第三十六話 鉱物の魔ソラス

 《三頭獄犬の牙ケルベロス・ファング》による襲撃をヒョードルさんの力により殺し返すことに成功した俺達は、《魔の洞穴》の地下三階層を探索していた。


 瘴気の濃くなってくる地下三階層は、あまり人の長居できる空間ではない。

 魔獣も強くなってくる。

 早々に初期の目的である《鉱物の魔ソラス》を討伐し、外へと向かうのがベストだ。

 それに、都市ロマブルクを騒がせていた《三頭獄犬の牙ケルベロス・ファング》の件を軍に報告する必要もある。


骸戦鼠ムースゾンビはキリがないな……」


 ヒョードルさんが呟く。

 現在、俺達は通路を走り、十近い数の骸戦鼠ムースゾンビの群れから逃げていた。


 よせばいいのに、ヒョードルさんが止めたにも拘らず、エッダが一体の骸戦鼠ムースゾンビに手を出したのだ。

 逸れた個体なら大丈夫だと思ったのだろうが、エッダの魔導剣で腹部を貫かれた骸戦鼠ムースゾンビは雄叫びを上げ、仲間を呼んでくれたのだ。


「………反省している」


「はは、まぁ、奴らは足が遅い。簡単に撒けるよ」


 エッダもヒョードルさんには申し訳ないという感情が湧くらしく、珍しくしおらしくしていた。

 骸戦鼠ムースゾンビの耐久力を見誤ったのだろう。


 その後、どうにか骸戦鼠ムースゾンビを振り切り、通路で少し足を止めて休むことにした。

 とはいっても、ヒョードルさんもエッダも俺に合わせて走ってくれていたため、二人はさほど疲れていないはずだ……と、思ったのだが、エッダも息を切らし、壁に背を預けていた。


「……エッダちゃん、その魔導剣、できれば使わない方がいい。まだ、キミのレベルには早い」


 俺はヒョードルさんの言葉を聞き、エッダの手にする魔導剣へと目を向ける。

 あの魔導剣、そんなに高補正のものなのか。

 【Lv:20】超えのエッダが扱いに苦戦するということは、あの魔導剣はC級の中でも上位クラスか、B級クラスまであり得る。


「キミの元々のオドに対して魔導剣による闘気、魔力の補正値が大きすぎるために身体に負担を掛けている。しばらくは別のものを用意するべきだ。確かに瞬間的な能力値は跳ね上がるが、安定しないし、制御し続けることも困難だ」


