を出すつもりだったんだけど、凄いじゃないか! いや、本当に想定外だったよ!」
……これも修練のつもりだったらしい。
確かに、レベル上げとしても、上級者が背後に備え、必要最低限だけ後出しで手を貸すというのは最も効率がいい手段であるとされている。
ありがたいが、そういうことは先に言って欲しかった。
「……気になることはあったけど、他の冒険者の魔導器を探るほど俺は野暮じゃないよ」
……や、やっぱり、ヒョードルさんには気づかれてしまっていた。
ヒョードルさんは良識ある人なのでよかったが、
「ただ、偵察して情報を集めたり、時には直接《イム》を使って探って情報屋に売る人もいたりする。……後者はよくてギルド除名だから本当にやる人は少ないけど、それがあり得ないことじゃないのはわかるだろう?」
……俺は貧民街で暮らしているので、金のために何でもやる人間は充分に見て来た自信がある。
確かに、あり得ないことではなさそうだ。
「いきなり突っ込んだときには自殺志願者かと思ったが、多少はやるらしいな」
エッダが言う。
言葉に棘を感じるが、ここは我慢しておこう。
……それに、エッダの方が実力が上なのは痛感した。
彼女の投擲がなければ危うく重傷を負っていた場面もあった。
人間関係下手なのはこれまでにわかっていたことだったし、こっちからもう少し歩み寄るべきだったのかもしれない。
「凄いな。レベル上の悪魔を、ああも一気に突き殺すとは思わなかった」
俺はハイタッチしようと、腕を上げる。
エッダが鼻で軽く笑い、顔を背ける。
「勘違いするな。思ったよりマシだったというだけのことだ。ナルクの戦士は、べたべたと馴れ合うことはしない」
俺は顔が引きつるのを堪えつつ腕を下げる。
……やっぱりこいつにはちょっとまだ慣れそうにない。
しかし、なんだろう。
腑に落ちない様な違和感がある。
目標だった《鉱石の魔ソラス》は無事に討伐できたし、問題視していた《
だが、何か引っかかる様な気がするのだ。
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