「……助言は感謝するが、親の形見だ。他の魔導剣を扱うつもりはない。この剣なら、レベル上を狩ることも難しくない。すぐに追いつく」


「だが……」


「悪いが、あまり踏み込んで欲しくはない」


「そうか……部族の習わしも掛かっているのなら、仕方がないな」


 ヒョードルさんは視野が広く、経験も豊富だ。

 よくエッダの魔導剣が適正レベル上の補正性能だったことに気が付いたものだ。

 俺なんて、見ていても少し疲れている、くらいにしか思えなかった。


 エッダの動きがあまりに速すぎると思っていたが、《瞬絶》だけでなく魔導剣の補正値頼りの面も大きかったようだ。

 確かに強いが、ヒョードルさんの言う通り、あまり安定するとは思えない。


「エッダ、大丈夫か? 行けそうならそろそろ先に……」


「元々私は問題ない。休んでいたのはお前に合わせてだ」


 エッダがそう口にしながら、壁から背を浮かせて先頭を切って先へと進む。


「そ、そうか、いや、大丈夫ならいいんだが……」


 俺は釈然としないものを感じながら、ヒョードルさんと並んでエッダを追いかける。


 俺の《オド感知・底》が、強大なオドの塊を感じ取った。


「エッダ、戻ってこい! 何かいるぞ!」


 やや先を進んでいたエッダが足を止める。

 俺の警告を聞いてくれたのかと思ったが、追いついて気が付いた。


「なんだ、これは……?」


 彼女の前方の通路には鉄の槍が幾つも地面に突き刺さっており、人間の死体が二人ほど串刺しにされていた。


 通路の奥の闇に、巨大な梟の仮面が浮かび上がった。

 その左右に、青白い大きな獣の様な腕が舞う。


「間違いない、《鉱物の魔ソラス》だ!」


 ヒョードルさんが叫ぶ。


「先程からうろうろとしていたニンゲンが、ようやくここまで辿り着いたか。歓迎しよう、そして我が芸術となれることを、心から喜ぶといい!」


 ソラスの嘴が、がくがくと不出来な人形の様に動く。


 《魔界オーゴル》の住人である悪魔は、人間とは価値観が全く異なる。

 元々が《悪神マンラ》に仕えて崇拝していた者達であり、今なお信仰は根強いとされている。


 中でも《現界イルミス》へとやってくる者は、《悪神マンラ》の意を継いで《現界イルミス》を支配しようとする者や、己の欲望を満たすために手段を選ばない者が多い。

 ベルゼビュートの様な穏健派は例外中の例外といっていい。


『中級悪魔程度が言ってくれる。やはりこの程度の悪魔は、不細工でまずそうで頭も悪い、救いがないの』


 ベルゼビュートのせせら笑う声が聞こえる。


 エッダが魔導剣を構え、ソラスへと狙いをつける。


 俺は距離を置いたまま《魔喰剣ベルゼラ》を構えた。

 ソラスはC級悪魔だ。

 格好悪いが、エッダや俺が下手に動くより、ヒョードルさんに任せた方がいい。


 ソラスの腕が奇妙に動き、その間に魔方陣が浮かぶ。


「そうら踊れ、《ポイゾガス》」


 魔法陣から一気に紫の靄が広がる。

 先手を撃たれた。《亜物魔法マター》による、広範囲の毒ガスだ。

 空気エアルが籠って淀む魔迷宮内では、恐ろしい威力を誇る。


「伏せろ、二人共! 《ブラスト》!」


 俺の背後でヒョードルさんが魔法を使う。

 俺は必死に床へと這いつくばった。

 突風が吹き荒れ、ソラスの放った《ポイゾガス》を散らし、遠ざける。


「む……?」


 ソラスが不快そうに声を漏らし、両の目玉をぎょろりと動かす。

 隙があった。

 俺は床に這った姿勢のまま、ソラスへと《魔喰剣ベルゼラ》を向ける。


「《イム》!」


 ヒョードルさんから情報は聞いていたが、細かい値や、保有魔法も確認しておきたい。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:《ソラス》

状態:《通常》

Lv:33

MAG(魔力):85


称号:

《中級悪魔[C]》《鉱物の魔ソラス[--]》《土の心得[D]》

《風の心得[D]》《水の素養[F]》《火の素養[F]》

《錬成魔法(アルケミー)・中位[C]》《亜物魔法マター・中位[C]》《造霊魔法(トゥルパ)・下位[E]》


特性:

《オド感知・中[C]》《毒耐性・低[D]》

《魔力回復・低[D]》


魔法:

《クレイウェポン[C]》《アイアンアニマ[C]》《トーチ[E]》

《ポイゾガス[C]》《エアルラ[C]》《トリックドーブ[D]》

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


【《クレイウェポン[C]》:錬成魔法(アルケミー)に属する。土から特定の形状を造り出し、魔力で硬度を強化して武器として操る。】

【《アイアンアニマ[C]》:錬成魔法(アルケミー)に属する。土を鉄へと変える。】

【《エアルラ[C]》:亜物魔法(マター)に属する。空気エアルを浄化する。】

【《トリックドーブ[D]》:造霊魔法(トゥルパ)に属する。霊獣鳩トゥルパ・ドーブを造り、追尾弾として使用する。】


 ……さすが悪魔、凶悪な魔法をこれでもかと持っている。


 数値に魔力しかないのは、悪魔の身体自体が元々魔力の塊の様なもので、闘骨がないために闘気を用いて肉体を強化することができないからだ。

 本体が魔力の塊であるがために、移動速度や単純な攻撃の破壊力も、その魔力に依存している。

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